第七十七話 夢
目を開くとそこには見覚えのある光景が広がっていた。
国会議事堂前。
一度行ったことがあるなと思い出す。その時と同じ光景のように見えた。
なんでこんなところにいるんだろう。そんな疑問が脳裏を過ぎる。
そして時間が経つと段々と違って見えた。視界が赤く染まっていく。なんだろうと手を伸ばし頭につける。そして手を覗き込む。手もまた同じ色に染まっている。
血だ。
頭から血が流れている。いや、よく辺りを見回すと、自分の周りが真っ赤に染まっているし、体からも赤い液体が吹き出している。不思議と痛みはない。だが血は吹き出している。
「事故だー!!」
「轢き逃げ!?」
「いや飛び込みだ!!」
周りの人々が俺を見て叫ぶ。
飛び込み?轢き逃げ?俺が?俺が…事故…?
事故…。
車…。
死…。
覚えのある言葉が頭を過ぎる。悪夢のようであった。
夢…、夢…?
そこに思い至った瞬間、パッと目が開き、光が入り込んできた。
そこもまた見覚えのある光景だった。
それはかつての俺ならおどろおどろしいと思うだろう天井であった。魔界城の天井である。
だが先程と違う箇所が一点だけあった。
俺の視界が赤くはないという点だ。
思わず全身をキョロキョロと見返す。血は流れていない。痛みもない。
「夢…か。」
嫌な夢を見た気がする。元の世界の夢だ。しかも事故か何かの夢。
「…疲れてたのかな。」
「ええ、随分と。」
いつの間にかジュゼが居た。
「昨日は帰ってからずっとお眠りでした。随分無茶しましたから、お疲れだったのでしょう。」
「まぁ、ね。すまんね、迷惑かけた。」
「それは言いっこなしです。お互い様ですから。」
俺はベッドから立ち上がり、ジュゼに部屋から出てもらうと、服を着て再び呼んだ。
「さて。寝てた分は取り返さないとな。昨日のアレは問題なさそうか?」
アレとは水の聖域近くの水位が上がりすぎた件だ。一応元に戻したとはいえ、生態系や他の地域に影響が出ていないとも限らない。
「確認がまだであれば、誰か派遣して確認して貰うようにしてくれ。」
「問題ありません。指示済み・確認済みです。」
本当に彼女はこの手の作業は手早くて助かる。
「混乱こそ生じていましたが、大きな問題はありませんでした。概ね元に戻ったと受け入れているようだとのことです。また魚族以外への被害ですが、幸いな事に大体は囲っていた山々に避難していたので無事でした。津波のような勢いある波などではなかったのは幸いと言えます。」
津波であれば海に戻っていく引き潮で水中に引き込まれ…ということもあり得るが、今回は魔力と水が一箇所から吹き出したことによるものなので、プールの水が増えていくような感じだったようだ。そのお陰で異変に気付いて逃げられたのだと言う。何よりである。
「だが早めに何とかしないとな。今日は土の聖域に行かないと。」
「大丈夫ですか?うなされていたようですが。疲れが溜まっているのでは。」
まぁ疲れていないわけではない。だが今はそうも言っていられない。今も困っている人がいるのだ。出来ることはしなければ。そう言うとジュゼは諦めたように言った。
「分かりました。ですが、今回も倒れられては困ります。無理はなさらないで下さい。私も同行致しますので。」
「分かった。頼りにしてるぞ。」
俺はそう言うと、ジュゼと共に部屋を出て、玉座の間へと向かった。
しかし、さっきの悪夢はなんだったのだろう。飛び込みとか言っていたが、俺がここに来たのは事故だ。そんな事件性のある話ではなかったはずだ。それに国会議事堂前。あんなところで事故った覚えも、勿論車の前に飛び込んだ記憶もない。
そう考え始めて、やがて頭をふって考えを吹き飛ばした。
ただの夢だ。何かが断片的につながっただけだろう。気にすることではない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は廊下を歩き続けた。




