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第四十話 獄炎神ファーラ=フラーモ

 神殿の中は外とは違い炎は無く、炎の燃える音も聞こえなかった。ただ何かの唸り声だけが響く静かな場所であった。外と比べて大分差があるな、と思う。ここだけ守られているようにすら感じられた。とりあえず中へ、唸り声のする方へと進む。


 石造りの回廊を歩くと、トントンとその足音が先へと響く。静かすぎて不気味であった。俺はその不気味さと用心から、辺りをキョロキョロと見回してみた。すると壁に、何やら絵のようなものが描かれていた。うわぁ壁画だ。俺壁画なんて初めて見たよ。…なんて会話を生前誰かとしてみたかったものだ。この世界だと珍しくない気がして口に出せん。そんな事はどうでもいい。俺は目を通してみる事にした。


 まず一枚目。何かドラゴンや人が仲良く暮らしている絵に見える。


 横にスライドして次の絵。これはなんだ?空から何かがやってきている絵。三つ目に見える。さっきのアレだろうか。


 次の絵。二人の人間と八体の魔獣…ドラゴンとか色々が、先程の空からやってきた何かと戦っている。過去の出来事を描いたものだろうか。なかなか興味深い。


 更に横にスライドする。ボヨンと何かにぶつかった。なんだろう。横を向くとデカいドラゴンがこちらを覗き込んでいた。


「ひぃっ!?」


 俺は思わず悲鳴を上げてしまった。デカいし厳つい。先程のドラゴンは人二、三人分くらいの高さだったが、それよりはるかに大きい。広い神殿の天井スレスレまで高さがあった。そんなものに見下されていれば驚くというものである。


「どうだね魔王よ。我の絵は。」


 予想外の言葉がその口から放たれた。


「あ?え、えーと。」


「随分前に描いたものだ。まさか今になって当代の魔王が見に来るとは思わなかったが。」


「あ、あぁ、随分、お上手ですね。」


 するとドラゴンは鼻を鳴らした。風で飛ばされそうになる。


「だろう。我は芸術に精通しているものでな。…と、それは置いといてだな。何の用でここに来たのだね。」


「いや、その…。」


 俺はとりあえず事情を説明した。


「ふむ。奴らがもう来たのか。弱ったものだ。ティアも肝心なところを説明していないようであるしなぁ。」


 ドラゴンは頭を掻きながら言った。


「まず…そうだな、そう言えば名乗っていなかったな。我はファーラ=フラーモ。獄炎神と呼ばれる竜である。」


 そう言うとドラゴンは胸を張った。鋭い爪や胸に刻まれた傷痕などが歴戦の魔獣である事を物語っていた。


「我はこの地で炎の力を守っている。それは何れ再び来るであろう、魔喰怪獣との戦いに備えるためだ。」


「再び?さっきも"もう"って言ってたが、その、前にも来ていたのか?」


「うむ。それも含めた魔界の歴史を記録したのがそこの壁画だ。どれ、一枚ずつ説明しようか。」


 するとファーラ=フラーモは少し戻るよう促した。俺は是非知りたいと思ったので、言われた通りに一枚目のところへ戻っていった。


「一万年程前、現在自然界と言われている場所は、かつては魔獣と魔人、人間が暮らす共存の地であった。」


 次の壁画へ。


「そこに例の魔喰怪獣なる化物が大量に宇宙からやってきた。奴らは自然界の魔力を食い尽くし、そして星の底に眠る魔力の源、星核をも喰らわんとした。自然界に魔力が無いのはこれが原因だ。未だ魔力は戻らないままである。」


 あれが食ったせいで魔力がなくなったのか。未だにそれが戻ってないあたり、どれだけ甚大な被害だったのかというのが窺える。


「それに対抗したのが、主に二人の人間と八体の魔獣。ーーー自慢ではないが、その内一体は我だ。それらが力を結集し、例の怪獣達を一匹を残し殲滅し、その残る一体は撤退した。だがその一体が問題でな。それは奴らの首魁にして母体、生きている限り他の奴らを生み出し続ける最も厄介な存在だった。我らはそれをあと一歩のところまで追い詰めたのだが、残念ながら取り逃してしまった。」


 よりによって母体をか。彼も悔しそうに口にしていた。心残りなのだろう。そしてここから見ていない壁画になる。今度は少女らしき人物が何かを訴える絵だった。その少女の目からは赤い液体…血だろうか、が流れていた。


「我らは考えた。奴らは恐らく再びやってくるだろうと。時の賢者はそれを確信とするべく、奴らが襲来する可能性があるかどうか未来を覗き込んだ。結果、その時から一万年後、今から四年後になるが、奴らは再びやってくるだろうという事が分かった。だが、あまりに遠くの未来を見ようとしたために力を費やしすぎたため、それ以上の未来予知は出来ず、出来たとしても不確かな物となってしまった。」


「時の賢者って…まさか、ティア?」


「その通りだ。他に時間を操れる者などおらんかったからな。」


 なるほど。あいつが未来が不確かとか、未来予知が難しいと言っていたのは、こういう事情もあるのだろう。…待て。あいつ何歳なんだ?いや一万は超えてるって事だよな。何歳サバ読んでるんだ?もうサバとかそういうレベルじゃないだろう。


 まぁいい。次の壁画は、魔獣達が地下へと潜っていく様子だった。


「そして問題はもう一つ。荒れ果てた地表では魔獣達は生きていく事は出来なかった。地面から溢れる魔力だけでは生きていく事は出来なかったのだ。だが奴らは災いだけでなく希望も残してくれていた。それは星核に至るまでの道のりに超巨大な大空洞がある事を見つけてくれた事だ。それが今の魔界、この場所だ。我らは魔界、即ち地下へ逃れる事にした。魔力の溢れる地下へと。だが、生きていくには魔力が濃すぎた。それ故に我ら八体の魔獣は、それぞれ自身が得意とする魔力を一部の地域に集め、そこに住う事とした。それがこの火の聖域を始めとする、所謂、未開拓領域である。そして魔界の中心に当たる部分を魔獣・魔人の生活圏とし、二人の人間の内の一人、初代魔王がそれを統治する事とした。それが今の魔界だ。」


 そして話は次の壁画、一人の人間が剣を掲げ、荒れた地に残り人々を先導する姿だった。


「自然界には人間達のように魔力を必要としない生物が残る事とした。それを先導する者として、もう一人の人間、今でいう勇者が残る事とした。こうして今の生活圏が出来上がったのだ。」


「なるほど、なぁ。」


 俺は一通りの説明を聞いて深く頷いた。今までの歴史がよく分かった。俺が分かっていなかったことも。そして時間を経過することで、正しい歴史が全く伝わっていなかったことも。


「そして我はここで火の魔力を守り、いざという時に備えて準備をしていたというわけだ。かつてこの星にデアーラ共が最初にやってきた場所、大空洞の真下に陣取り、あそこからデアーラ共が入り込まぬように、火の魔力を展開してな。」


「未開拓領域…聖域が残っていたのは、むしろ手をつけないようにしていたからなのか。」


「そうだ。その辺が伝わっていないのは、我も他のドラゴンから又聞きした限りだが、どうも二代目以降が十分に引継ぎしてなかったようだな。特に二代目が色々システムを構築するので手一杯でな。」


 あの魔界のシステムか。確かにあれを作るのは苦労するだろう。


「そして時代を重ねていくにつれて、魔王は魔界で最も実力のある者を選ぶという方式が取られるようになり、それが今の選挙システムの由来となっていった。だがそのせいで更に引き継ぎが疎かになり、そして平和が続くことで、選挙の方針も「強い者」より「自分達に有利な者」を選ぶようになり…。全く。」


 彼は嘆いた。ある意味この体の持ち主はその初期の選挙に準じていたわけだ。それを喜んでいいのか分からないが。


「その辺はティアがちゃんとやれば良かったのに。」


「奴は自然界の復興も手伝っていたからな、そこまで頼むのは酷というものだ。それに…一応確認だが、奴は居ないな?」


「奴?ティアのこと?ああ。ここには居ないけれど、なんで?」


 彼は怯えた目を見せながら言った。


「居る時に言うと殺されかけるからな。」


 彼は恐る恐る口を開いた。


「…もう一つは、奴は少しボケが始まっているからだ。奴はお前に自分のことを数千歳と言っていただろう。」


 ああ、と肯くと、彼はやっぱりという表情を浮かべてから言った。


「それを我は一万年前に聞いた。」


「…えっ。」


 それは、つまり?


「奴は相当な歳だ。我ですら分からん程にな。」


 予想はしていたが、そんなにBBAだったのか。


「忘れてることがあっても仕方ないと言えば仕方がない。…流石に我らの事を忘れていたら、我も怒るが。」


 忘れてないといいんだが。それを確認するためにも外に出たいのだが…。それを口にすると、ファーラ=フラーモは言った。


「うむ、今はそれが本題だな。安心しろ。我が力を貸せばここから出られるだろう。だがその前に、こちらへ。」


 嫌な予感がしたが、彼に従い着いて行った。するとそこは神殿の奥、広めのコロシアムのような場所であった。悪い予感は的中したらしい。彼は俺に向き直ると、手を開き翼を広げ、吠えるように言った。


「当代の魔王として相応しい力、そしてあの怪獣共から魔界を守れる力が無ければ、ここで燃え尽きて貰った方が魔界のためというものだ。貴様が魔王として、我の力を貸すに値するか否か、その力を見せてもらおう!!」



「その必要は無い。」



 その聞き覚えの無い、ノイズの混じったような声は、ファーラ=フラーモの背後から聞こえてきた。


「何?」


 彼が振り返った瞬間、鮮血が飛び散った。赤い沸騰した液体がコロシアムの床へ降り注いだ。


「私が貴様ら両方とも殺すからだ。」


 ファーラ=フラーモが地に伏し、その声の主は姿を見せた。それは真っ黒な人の影のような姿をしていた。

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