第十五話 二期目も素寒貧
選挙が終わって翌日。俺は再びいつものベッドで目を覚ますことが出来た。窓から望む景色もいつもと変わらない。少しだけ体の調子が良い。魔法がガンガン使えるようになったからだろうか。全身の鈍りが取れたような感覚を覚えた。いい朝だ。二期目最初の朝としては最高のスタートかもしれない。
魔王の任期は四年である。つまり今から四年間は何とか魔王としてやっていけるわけである。革命とか暗殺とか、そういう面倒なことが起きない限りは、であるが。何とか支持層を作ることができたが、これはとっかかりにすぎない。元々今回はボーナスゲームみたいなものだった。何せ敵のお陰で千人支持を集めれば良かったのだから。本題はこの後、二期目である。背負った汚名を払拭して行かなければならない。
俺は執務室の机の上に目をやり、そしてその机の上にある物を手に取った。
「今日からまた使わせて貰うぞ。」
俺は杖とアウェイクニングバロットレットーーー長い。ヘルマスター・ギア…これも長い。手元の投票用紙に話しかけた。それはLEDのようなものを光らせる事で、俺の問いかけに答えた。
玉座の間ではジュゼとトンスケが待っていた。
「おはようございます。魔王様。」
「おはようございまする。やー、無事二期目ですな。」
「ああ。お前らのお陰だ。またよろしく頼むぞ。」
「勿論ですぞ。で早速ですが、軍の警備の状況報告からよろしいですかな?」
「ああ頼む。」
トンスケは前に指示した軍による各街の警備状況を説明してくれた。廻れた集落は、魔王城で把握している内の約二十パーセント。魔物討伐も進み、各街に配布する分を差し引いても、少しは金と食糧が蓄えられたということであった。いいニュースだ。ただでさえ何もかも足りないのだ。少しでも足しになれば御の字である。アリチャードの拠点を調べるようには言ってあるが、昨日のあの様子だと、期待は出来そうにない。元魔王様が渡した物はもう戻って来ないものと前提を置いた上で考えていくべきだろう。悲しいが。
「で、ユート・デスピリアという者の情報ですが、これは全くありませんでした。捕まえた「混沌の魔界」構成員も聞いた事が無いと申しておりましたな。アリチャードは会った事はあるようでしたが、その時の記憶は「何かで鍵が掛けられたかのように全く思い出せない」との事でしたぞ。」
「記憶の消去の魔法でしょうか。とすれば私と逆の闇属性の魔人かもしれません。」
「魔王城の資料も漁っておりますが、全く無いようで…。」
「まあ一応引き続き探ってみてくれ。」
「承知しましたぞ。」
こっちの件については先行きが不安である。向こうの正体が全くの不明となれば、どういう手に出るかも分からん。
「魔法はしっかり使えるようになったし、何とか対抗は出来ると思いたいんだがなあ。」
「向こうもそれは承知でしょう。耐魔力ゴーレムを破る程の魔力の持ち主は魔界では一握り、それこそ元魔王様くらいです。魔王様の正体まではバレていないと思いますし、仮にバレていたとしても、魔法の実力については理解したでしょうから、力尽くでは難しいと考えてくるでしょう。」
「となると逆に搦手で来るかもしれないなあ。」
厄介な話である。正体不明の男が搦手で来るとなると、どういう動きをしてくるか読めたものではない。
「まぁ後手にまわらないように、少なくとも情報収集は続けた方がよろしいでしょうね。」
「そうしよう。トンスケ、その辺りはよろしく頼む。」
「勿論ですぞ。」
とりあえずの方針としては、今までの継続をしながら、資金が出来れば住居建造などの都市開発を進めていくという事にした。そのためにも材料などを輸送する手段が欲しいのだが、そういえばイレントの研究は後どれくらい掛かるのだろう。研究室へと赴き尋ねてみることにした。
研究室は資料と研究物、試作サンプルが部屋中に散乱していた。魔王城の中でもそれなりに広い部屋を貸しているのだが、所狭しと色んな物が並び、そして色んな研究者がああでもないこうでもないとぶつぶつ呟きながら様々な計算式やら研究用材やらを弄っていた。俺は苦い顔をした。俺は昔は部屋を整理する性格だったので、毎回ここに来ると同じような顔になる。母親の如く叱りたい気持ちと、父親の如く甘く見たい気持ちが内混ぜとなるのだ。
「お、おお、魔王様、さ、再選おめでとうございます。」
イレントがこちらに気付いて近寄りながら言葉を発した。落ち着いて言ってくれと言いたくなるが、直接言うのは憚られるのでやめておく。
「ああ、ありがとう。お前のお陰だ。」
これは本心からであった。彼ら科学者の票が無ければ、俺は今ここに居ないのは間違いない。心の底から感謝していた。…この部屋の惨状とは別にして。
「い、いえ、ワターシはそんな、大した事はしておりませんです、はい。」
「謙遜はいい。ところで聞きたいのだが、今の研究が終わるのは後どれくらいになる?」
「そ、そうですね…大体…。」
俺はその回答に目を見開いた。
「しまった!!そうかぁっ!!シミュレーションゲームだと時間の経過は年月じゃなかったあ!!」
その場を取り繕い玉座の間に戻ってから、俺は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
彼の回答は「大体二、三年くらいでしょうか」という話だった。動力は基礎研究があったので時間が掛からなかったが、実際の輸送手段の発明となると、理論構築・基礎研究に実用化テストなども含めてそのくらいの時間が必要となるのだ。そこで先程の悲鳴へと戻る。往々にして技術ツリーの存在するゲームにはタイムレンジ、時間幅があり、ターン制の場合は一ターンにつき一年から十数年単位で消費する。つまり技術開発には年単位の時間を要するというわけだ。一方俺の任期は四年である。短すぎる。大局を見据えて行動するには時間が足りなさすぎる。
ここに来て俺の足りないものがもう一つ増えた。時間だ。金も、食糧も、時間も足りない。これで何をすればいいんだ。
「時間が…時間が操作出来れば…。」
巻き戻し、早送り、逆再生に一時停止。時間の操作は夢の技術だ。使えれば何でも出来る。敵を一方的に攻撃したり、あんな事やこんな事も…。
閑話休題。
時間操作の魔法が無いかジュゼに尋ねると、答えは絶望的なものだった。
「あったら苦労しません。」
「だよなあ。」
「魔法でも時間までは手を出せないというのが、魔界での常識に近い事ですからなあ。流石に無理なのでは…うーん?」
トンスケが頭を捻った。
「どうした、頭が取れるぞ。」
「大丈夫です。繋がっております故。」
いつも思うんだが死霊族ってどういう構造なんだ。
「いや、そういえば時間操作が出来る者がいると以前噂になったような、ならなかったような。」
「ナニィ!?」
それは重要な情報である。
「思い出してくれ!!いつ!!どこで!!誰が!!」
俺はトンスケの肩を持ってグラグラと揺すった。骨が軋む音がした。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくだされ!!頭が落ちる!!」
俺は手を離した。
「でも今ので思い出しましたぞ!!えーと、確か自然界にはそんな人が居ると以前噂になりましたな。…確か。」
「ああー、確かに。随分前ですが、そんな話がありましたね。ただまあ噂で終わりましたけれども。誰も確かめられませんでしたからね。自然界ですから。」
自然界と魔界の間は、検問所魔法により、所定の手続きを経て許可を得た者しか行き来出来ない。まぁ元の世界で言うと、パスポートが無いと別の国には入れないとかそういうレベルの話ではあるのだが、そこまでして向こうに出て行きたい者も少ないらしく、近年の行き来は皆無だと言う事である。
では何故噂が流れたのかと言うと、城内の人間にも聞いてみたところ、先代の魔王ーーこの体の持ち主の前の魔王という意味だがーーの頃はぽつぽつと貿易が行われており、その貿易商経由で噂が流れてきたという話である。今は出荷する物も余裕もなく、貿易が途絶しているが。
こういうものの復興も必要になるのか。俺は頭を抱えた。この体の元々の精神が、出来る限り惨たらしくお亡くなりになっている事を祈ろう。せめてもの罰だ。
「じゃあ誰か派遣するか?」
「ふむ…。ただ、向こうでは魔人・魔獣はどうしても奇異の目で見られますし、なかなか自由な活動は難しいかと思います。」
「向こうの誰かに聞くとか?」
「時間操作が出来たとして、それは間違いなく魔法ですから、向こうでもあまり関わり合いになりたく無いと思われていると思います。ですのでどこまで情報があるか…。」
「まあ一応聞いてみようじゃないか。」
「…誰にですか?」
「王様。」