第十三話 貴方の一票[Ballot]が・前編
翌日、投票所から入ってくる情報は絶望的なものだった。
狙撃疑惑については、魔界の住人は半信半疑のようであったが、それでも「まあ投票しなくてもいいや」と思わせるには十分だったようだ。投票所には誰も来ていないという情報だけが入ってきた。
言い訳になるかもしれないが、もう一つ理由として考えられるものはあった。投票所の入り口の近くをノッソリと人より大きいゴーレムが歩いているという報告があった。魔人や魔獣に危害を加えているという話は聞かないし、投票所の入り口を塞ぐようなことはしていないが、居るだけで圧迫感や威圧感を与えるのは言うまでもない。そのせいもあってか、人が来てもそそくさと去っていくケースもあるらしい。
気になるのはゴーレムがいない投票所もあるということである。国の金を掻っ払っておいて、そこで魔術師をケチるのか?まぁ深く考えても仕方ない。今重要なのは、投票されていないという事実である。
朝からジュゼは出かけていた。どこに出かけたのかは分からないが、何か考えでもあるのだろう。もしくは情勢を把握して…いや、言葉にはすまい。したくもない。それに彼女はなんだかんだ言って金以外には誠実であるように思えた。まあ金にはある意味誠実であるが。そこで変に勘ぐりを入れたくは無いと思った。
トンスケはバタバタと情報収集に明け暮れていた。情報を得る度に顔色が悪くなっていくのがよくわかった。白い頭蓋骨が文字通り青く青く染まっていく。
そして投票期限間近。俺は思わず呟いた。
「…はぁ、もう無理かな?」
「ま、ままままままままだ諦めてはなりませぬぞ。」
お前諦めかけてるだろ、と言いたくなったが、言葉にする気力も失せてしまった。
「大変でございます!!」
その時、突然門番がボロボロになって飛び込んできた。
「どうしたその傷!?」
「い、今、ゴーレムと死霊族の軍勢が、大量に押しかけてきまして、地下へ向かう道を通られてしまいました!!」
俺とトンスケは目を見合わせた。奴だ。
「お前は医務室へ行け!!トンスケ、無駄に遮るより全員通らせてしまえ!!それでやる気のある奴らを連れて地下へ!!俺は先に向かう!!」
「承知致しましたぞ!!」
俺達は二手に分かれて急いで地下、魔界システムの防御壁へと向かった。
魔王城深部の魔界システムが設置されている空間は、広い空洞になっている。空洞を一望出来る階段で降りた先に一本橋があり、その先に巨大な機械がある。こちらの世界で言うとサーバーに近いが、もっと巨大だ。そしてパイプが何本もそこから生えている。これが所謂魔界システム、魔界制御魔法を発生させている張本人である。その機械を取り囲むように360度光の壁、即ちバリアが展開されていて、その先は一本橋と奈落に囲われている。橋以外に歩いて辿り着く方法は無く、空を飛んだとしてもバリアに阻まれる。そして奈落の底には煌々と燃え盛るマグマ。落ちたら一溜まりもない。一瞬で死霊族になり、そして灰になり、やがて何も残らないだろう。
俺が階段を降りると、一本橋に大量のゴーレム達と死霊族達がおり、バリアに群がり破壊しようと試みているのが目に入った。バリアは全く動じていない。二代目が施したシステムはこのような事態も想定していたらしい。とはいえ、あまり時間が経ちすぎると危ういかもしれない。
「待てーっ!!」
俺は下り階段を駆け下りながら、集団に向けて叫んだ。するとその集団は動きを止め、こちらを向いた。
「おやおやおやおや、誰かと思えば裏切り者の魔王様じゃあないですかー。」
ゴーレムと死霊族の間を掻き分け、アリチャードが姿を現した。ローブに隠した爛れた顔が醜く歪み、笑みのようなものを浮かべていた。
「無駄無駄無駄無駄、無駄な事です!!ミーの犠牲によって、ユーの支持率はガクッと落ちた!!もうユーの言葉に答えてくれるヤツなんざいない!!魔界の恥、魔界のゴミ、あの悪法を全て無にするのですよ!!」
「誰が退くか!!悪法もまた法なりって言うだろ!?変えるのはいい、破壊するのだけは許さん!!それに、それにだ。最後まで、最後まで待ってみないと分からないだろ!!」
「ノンノンノンノン、待つ必要なぞ!!ユーも既にご存知なのでしょう?投票所には誰も来ちゃおりません!!ユーが選ばれる可能性などもはや無いのですよ!!」
『魔界システム放送です。投票結果が算出されました。』
それは俺には死刑宣告にも聞こえた。あのバリアが解かれる時が来たのだ。後ろからきたトンスケ達は絶望的な顔をした。
「フェーヘヘヘヘ!!来た来た来た来た、来ましたよぉー!!ユーの終わりの時が!!魔界が解き放たれる時が!!」
アリチャードの高笑いが広い地下空間に響き渡った。
「まあまあまあまあ、最後ですし、ユーの不信任を聞いてから終わりにしましょう!!」
ありがたいことだ。まぁどの道これは終わりだろう。千票なんて集まりようが無い。もう終わりだ。
『候補者、アリチャード・アウトボウ:0票、候補者、エレグ・ジェイント・ガーヴメンド:1001票、無投票:多数のため割愛、よって次期魔王はエレグ・ジェイント・ガーヴメンドとなります。以上、魔界システム放送でした。』
俺は絶句した。
全員がそうだった。
その場にいた全員が愕然とした。
「な…んで…?」
思わず言ってしまった。当人である俺自身が、この結果が理解出来なかった。
「お、おいおいおいおい、そんなバカな?あんな、あんな魔王に投票するバカがどこに…?」
アリチャードも唖然としていた。次の命令が無くゴーレム達は何をするでもなく立ち尽くし、死霊族もまた同様に呆然としていた。
「世の中にはバカもいるものなのです。」
ジュゼが俺の後方に、汗を流しながら転移してきた。
「何とか間に合いました…。ふぅ、疲れましたよ。」
「な…え…?ユー達が何かしたと…?」
「前日の状況から考えて、投票所に来る人が少ないと考え、直接投票所へお連れしたのです。協力してくれそうな、この方達に。」
そういうとジュゼは転移ゲートを開いた。そのゲートの中から、人々がぞろぞろと出てきた。
「ど、どうも。ワターシ達、科学者連合は、い、今のエレグ様に投票しました。」
先頭にはなけなしの武器を装備したトーレンが立っていた。
「あ、あの、今のエレグ様は、我々と、その、魔界の未来を、考えてくれています!!アリチャードのようなバカに任せるより、無秩序な世界にするより、彼に賭けた方が、まだマシだと、その、思いまして…。」
トーレン達の後ろに、研究室で見た覚えのある科学者達が多数立っていた。誰もがそうだそうだと肯いている。
「俺達もだ!!」
シュミード達狼族が居た。
「あんなクソ演技で騙されるわきゃねーだろ!!」
「下手に顔出すとあんたらに邪魔されそうだから、ジュゼの案内で投票させて貰ったのよお!!」
辺境に暮らす人達が居た。
「私たちは軍の人達に助けられました。あの人達は「自分の判断だ」「軍の独断だ」とか言ってたけど、もしエレグ様が元のままだったら、そんな勝手な行動許すわけないじゃないの。今のエレグ様は心を入れ替えた、そう信じてお手伝いしました。」
昔の魔王よ、ここまで信用されてないぞ。ありがとう。
「わたし、も。」
そしてもう二人。何時ぞやに助けた魔人族の子供とその母親だった。全員に投票権とは言っていたが、こんな子供にもあるのか。
「この間はありがとうございました。」
「助けてくれたお礼に、助けに来ました。」
「残り二人というところで途方に暮れていたところで街で声をかけられ、お連れした次第です。」
ジュゼが言った。
ホッとする以上に、何か込み上げてくるものがあった。俺は成り行きでここまで来た。一応成り行きでやらされたなりに出来る限りのことはしてきたが、それが無駄じゃなかったと分かった。
「だ、が、しかぁぁぁぁぁあし!!まだまだまだまだ、終わってはおりませんよぉぉぉ!?」
アリチャードが絶叫すると、ゴーレムが崩れた。そしてその場にいた十数人の死霊族達が詠唱を始めた。すると崩れたゴーレム達が一つの体へと合わさっていき、やがて3メートルは超えているであろう巨体を有した一体のゴーレムを形取った。
「フェーヘヘヘヘ!!万が一の裏切り用にこの時のために用意した耐魔法用ゴーレム!!これで全部打ち壊しですよー!!」
ゴーレムと死霊族に守られたアリチャードの嘲りが聞こえる。
俺は杖を強く握りしめた。
『貴公は皆を、この魔界をどうしたい?』
頭の中に声が響いてきた。
どうしたいか?ここまできたら、もう決まってる。
「…ジュゼ!!俺を飛ばせ!!システムの前まで!!」
「しかしそれは…」
「いいからやってくれ!!」
俺が叫ぶと、ジュゼは意を決したのか目を瞑り、転移魔法を発動させた。対象は俺だけ。そして転移先はそのゴーレム達とシステムの合間、バリアの前。
見上げると巨大なゴーレムがこちらを見下ろしてきた。アリチャードはいつの間にやらゴーレムの肩に乗って悠々としている。
「フェーヘヘヘヘ!!いくら最強の魔王といえど、このゴーレムを崩せますかな!?優秀な召喚士十数名で作ったこの合成ゴーレ「崩す!!」
アリチャードの嘲りに割り込むように俺は叫んだ。そして、さっきの声に答えるように。
「…俺は魔王だ。だから俺が!!こいつらを守る!!出来る出来ないじゃない!!守ってみせるしかないんだ!!」
よく昔良く見た、何なら今もたまに見るが、ヒーローが言うようなセリフを吐いてしまった。少々の恥ずかしさはあったが、それでもこれは俺の本心であった。魔王というのは、俺が知っている話では、大方敵役だった。だが、少なくともこの世界では違う。一つの世界の王であり、魔界の住民を守るべき立場であり、即ち人々を守るヒーローでなければならなかった。だからこれでいい。こんなセリフを吐いたっていい。重要なのはセリフじゃない。行動だ。俺は彼らを守るために杖を翳した。無理だとしても、それでも何かをしないわけにはいかない。俺は、俺は魔王なのだから。
その時、杖がガクガクと震え始めた。
「…?」
無意識に杖に魔力を込めていたようであった。だがそれにしてもこの震え方はおかしかった。今まで見た事ない震え方であった。そして杖が光り出した。
シュミードはそれを見て言った。
「武器が…進化する…。」
シュミードの言葉通りに、杖は徐々に姿を変え始めた。
丸いタッチパネル部分と柄の部分が分離した。
タッチパネルの側面に何かのジョイントが上下左右に出来、裏には四角い何かを差し込むスロットと、手で持つためのグリップが生えてきた。タッチパネルの[Attack]というアイコンは無くなり、その代わりなのか、背面にグリップとトリガーが付いた。グリップとタッチパネルを繋ぐ部分にはボタンがあり、押しながら回せば90度回転するように見えた。
杖の柄の部分は四つに分かれ、内三つにはそれぞれに刃とそれを収納するスリット、先端には銃口にもジョイントにも見える穴のようなものが付いた。一つだけタッチパネル部分と接続可能なジョイントが複数設けられていた。
『未熟なれど、貴公のあり様こそ真の魔王…。自らの力、目覚めさせる時。』
再び頭の中に声が響く。
そして杖を持っていなかった左手に、[アウェイクニングバロットレット]と書かれた投票用紙を模した四角く硬いパーツが現れた。真ん中には折れ線のように折りたたむパーツがついており、二つに折れば弾丸のように細長くなり、先ほどのスロットに差し込めそうであった。
やがて杖の変化が終わると、タッチパネルの下部分のジョイントに、元々柄だったパーツ四つが、電車が連結するように嵌め込まれた。タッチパネルのジョイントに一つ、そのくっ付いた柄の下に一つ、更にその下に一つ、というように。やがて縦長の杖のようなものが完成すると、俺はグリップを握り、トリガーを弾いた。
[ヘルマスターワンド!!]
トリガーを弾くと同時に、音声が流れた。
俺は何となくだが、使い方を理解した。武器がこう応えてくるとは。ま、いいさ、俺は俺で応えてやろうじゃないか。
俺は左手に現れた[アウェイクニングバロットレット]を折り畳んだ。
[覚醒!!]
折りたたんだ瞬間、二つ折りの片面の凸部分と、もう片面の凹部分が合わさり、スイッチが押され、アウェイクニングバロットレットから音声が鳴った。それを杖、いや、ヘルマスターワンドのスロットに差し込んだ。
[Vote!!Awakening-Ballot-let!!]
差し込んだ瞬間、その投票用紙、いやバロットレットを読み込んでヘルマスターワンドが叫び、タッチパネルの周りのランプが光り輝き、何か待つような音楽が鳴り響く。その音楽に合わせて、俺は唖然としたアリチャード達に向けてヘルマスターワンドをかざし、その場にいた全員に告げた。
「刮目せよ…!!」
そして、グリップ部分のトリガーを弾いた。
[Calling!!]
ヘルマスターワンドが叫んだ瞬間、俺の頭上に初代魔王の鎧が現れた。そしてそれは俺の全身に適合するように形を変えながら、ガシャンガシャンと音を立てて俺の体に装着されていく。装着が完了した瞬間、ヘルマスターワンドが叫んだ。
[目覚めたる魔界の王!!ヘル・マス・ター!!]
目元のバイザーが輝き、俺の視界がハッキリする。
最後に、ヘルマスターワンドが言った。
[降臨!!]