第六十六話 地に堕ち、天を仰ぐ
全ての片がついた後、俺はコスマーロに別れを告げ、闇の聖域を後にしようとした。すると彼が呼び止めた。
「Hey yo, ちょいと待ちなYO.」
「ん?」
「お前さん、もう一つ用件あったRO?力を借りる云々以外にSA.」
そうだった。俺はここに来る前、ユートの再生の話について何かわかれば…という話をしていたのを思い出した。
「Oh yeah, その件についてはな、恐らく理由は二つある。一つは奴の家系。デスピリアって苗字にゃ覚えがある。数百年前にここを出て行ったヴァンパイアの一族にそんな名前の奴らがいたはずだ。調べてみな。ヴァンパイア…死霊族の中でも特に再生能力に長けている種族だ。それのお陰で生きながらえてるってのが一つあると思うZE.」
「なるほど。で、もう一つってのは?」
「もう一つは、多分こっちの方が強いと思うんだが、所謂執着心ってやつDA.」
「執着心?」
「Yes.つまりさ、「俺は生き続けていたいんだぁぁぁぁ!!」って思えば思う程、幾ら死んでも魂がその場に残り続けるんだよ。まぁ、それに見合う相応の無茶苦茶な魔力を持ってないと無理だがな。それと、側から見て不快になるくらいの思い上がりがないと、流石にそこまではいかねぇ。ただ話を聞く限り、そのユートって奴は相当のクソ野郎みたいだからNA, 有りえん話じゃないと思うZE!!」
確かに、自分のためなら人の命をゴミくらいにしか思っていないようなやつだった。傲慢とかの罪に関しちゃ間違いなく満点だろう。
「でもそんな奴どうやって…その…倒せばいいんだ?」
「相手の心を折る事だな。相手が「もう生きていたく無い!!再生したく無い!!」と思えば天に召してくれるだろうYO!!行き先が天かどうかは知らんがNA!!」
なるほどな。俺が得心していると、急にコスマーロが言った。
「気をつけな。アンタの記憶の限り、向こうは自分のことを神とすら思っていそうな勢いDA. 俺は思い上がってる奴は、罪に自覚的なところもあって嫌いじゃないが、そこまで行くと好きじゃない。そういう奴程無茶苦茶やりやがるからNA. 十分用心しとけYO!!」
今まで聞いたことの無い声色に、俺は事の重大さを感じた。分かった。気をつける。そう言って俺は闇の霧を潜り、元の入り口へと戻ってきた。
「ふぅ。」
思わず息を吐く。僅か一日、体感数時間だったが、体験した事は多かった。聖域毎にこんな体験ばっかりさせられたのでは身が持たない気もするが、少し楽しくなっている自分もいる。元の世界では絶対味わえないだろう。これはこれで、という感じだ。
まぁこんな呑気な事を言っている場合ではないか。とっとと戻って、対策を練ろう。
俺はディメンジョンコンキュラーバロットレットを起動し、魔王城へと帰還する事にした。
帰って来て魔王城の入り口に戻った瞬間、地下から兵士がバタバタと出て来た。骨なのでいまいち心境は分からないが、どことなく血相を変えているように見えなくも無い。俺は一人呼び止めた。
「どうした?何かあった?」
「魔王様!!脱獄です!!」
俺はその言葉を聞いた瞬間、礼を告げると同時に地下へと駆け込んだ。
地下には魔界の管理システムへ繋がる道の他、牢獄への道がある。俺はそちらへ向かった。地下牢に入るなり目についたのは、牢屋を守っていたであろう兵士達の亡骸だった。至る所に散乱している。見たく無い光景だったが、見ないわけにはいかない。彼らに心の中で手を合わせながら、想定される根元、即ち、ユートのいるはずの牢屋へと向かう。
そこには巨大な爆発跡、融解した檻の跡が残されていた。
「魔王様、ご無事でしたか。」
そこにはジュゼとトンスケ、ティアとサリアといういつものメンツが居た。俺は彼女らの顔を見れた事でひとまず胸を撫で下ろした。最悪のケースも考えられたからだ。
「ああ。お前らも無事か。」
「ええ。ですが他には犠牲者が…。」
「それは分かっている。…見て来たからな。くそっ。」
俺は牢屋の壁を殴った。痛いが、犠牲者の痛み程では無いだろう。
「一体何があった?」
「自爆です。ユート自身が突然爆発し、それに乗じて脱獄されました。」
ジュゼが言うには、どうもユートは捕まる直前、自分自身に時間差の爆発魔法をかけていたらしい。残念ながら自分に攻撃魔法をかけるという発想がなく、監視担当が解呪を怠ってしまったらしい。
「我輩のミスです。面目ない。」
トンスケが頭を下げる。だが俺は取り成した。今は悔いても仕方ない。今後の監視に生かすしかあるまい。
「それと…残念ですが、アリチャードの死体が発見されました。恐らくこれもユートの手によるものと思われます。」
「アリチャードが?」
口封じだろうか。だが奴は何の情報も持っていなかったし、捕まえてから時間が経過している。わざわざそんな事をする理由はあるだろうか。
「理由は不明です。何にせよ奴を捕えない事には事実関係は確認出来そうにありません。」
「警備に回っていた者は全員殺されておりました…。ぐぅ…。」
トンスケが悔しそうに拳を握る。人であれば血が滲むような力が込められている事は一目で分かった。
「…ティア、時間を戻して対応出来るか?」
犠牲を減らせるならそれに越した事はない。こちらには時間逆行という切り札がある。これだけの爆発だ、起きたのはそんなに前ではないだろう。だが俺の提案に対し、ティアは申し訳なさそうな表情を浮かべて、首を横に振った。
「それが、ダメだったんだ。」
「ダメ?」
「やられたよ。自爆する事で魔法封じの手錠を破壊して、脱獄した後、牢獄付近に幻覚魔法をかけてバレないようにしていたらしい。だから具体的な脱獄の日時が分からないんだ。少なくとも昨日まで遡ったけど、既に幻影魔法がかけられていて、解呪したらこの有様さ。」
確かに、闇の魔力の気配が微かに漂っている。幻影を見せる魔法か。厄介すぎる。
「ゴメン!!アタシが魔法解除とかしてれば…。」
「いや、流石に、捕まった時点でここまで想定していたとは思わなかった。俺の落ち度だ。」
数月経過して、油断していたのもあった。ちょうど狙っていたのだろう。
「幸い、サリアがバリアを張っていたお陰で、バリアの範囲外だった地下以外には被害は無いし、地下に関しても魔界のシステムには傷一つ無い。昨日の時点で牢屋以外に幻影魔法がかかっていない事も確認済み。だから被害はあくまでここの範囲だけに絞られるはずだよ。」
「そうか。ありがとう。」
流石にヘルマスターワンドの能力を破れる程の力は無いようだ。そして知らぬ間に魔王城の情報を漁られたり…という事は無かったようで、それは不幸中の幸いと言える。だが痛手だ。折角捕えたのに、むざむざ逃してしまうとは。自然界の王達にも面目が立たない。
「トンスケ、魔界側の、自然界との境界線の警備を固めてくれ。幻影魔法が掛からないように装備は整えて。」
「無論。今度こそヘマは致しませぬぞ。」
部下の弔いもあってか、彼は勢いよく上層階へと駆けて行った。
「ジュゼ、自然界への連絡を繋いでくれ。俺から説明する。」
面目は立たないが、何も説明しないわけにはいかないし、何より向こう側に被害が及ぶのがまずい。警戒して貰う必要がある。必要であればこちらから警備兵を配置する事も考えねばならない。なにせ向こうは魔法が使えないのだから。
「承知致しました。参りましょう。」
「サリアとティアは引き続きここらへんの調査を頼む。」
「ええ、了解。」
「分かったよ。」
さて、厄介な事になった。帰って来て早々これか。全く、さっき休んでおいてよかったと思う事になるとは思わなんだ。俺は頭を掻き毟りながら、ジュゼと共に執務室へと向かった。
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我ながら、二ヶ月後に発動する自爆魔法というのは、あの限られた時間の中で為すにはギリギリの選択だった。捕まる寸前、魔法が封じられる事は予想出来た。そしてその術が、肉体に対し枷をかけるという方法である事も。ならばその枷を外してしまえば良い。私は勇者だ。正義を為す限り私は不死身だ。故に自らを爆発させるという方法でその枷を壊す事を考えた。幾ら相手が警戒していても、数ヶ月という時間差で、かつ自分に対し攻撃魔法をかけるという考えには及ばないだろう。
そしてそれは成功した。それ自体が私の正当性を担保していると言って差し支えないだろう。やはり私は勇者なのだ。私は奪ったローブに身を包み、焼け爛れた自身の肉体を隠しながら、魔王城を眺める丘の上で思いにふけた。
この逃避行の中で、極めて大きな収穫があった。アリチャードの記憶である。
私が自爆し、再生した時、ちょうど牢屋の壁に穴が空いた。その先にはアリチャードが、あの選挙で負け、力づくでも敗北した無能の役立たずが居た。奴は私の顔を見るなり青ざめた。何が起きるかを理解していたのだろう。
アリチャードには何も伝えていない。だから奴が捕まろうとあの魔王共の情報源とはならないだろう。だが、無様に計画失敗した奴がおめおめと生き存えている事、それ自体が気に食わなかった。失敗したものに生きる価値は無い。それが正しいあり方である。私は奴に悪夢を見せるため、奴の心の中に入り込み、奴の心、そして記憶を支配した。
瞬間、ある情報が私の中に入り込んできた。それは私にとって利用価値のある情報であった。そしてそれを生かすために必要な魔法も習得する事が出来た。あの男は、アリチャードは、この為に生きていたのだろう。私は奴に関わって初めて奴に感謝を述べながら、奴の心を悪夢へと落とした。永遠の暗闇の中へと。
奴が冷たい牢屋の床に伏したのを見てから、私は脱出した。邪魔をしたものを全て闇の中へと葬りながら。
そして今、私はこうして生きている。これもまた私が勇者である事を示している。私は神に導かれ、魔王を倒すべくこうして生き存えているのだ。だが不快ではあるが、今のままではあの魔王には勝てない事は、私にも理解は出来た。理解の及ばぬ不条理な力でもって制圧される事は目に見えていた。
だがアリチャードの記憶により、それも解消の手筈が整おうとしていた。私は思い出し、笑みを浮かべた。奴が魔王から得たあの情報、そして魔王と共謀して作り上げた魔法があれば、私は魔王をも超える力を手にする事が出来るかもしれない。私の胸が高鳴るのを感じた。
「フヒェヒェ、フヒェヒェヒェヒェ!!!」
私は堪えきれず笑い声を上げながら、姿を消し、自然界へと向かう。その先、天の向こうへと向かうために。嗚呼、今行くぞ宙の獣よ。私が、勇者ユートが、お前達の力を使い、悪しき魔王を討ち滅ぼしてくれよう。




