第五十一話 魔界になにが起こったか:四日前
手を尽くしてもどうしようも無い、そういう時は人生の中で一度や二度存在するだろう。それは何と無く分かっていた。だがそれはもう少し後に来てくれるものと思っていた。まだ先だろう、もう少し先だろう、そんな思いをしながら、どうにかこうにか何とかしてきたというのが、これまでの俺の人生であり、それは転生してからも変わらなかった。
だが今直面しているのはまさにどうしようも無い状況であり、これから最悪の事態も覚悟せねばならない、そういう状況だった。
先の選挙戦とは訳が違う。何より今賭けの場に乗っているのは俺の首だけではない。魔界の住人の首、あるいは自然界の住人の首なのだ。下手な博打は打てないが、さりとて何もしないわけにもいかない。だがその"下手な博打"にならない手が見当たらない。失敗した。ああ本当に失敗した。ジュゼもトンスケも慰めてはくれるが、それでも俺の心は休まらない。
そんな時、サリアとティアが帰ってきた。今の状況がどこまで伝わっているかは分からないが、少なくともティアには、少しばかり伝わっていたらしい。
「…時を戻してもダメだったのかい?」
彼女の問いに俺は力無く頷いた。
「一体…その、なんでまた、こんなことに?」
サリアが全く分からないという顔で尋ねてきた。そりゃ分からんだろう。五日間居なかった内にこんな訳のわからない状況に置かれているのを知れば誰だって言いたくなるだろう。俺も頭が混乱して何がなんだか分かっていない部分がある。
「そうだな…。どこから話したものか…。」
俺はゆっくり、しかし頭は最大限に働かせながら、口を開いた。
こういう時は一から振り返るのが一番だろう。何が一かと言えば、恐らく四日前、サリア達が光の聖域へと出掛けた後である。
俺とジュゼ、そしてファーラ=フラーモはクレームがあった竜族の村へと向かった。その話し合いは予想以上にすんなりと終わった。彼らはファーラ=フラーモの顔を見た途端に恐れ多いものを見たように平伏したからだ。…というのはジュゼから後に聞いた話であり、俺は着くまで気絶していたので、平伏している姿をいきなり目に入れる羽目になったわけだが。
「か、神様!?」
「何故このようなところに!?」
だがこの会話を聞いた時点でおおよその把握は出来た。獄炎神というのは伊達ではないようだ。
俺は頭をパンパンと叩いて気合を入れ直すと、コホンと咳払いをし、こちらにも目を向けるように仕向けた。
「ん?」
「背中のアレは?」
「魔王!?」
「なんでこんなところに!!」
同じような言葉でも込められた気持ちというのはそのイントネーションなどで分かるものである。前者は畏敬の念、後者は驚愕と軽蔑。悲しくなるが仕方ない。俺は気にせず続ける事にした。
「あー、その、なんだ、皆、聞いて欲しい。」
俺が口を開くと、住民達も同様に口を開いた。
「なんだ!」
「このダメ魔王!」
「なんか作る話だろ?」
「金寄越せ!」
出てくる言葉は罵倒のオンパレードである。心が挫けそうになるが続けた。
「まぁその件である。これから我々は、魔界全土の移動を簡単にするため、その手段の建設を進めようと思う。そこで諸君らには土地や作業の協力を仰ぎたい。」
「金!」
「食事!」
「勿論、作業に協力して貰うという事は、それは雇用を意味する。即ち給与は発生する。つまり金は出すし、食事も付くぞ。」
無論、そういう意味で言っているのでは無いのだろう。補助金とかそういう意味だ。だがそんな金は無い。それ以外でメリットを出すしか無い。
「加えてだ。土地の提供や、作業に協力してくれた者には、その移動手段のパスを提供する。一定回数分使えるチケットだ。それを使えば城下街とこの地を行き来し放題だぞ。」
「ほー。」
一定回数というのが何回かは決めていないが、一回でも一定回数である。その辺は採算取れるように調整すれば良いのだ、と俺の中の悪魔が囁いていた。ジュゼも何やら「魔王様もなかなかの悪でございますねぇ」とねっとりとした声で呟いた。へっへっへ、こういうのは騙したもん勝ちなのだ。言うまでも無いが、給与や食事はちゃんと用意する。しかし、それ以上のメリットを特定の住人にだけ渡すのは、他の魔界の住人に対する不公平にもなるしな。俺は人々の生活や命は命懸けで守る覚悟はある。だが儲け・利益に関しては要調整である。
住人達はヒソヒソと話し合いを始めた。こちらに傾く者も多くなってきたようだ。この辺りで神にご登場願うとしよう。俺はファーラに目配せをした。
「我らが同胞よ。」
「おお、我らが祖先、我らが神よ。」
「ありがたやありがたや…。」
拝み出す者さえいる中、ファーラはその重い顎を開いた。
「この魔王は魔界の事を考えて同胞らに頼んでおるのだ。悪いようにはならないと我が保証しよう。」
ファーラが言うと場が騒然とした。
「神様が…!?」
「そんな大物なのかあの魔王…?」
「数年前はクズにしか見えなかったのに…。」
「竜族の汚点とばかり…。」
死んだエレグよ、本当に散々な言われようだぞお前。まぁ聞こえてないだろうけれど。
「今のこの魔王は心を入れ替えた。それは我が直に確かめた。勿論半信半疑であろうが、今しばらく見守ってやって貰いたい。そしてそのためにも、彼に協力をお願いしたい。」
その言葉に、集落の人々は少しだけ話し合った後、頷いた。
「わかりました。神様がそう仰るのであれば。」
「うむ。感謝する。…魔王エレグよ。我に出来るのは今はここまでだ。後の信頼はお前が勝ち取るのだ。良いか。」
「ああ。ありがとう。」
そう答えると、ファーラは頷き、そして翼を羽ばたかせた。風が砂埃を撒き散らし、俺やジュゼ、人々が顔を腕で覆い隠す。
「ではさらばだ。また何れ会おう。」
そうして彼は、火の聖域へと空を舞い去っていった。
彼の顔に泥を塗るわけにはいかない。ここに居る人達の暮らしが良くなるようにしなければ。俺は改めてそう心に決めた。
その後、ジュゼの調整により、住人達の作業協力や日程・時間・時給などがおおよそ決定された。正式な決定は書類手続きが必要だが、揺らぐ事は無さそうだ。というのも、ファーラの説得以降、俺に対する目つきが少し和らいだからだ。怨恨では無くとも、元々こちらへの不信感などもあったのだろう。それが解消された事で、何とか上手くいきそうだと思えたのだ。
ジュゼはそれを終えると、竜族の土産屋で、トンスケへの土産として、ドラゴンの骨(遺骨を売るのか?)とドラゴン饅頭とやらを買っていた。それと何やら宝石も買っていた。青いペンダントだった。
「蒼きドラゴンの瞳なんて呼ばれる宝石です。なんでも、開運の効果があるとか。これが欲しかったんです。この辺でしか売ってないもので。」
ドラゴン、竜族というのは往々にして火の魔力を有するため、赤い皮膚や目を持つ。それ故、他の色、特に相反する属性である氷の属性を有した青いドラゴンというのは稀であるらしい。それが転じて開運の効果を持つのだと言う。
ああ、そう。と俺は適当な相槌を打った。俺はこの手の装飾には疎いのだ。ゲームでもパラメータだけで決めるタイプの人間だ。…ジュゼが珍しく積極的に着いてきたと思ったら、このためだったのか。まぁ、忙しかったし。いいんじゃないかと思う。
実際のところ、氷のように冷徹な薄い青い皮膚を持つジュゼの胸元に、青く輝くペンダントというのは、いい取り合わせだと思った。
「いいんじゃない?似合うよ。綺麗だ。」
そう俺が言うと、ジュゼが少しだけ頬を赤らめた気がした。だが確認のためもう一度みても、いつもの冷静な顔であった。気のせいだろう。
そうして俺達は一旦魔王城に戻り、書類整理をしていたトンスケに饅頭と骨を渡し(彼は喜んでいたが、あの骨は何に使うんだろうな?)、その日はそれだけで終わった。
「あ・の・さぁ。」
サリアが割り込んできた。
「アタシ達、惚気話を聞きたいわけじゃないんだけど。」
何の話だ?
「いや、大変なのはここからなんだよ。」
「んな事分かるわよ。だってここまで自然界の自の字も出てこないじゃないの。いいから本題の方に行きなさいよ。何がどうなったら自然界の全国から攻められる事になるのよ。」
「そこだよ。そこが問題なんだよ。そこに関してだがな…。」
俺は話を続けた。




