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第十八話 途中の村で一休み

 歩き始めてから数時間。先に見える山脈の大きさは変わらず、一向にその麓に着く気配はなかった。数日掛かると言っていたから、数時間程度で麓に着くわけがないのだが、目的地が見えていてそれに全く辿り着く気配がないのは辛い。飛べればもう少し楽なのだろうが、魔法は禁止と言われているから使えない。使って魔界の評判を落とすのも嫌なので大人しく従うわけだが、それがまたもどかしい。自転車を手押しして歩いている気分である。このサドルは何のためにあるのか。俺が座るためのはずだろう。何だよ自転車禁止ってこの道はさー、という記憶が思い出される。


 食糧は数週間分携帯食を貰っているので腹は膨れているし体に力は漲っているのだが、如何せんやる気が失われ始めている。ファンタジーの世界にやってきた喜びは、歩いても歩いても代わり映えのしない木々の風景によって上書きされていった。魔物でも出てくれた方がメリハリがあっていいのだが、と思ってしまう。木が疎に生えているオープンワールドの世界を只管歩き続けている気分というかまさにそれである。ファストスキップが付く理由も分かるというものだ。


「あー、村でも無いものか。」


 事前に渡されていた地図を見る。一応道沿いには村が幾つかあり、魔界から出て最初に到達する村はもう少しという所のようであった。


「とりあえずそこで一休みさせてもらうか…。」


 目標が出来ると多少モチベーションは上がる。俺の足取りは少しだけ軽くなった。



 そこから最初の村「カンコ村」へと辿り着くには、更に数時間を要した。出かけたのは朝なのにもう夕方である。この体はそれなりに鍛えられているのと、竜族というのも手伝って、体力自体はあるので疲労感はなかったが、一方で野原と木と踏み固められた土で出来た道だけを見ているのも飽きが来ていたので、村で一晩休ませて貰うことにした。


 だが村に足を踏み入る寸前に、俺は思い止まった。


 魔人に対して騒がれたらどうしよう。


 いい印象を持っていてくれればいいのだがどうなのだろう。その辺り聞くの忘れていた。さっきの兵士は魔物に怯えていたとはいえこちらに槍を向けてきた。この村でもそういうことされると精神的には辛い。


 と思っていると、村の入り口に歩いてきたご年配の女性が話しかけてきた。


「もし、旅のお方?」


「ええ、まぁ、はい。」


 魔王ということは伏せて普通の旅人という事にしようと会話を試みた。


「あら久しぶり。魔界からの旅の方なんて。」


 普通に魔界の住人というのを受け入れてくれているようであった。俺は話を合わせることにした。


「え、ええ。最近色々ありましたからねぇ。魔王が心を入れ替えたみたいで、漸く少しずつ落ち着いてきたので、ちょっと出かける事にしたんですよ。」


「あらそうなんですか。それは良かった。ウチはあの山に向かう魔界からの観光客で賑わっていたんですが、最近はとんと見なくてねぇ。」


「あの山には何かあるんですか?」


「なんでも、自然界には珍しい『魔力の滝』があるとかで、それを見に来る方が多いんですよ。」


 魔力の滝。初めて聞いた。地面から吹き出しているのだろうか。純粋に少し興味が湧いた。


「へぇ。私は適当にぶらついているだけなんですが、ちょっと行ってみましょうかね。」


「行くにしても今日は無理よ。まだまだ道は長いから。よかったらウチの宿屋で休んでいけば?」


 宿屋があるのか。有難い。一応外貨も持っているので泊まれるはずだ。


「お幾らですか?」


「食事込みで大体一晩二十ゴールドね。」


 大体元の世界で言うと二千円くらいである。安い。俺はそこで一晩休む事にした。


 食事は旨かった。白米と野菜と肉。いわゆる普通の焼肉定食のような取り合わせであるが、肉は漫画で見たように骨つきのデカイ塊である。携帯食で済ませた昼飯の分や、今までの魔界での質素な生活を補うように胃に染み渡っていった。部屋に戻ると、魔人向けなのか、床に布団を敷いてあった。俺はその布団の下に魔法陣を敷いて、一晩ゆっくりと休んだ。



 翌朝目を覚まし、案内してくれた宿屋の女将さんにお礼を言って宿を出ると、村で少し情報収集を始めた。昨晩食事の際に聞いたのだが、ラバック山脈というのは広く、どこという目的地を定めて行かないとすぐに遭難してしまうらしい。魔力の滝に行くだけでも結構な道のりらしい。転送機があるので遭難する心配は無いだろうが、それでも無駄な時間を使うのは食糧の不安にも繋がるし、何より国庫が不安になる。時間を節約するためには情報を得るべきだろう。


 昨晩は良く見られなかったので、改めて村の中を眺めてみた。


 歩く人は皆よくあるファンタジーの服装をしていた。表現が簡易すぎるが、俺はあまりこう服装には興味が持てないため、描写が難しいのだ。所謂モブ村人という感じである。彼ら彼女らは実際に生きているのだから、少々失礼な言い方ではあるが。


 家々は木造で、宿屋には布団の、武器屋らしきところには剣の看板が掛かっている。分かり易い。


 村の中央には井戸があり、そこで何人かの女性が正しく井戸端会議をしていた。あそこに割り込む勇気は無い。適当に一人で歩いている人に尋ねてみることにした。


「すみません。私ラバック山脈に向かっているのですが、時を操る魔法なんてのを聞いた事ありませんか?」


 声をかけた男性は顎に手を当て摩り摩り考え込んだ。


「ふむ、時を操る、ねぇ。…あー、なんか噂だけど、そういう仙人みたいなのが住んでるって聞いた事はあるな。魔力の滝って聞いた事あるだろ?あれのその先にいるとか何とか。」


 とすると、魔力の滝を見に行く人の一部はその仙人目当てなのだろうか。


「ただ会った事があるって人は見た事ねぇな。そう言って出かけたやつは帰ってこないか、大体がしょぼくれて帰ってきてたよ。数年前の話だからおぼろげだが。最近は人自体来なくなっちまったからなぁ。お陰でこの村も寂しくなったよ。」


 ここにも前の魔王の影響が出ているらしい。ジュゼに以前聞いた話だと、自然界と魔界との往来は、魔界の情勢が安定していた頃は多かったが、前の魔王が就任して治安が荒れてくると自然と無くなっていったという。魔物が出て行かなかった事で、自然界からの評判が落ちることは避けられたとの事だったが、民間レベルではこうした影響が出ているようだ。


「そうですか…。ありがとうございました。」


「お前さんもそれ目当てか?」


「ええ、まあ。」


「気をつけてな。さっきも言ったが、帰ってこないやつもいるからさ。」


「ご親切にありがとうございます。無理はしないようにしますので大丈夫です。」


 嘘である。何とかして会わねばならない。だがそういっておかないと余計な心配をかけてしまうかもしれない。俺はそう言うと手を振ってその男性と別れた。


 一応情報は得られた。まずは魔力の滝を目指そう。俺は村を出て、再びラバック山脈への足を進める事とした。


 村を出る前に、お土産屋で適当なアクセサリーを買っておいた。せめてもの貢献だ。



*********



 同じ頃、自然界-魔界の検問所にて。


 一人の女性が検問所の小屋を覗き込んだ。


「ひっ!!…なんだ人か。どうしました。」


 兵士が尋ねる。


「あの、魔界に行きたいんですが、この管を降りればいいんですか?」


 女性が答える。彼女は十代後半の体型・顔付きをしていたが、顔には少々の幼げを残していた。全身に皮の鎧を身に纏い、腰には剣を携え、一応の武装を整えていた。兵士はその様子に一瞬訝しんだが、魔界に行くのであれば多少の武装は必要だろうから、そのためだろうと無視をして答えた。


「あ、ああ。これに乗れば行けますが…。一応規則でして、渡航目的とかを聞かせてくれますかね。」


「えっと…魔王に会いに行きたいんですが。」


 その言葉に、兵士の脳裏には先程自分を救ってくれた人の事が思い出された。彼は魔王を名乗っていた。エレベーターと呼ばれる管を普通に昇ってきたあたり、多分本物なのだろう。何となく王としてのオーラを放っていたようにも思えた。彼は親切心で、魔王の向かった先を教えてあげる事にした。


「んー、魔王様はさっき、ラバック山脈の方に向かったから、魔界に行っても会えないと思うよ。」


「そうなんですか!?わかりました!!ありがとーございます!!」


 そういうと女性はバタバタと駆けてラバック山脈の方へと向かっていった。胸のサイズがギリギリの鎧をつけているらしく、地を駆ける足に連動するように二つの丘が上下に揺れ、鎧がミシミシと音を立てた。


 兵士はその様子を後ろから見つめ、なんだったんだろうと唖然とすると同時に、何の用事だったのか聞くべきだった、教えて良かったのかな、などと自戒していた。

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