第十二話 時は飛んで選挙前日
「で、出来ましたァー!!出来ましたよ魔王様ァー!!魔力を使った動力技術!!この技術を使えば、デカイ箱でもなんでも運べます!!」
イレントが飛び込んできた。
「でかしたァッ!!」
俺は叫んだ。内心「遅い!!」と叫んでいたが、何とか抑え込んだ。技術開発には時間が掛かるのは仕方がない。シミュレーションゲームでも、時間経過は大体が年単位だ。三ヶ月という時間の中でできただけむしろ素晴らしいと言うべきところだ。
そう。これは選挙当日の話なのだ。
結局のところ、ここに至るまで、俺が表立って活動出来た事は少ない。技術的に進められたのは先程の動力技術くらいで、そこから実用化するまでで選挙当日まで要してしまった。金があればもう少し人を雇って…といった事も出来そうなのだが、そもそも目立って動く事も出来ないので、中々難しい。
合間を見計らい魔法の特訓はした。杖の力こそ借りてはいるが、辛うじて使いこなせているところにまでは至った。だが杖に特に変化はない。シュミード曰く、「後は何か切欠があれば変化するかもな」との事である。本当だろうか。
「つ、次はこれを使った輸送手段の研究を進めたいのですが、よろしいですか!?」
不意にイレントの言葉に現実に戻された俺は、勿論GOサインを出した。ジュゼが「また金が出ていく…」という苦い顔をしていたが、文句は言わせない。必要な出費だ。これが出来れば住宅の開発も円滑に進む事だろう。
イレントと後から着いてきたその部下達が、そのGOサインを見るや否や、満面の笑みで会釈もせずに翻りバタバタと出て行った。この期間の間、たまに研究室に行って顔を合わせたりもしたお陰か、恐怖される事は大分少なくなった。彼らが票を入れてくれればいいんだが、と悩ましくも思うが、直接お願いするのもあれなので黙っていた。
そういった事から、科学者連中に支持され始めていた事や、城下町への行き来は増やした結果、最近の支持率は徐々にだが上向いていた。最初は畏怖と憎悪に満ちた目で見られたりはしたが、少しずつ受け入れられている…気がする。果たしてどうなるかは分からない。例の組織の動きも関係してくるからだ。
例の組織に関して、先月時点から分かった事は大体二つ。一つは、恐らく関係者であろう対立候補が立候補した事。というよりも、対立候補が一人しか立候補しなかったので、消去法でそいつが関係しているとしか思えなかった。
その男の名はアリチャード・アウトボウ。死霊族で所謂リッチと呼ばれるゾンビの中でも優れた頭脳と魔力を有する種族である。以前から立候補しており、名簿に早く載りたいからと自分の名前をリチャードからアリチャードに改名したという逸話がよく知られていた。数回に渡り選挙に落ちており、近年では自棄になっているという噂も聞こえていた。
プランBでは、幹部Aが政権放送で魔王の支持を落とす事が予定されている事から、この男が幹部である事は明白である。だが、まだ計画段階である。実際に行動に起こさない限りは、こちらも何らかの対処を取る事が出来ない。魔界には警察機構が無いのである。…そこから整備した方が良かったかもしれないが、流石に目立つし、ああ悩ましい。
今更嘆いても仕方がない。今は出来る事を考えよう。幸い、所謂プランBというのは、俺も含めた全員の落選が前提である。俺が最低必要票数を得られればそれだけでプランBは挫折するし、恐らく俺も再選となる。次の任期はもっと大きな動きが出来るだろうから、何とかそれに漕ぎ着けたいところである。
そのためにも重要なのが、この後の政見放送である。俺は玉座を立っては窓の外を見て、また玉座に座り、また立ってを繰り返していた。
「落ち着いて下さい。」
「落ち着けるか。これで色々決まるんだぞ。」
「お気持ちは分かりますが慌てても仕方ないでしょう。落ち着いてお話すれば大丈夫ですぞ。」
そうは言うが、それでも慌てるというものだ。
と、その時、玉座の間をノックする音が聞こえた。
「入りたまえ。」
俺が告げると、ギギギとドアが開かれ、政見放送の中継担当者が入ってきた。担当者とは言ったが、これはシステムによって生成されたゴーレムである。
ゴーレムについて説明していなかったが、彼らは基本的には魔法で生成された人形である。生成者により予め定められた命令にのみ従い、それが終わると生成元の物質へと戻る。
魔界の選挙システムは、投票前日にゴーレムを生成、一時的な投票所と投票管理者などを魔界の要所に生成するのだ。全くもって規模の大きい話である。だが欠陥があり、魔力の効果範囲が魔界全土に及んでいない。これは魔界全土に効果範囲を広げるのに十分な魔力を安定供給する方法が無いためである。そのため、選挙権自体は未開拓領域を含む魔界全土の住人に付与されるのに対し、投票所は開拓済みの領域までにしか生成されないという、なかなか歪な状態になっている。未開拓領域の住人が投票しないのはこの辺りの事情も絡んでいるというわけである。
話が逸れたが、今入ってきたゴーレムが、各地の投票所前と立候補者の本拠地に映像魔法のフィールドを生成し、それらを繋ぐ事で政見放送を行う、という仕組みなわけである。
一体のゴーレムが、俺の目の前で映像フィールドを展開した。これは対立候補の本拠地のようである。対立候補同士の議論なども出来るように、自身の演説の中継だけでなく、対立候補の映像も映してくれるのだ。
『やあやあやあやあ!!どうもどうも魔王様!!ご機嫌いかがですかー?』
相手、即ちアリチャード・アウトボウがやけに馴れ馴れしく話しかけてきた。
「ああ、まぁ、普通と言ったところだ。」
『いやいやいやいや、それは宜しいですね!今日はどーぞ"よろしく"お願いします!!』
声色が何処となく以前の電話越しの相手に似ていた。テンションなどは違うが、こちらが素だろうか。そして"よろしく"というのは、つまるところ、俺に暴れろという事なのだろう。
「ああ、分かっている。」
怪しまれないよう、当然分かっている、と言うような態度を崩さぬように、威厳を持たせて答えた。
そして、時間が来た。
最初に演説するのはアリチャードである。
『やあやあやあやあ、魔界の皆様ご機嫌よう!!ミーはアリチャード・アウトボウ!!魔界を放置する魔王に代わるべく立候補致しました!!』
投票所前の映像で、人々が手を振っている。投票所の声は拾われていないが、恐らく大歓声なのだろう。
『でもでもでもでも、皆さん、皆さんにはお願いしたい事があります。それは…ミーに投票しないでほしい、という事なのです!!』
人々がどよめいている。
『貧しく!腹も減り!住む場所もない!皆さんが今苦しんでいるのはよく分かっております。ミーはそれを救いたい。そのために必要なのは何か?ミーが魔王になること?しかしそれは根本的な解決にはなっておりません。ミーが言いたいのは、この事態を招いた魔王という存在が、魔界にそぐわないのではないか?という事なのです!!魔王という存在がいなければ、金を!食糧を!無駄に使われる事は無かったのではないでしょうか!?それらを我々無垢なる一般市民が合同で管理していれば、こんな事にはならなかったのではないでしょうか!?』
頷いている人々と首を傾げる人々が半々くらいだろうか。あまりピンと来ていないようであった。
『ゆ、故にミーは提案致します!!魔界システムの見直しを!!そのためにも、皆さんには投票せず、魔王不在の状態を作り出して頂きたい!!さすれば魔界システムはその自身の欠陥を見直すため、魔界システムの見直し選挙へと移行します!!そうすれば皆さんと知恵を振り絞り良いシステムへの書き換えが可能となるでしょう!!そのためにも!!是非!!明日は敢えて投票しないで頂きたい!!ミーから皆さんへのお願いです!!どうかよろしくお願い致します!!』
拍手している人はまた半々くらいであった。どうも魔界システムの見直しというのが理解出来ていないように見える。
『魔王様、頼みますよ!!』
アリチャードがこちらにだけ聞こえる通信で言ってきた。分かっている。今がチャンスだ。
俺は玉座から立ち、中継するゴーレムに向き直った。出来る限り真面目な顔で。
『あー、まず、言わせて貰おう。この三年余り、まともな統治も出来ず、済まなかった。許して貰えるとは思えないが、言わせてほしい。申し訳ない。』
俺は頭を下げた。数十秒そのままの体勢を取り、頭を上げると、混乱の表情をした人々が多々写っていた。
『ここ三ヶ月あまり、我は今までの身の振り方を反省し、考え直した。結論として、今までの統治を見直し、今後変革をしていく事を決めた。心を入れ替えた、そう思って貰いたい。』
人々は口々に何かを言っているようだったが、一部はじっと聞いてくれているようであった。続けよう。
『これは、我の保身のために言っているわけではない。皆の生活をよくするためには、まずは魔王たる我が主導して政策を進めていく必要があると考えたからだ。…先程の彼が言った通り、魔界のシステムには欠陥があるかもしれない。だが、どう修正する?人々全員で相談して決めるのか?そこにこそこの意見の最大の問題が存在する。即ち、全員が一致して一つの意見に集約する事等、断言しよう、あり得ないという事だ。最初から全員が同じ思想でない限りは。その間、魔界のシステムは機能しない。そうなった場合どうなるか。魔物という認定がなされず、誰でも盗みを、殺しを、革命をし放題の、真の無法状態と化すであろう。一部の人間が、それこそ魔王が横暴に振る舞うのとはわけが違う。隣人が襲ってくる事も、隣人を襲う事も、全てが許容される世界となるのだ。本当にそれで良いのか。皆にはよく考えて貰いたい。』
人々が何やら周りと相談している。アリチャードは青ざめている。何を言っているのか、という顔でこちらを見てくる。だが俺はそれを無視して続ける。
『その上で聞いてほしい。我の統治は確かに完璧では無いかもしれない。それでも、先に上げた通り、この三ヶ月の間で出来る限りのことをしてきた。目覚めるのが少々遅かったとは思う。だがもう少し時間をもらえれば、皆の生活をより豊かにする政策を取れると考えている。』
人々がじっとこちらを見ている。アリチャードは憎しみの篭った目でこちらを見てきた。漸く大凡のことが理解出来たのだろう。だが遅い。
『我を信じてくれとは言わない。だが、魔界システムの変更、およびその変更までの間に生じるであろう混乱という現実性の無さ、そういった点と、今我が上げた具体的な政策、どちらを取るかを考えて皆には投票して貰いたい。以上である。』
拍手は疎らだった。だがそれ以上に議論が白熱しているようだった。
俺は玉座に座り、息を吐いた。言いたいことを言うだけで頭がいっぱいだった。目の前が回って見える。緊張が今更ながらに押し寄せてきていた。
「…まあ、良かったのでは。」
ジュゼがボソリと言った。
「ええ、十分伝わると思いますぞ。」
トンスケもタオルを持ってきながら言ってくれた。そうか。それなら良かった。
一方、良くない奴もいた。
『ちょちょちょちょ、話が違うではないですか!!』
アリチャードがこちらにだけ言ってきた。
『何の話だ?』
『な、んのって、ユー、例のーーー』
『我は心を入れ替えたでな、何の話か分からん。』
アリチャードは呆然として、ようやく理解が及んだのか、それともただ裏切られたということだけが分かったのか、苦々しくその腐った顔を歪ませながら、呟いた。
『…なら、ならば!!…プランCです。』
アリチャードが手を上げると、放送に、ズキュゥンという音が鳴り響いた。しばし全回線は静寂に包まれ、何が起きたのか理解出来る者は居なかった。やがてその沈黙を破るように、アリチャードが苦痛に満ちた悲鳴を上げた。
『グギャァァァァァッ!!痛いっ!!痛いぃぃぃっ!!』
と同時にアリチャードは肩を押さえて台の上でバタバタと暴れ始めた。肩からは血が吹き出ている。
『う、打たれました!!風の魔法で!!魔王様の部下に!!』
『嘘をつけ!!そんな事指示して我に何の得がある!!』
『ミーは知りませんよ!!ですが、ですがかつての魔王様ならこういう事するでしょう!?結局何も変わってなかったんですよ!!』
なるほどそう来たか。俺に指示された誰かがこいつを狙撃した、という事にして、俺の性格は何一つ変わっていないという方向にしたいわけだ。強引すぎる。だが疑心暗鬼に陥らせるには十分かもしれない。
『いいですか有権者の皆さん!!決して明日は投票しないで下さい!!そうすれば皆さんの手で魔界のシステムを変える事が出来るのです!!』
『いい加減にしろ!!お前の狙いは分かっている!!その隙を狙って魔界のシステムそのものを破壊するつもりなのだろう!?』
『そんな事致しませんよ!!だったら最初から魔王城に押し入っているでしょう!?そう、ミー達はあくまで皆さんの!!魔界の皆さん自身の意思こそが重要だと思っております!!ミーの言葉を信じて!!』
そこで放送はブツリと切れた。ゴーレム達は元の土塊へと返っていった。時間も何もかも計算した上での行動だろう。…やられた、かもしれない。俺達は顔を見合わせた。