第二十五話 足取りを追って
出来る限りカッコいい事を言ってみたが、実際にやる事は極めて地味であった。街中を歩いて、いや浮いて?走って?…タイムボードに乗って街中を探索し、見覚えのある顔を探すという、当てのない作業である。止まった時間の中で何分経ったかというのは分からないが、体感三時間程街中を探索したが、結局見つかる事は無かった。
大体この街が広すぎるのだ。
そりゃあ魔界の城下街よりは狭い。人口も何もかもが違うから比較にはならない。だがそれでも、人一人が探索する範囲としては途方もなく広かった。元の世界で言えば、魔界の城下街は(もう少し開けてはいるが)東京で、ここは千葉というか、横浜というか、そのようなイメージの広さである。
問題は無秩序に都市計画がなされていたのが良くわかる事だ。道が入り組んでいて移動もし辛い。宿屋やら武具屋やら、そういったものが適当に配置されている。城壁で囲っただけという感じで、適当という感じであった。一方で城へ向かう道だけはしっかりと舗装されていた。恐らく先程国境線にいた騎士達が一斉に通れるようになっているのだろう。攻勢一本という感じであった。そこから一歩街に踏み込むと迷路なわけだが。
イージス王国の方がそのあたりはしっかりしていた。城下街の入り口には跳ね橋と堀、城壁は厚く篭城も出来そうな構造になっていたし、更にその先の城の周りも跳ね橋と堀で囲む二段構え。上空からの備えとして弓兵も何名か警備についていた。防戦に徹する構造といった感じであった。ブレドール国とはある種対照的に見える。
本題だ。この広く入り組んだ街でどうやって勇者を探し出すか、それが問題だ。そもそもこの街にいるのかすらわからない。居る事を確かめる方法はないだろうか。俺は考えた末に、宿屋を探す事にした。宿屋には宿帳みたいなものがあるかもしれない。そこに名前があれば、この街にいた事は確認できるだろう。この国は勇者信仰、勇者の名前を出して泊まるだろうか、という気もするが、確かめてみない事には何とも言えない。まずは調べてみる事にしよう。
無い。
無い。
無い。
三軒確認して全てに宿帳はあったが、彼女の名前が無かったところで心が折れそうになった。三軒宿屋を探すのも苦労したというのに、何の成果も得られないのは辛い。
しょぼくれながら浮遊していると、一軒、安そうな宿屋を見つけた。とりあえずここだけ見てみようと思い、ドアを開けようとしたが、ドアが動かない。時間が止まった世界では、俺が触れた物だけが時を刻み始める。故にドアは開く。だが反対側に、例えばドアを開けようとしている人が居た場合、その人は動かないので、結果的にドアは開かない。恐らくそういう状況なのだろうと思い、面倒だとは思いつつも、俺は回り込んで裏口から入った。予想通り、ドアは反対側に居た外に出ようとしている恐らく客と思われる人物にぶつかっていた。この後顔をぶつける事になるだろう。ゴメンネ。
どうせ無いんだろうな、と思いながら、宿帳を開こうとした瞬間、それは必要無い事に気づいた。ちょうど所謂チェックアウトをした客の記録のために宿帳が開かれていて、そこに確かに『サリア・カーレッジ』という名前があったからだ。この宿に泊まっていたらしい。しかも昨日。そして今日宿を出たらしい。叫びたくなるほど嬉しかった。他を周る必要も無くなった。この街を探せばいいのだ。…多分。
だがそこからの足取りは分からないままだ。何か手掛かりは無いかとペラペラめくってみたところ、彼女の名前が数日に渡り登場していた。この近くで何かをしていたのだろうか。俺は宿屋を出て、この近くに何か留まる必要性のありそうな建物が無いかを探してみる事にした。
武具屋?いやそんなに留まる必要はないだろう。鎧を買い替えたりはするかもしれないが、数日居座る必要はない。城はないだろう。ボロい宿屋に泊まる理由が無い。勇者信仰の国なら勇者だと言えば特別扱いされるはずだ。…そもそもなんで宿屋で泊まれたんだろう。勇者だとバレればそれこそ大変な事になりそうだし、城に呼ばれたりしそうなものだが、それがないという事は何か理由があるのだろうか。…考えても仕方ない。とにかく、城には行っていないという前提で考えてみよう。
ふと目についたのは図書館だった。大きめの王立図書館。読みたい本があったらここに居座るのも分からなくは無い。もしやと思い入ってみた。
荘厳な作りの入り口を潜ると、本、本、本、本の山。大量の本棚と読むための机。ああ、こういうところでゆっくり読書するのもいいよな、などと思ってしまう。一応時間が止まっているのだ。そういう時間を設けたっていいよな、などと考えながら、ちょうど本が山積みの机があったのでそこに座り、適当に一冊手に取って開いてみる。
『勇者とは』という本だった。直球だな。そしてタイムリーだ。
「人々の心が闇に包まれし時、それを照らす者、それが勇者である。」
そんな一節から始まる本だった。勇者とは何たるか、勇者を何故信仰すべきなのか、そういった内容をまとめた、歴史書というよりは啓蒙書といった様相であった。パラパラとめくり、適当なところで閉じた。傾向が見えてしまったので、あまり読み進めても仕方がないように思えたのだ。
他に面白い本は無いかと思い机の上を見やるが、全部が全部勇者に纏わる本ばかりであった。
なんなんだ、この机にいたのは余程の勇者マニアなのか?
そう考えて、一つの仮説が浮かんだ。
ここに居たのが本当の勇者だとしたら?
彼女は今後について迷っているようであった。勇者としてどうあるべきかを知るためにこの本を読んでいたとしたら?…少し飛躍のし過ぎかもしれないが、可能性は無いわけでは無いように思う。だとしたら彼女はこの館内にまだいるかもしれない。探してみる価値はある。俺は立ち上がり、館内を駆け回った。
体感数時間。彼女の姿は無かった。見覚えのある顔は居なかった。流石に飛躍のしすぎだっただろうか。俺はトボトボと先程の机に戻った。机に頬を引っ付けてぐたりと倒れ込む。疲れた。時が止まっているからといって疲れないわけではないのだ。俺は間違ってアイコンをタップしないように気をつけながら、別の机に杖を置いた。少し休みたかったのだ。
杖を置いて元の机に戻る際、改めて机の上の本が目に映った。一冊だけ本が開いていた。俺は開いていない。元から開いていた。つまり元の机の利用者が開いていたという事だ。
先程の仮説に戻ろう。もしその利用者が勇者だとしたら、この本がその勇者が最後に読んだ本という事だ。
とすれば、この本に何か手掛かりが残っているのでは無いか。我ながらナイスアイデアだと思った。いや、元々の仮説自体が結構怪しいものではあるが、所謂何とかを探せよりも遥かに難易度の高い人探しだ。こういうアイデアを元に探していく他ないだろう。俺はその本を手に取ってみてみた。
そこには、『初代勇者の武具』という代物についての、伝承を紹介する一節が記載されていた。なんでもここの城の近く、初代勇者の墓に、初代勇者が身につけていた武器と防具が眠っていて、それは真の勇者にしか使えないらしい。真の勇者!その響きの良さに思わずときめいてしまった。魔界に比べて元の世界でイメージするファンタジーの世界に近いな、とつくづく思う。あちらに三ヶ月余りどっぷり浸かったせいで、魔法=万能と思わなくなって久しいものだとしみじみ思う。
違うよ!俺の愚痴はどうでもいいんだよ!一人でいるとどんどん思考がズレていってしまう。もういい、とりあえず行くだけ行ってみよう。俺は改めて気をつけながら杖を手に取り、図書館を後にした。
城を横切ると、案内板が出ていた。「初代勇者の墓→」。分かりやすい。分かりやすい事はいい事だ。俺はその方角へとタイムボードを滑らせた。疲れよりもまずこの仮説を確かめてみたいという好奇心にも似たそれが優っていた。やがて街を出て、深い森へと入ると、一人の女性の後ろ姿が見えた。もしやと思い、回り込み、顔を覗き込んだ。
見覚えのある、勇者の顔がそこにあった。
俺は飛び上がりガッツポーズを取った。
2020/3/18
・一部キャラクターの名称を変更しました。




