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恋が変態  作者: 東東
【二章】猛進な変態(或いは、変態な盲進と言うべきか?)
6/29

 自問自答しているうちに、三回目の悪夢の時間が訪れてしまった。


 どうして僕は、こんな悪夢に付き合い続けているのか?

 親友という関係は、ここまでの悪夢を許容させるほどの威力があるのか?

 それとも友達が他にいないという現実は、ここまでの行為に付き合ってしまうほど、人間を追いつめてしまうものなのか?


 ・・・可能性を追求していくと、物凄く哀しい気がしてきた。哀しいし、虚しい。でも、どれか選ばなくてはいけないのだとしたら、せめて親友という存在の威力であってほしい。

 親友という存在にそれだけの力があるとした方が、他に誰もいないから諦めるしかない的な後ろ向きな可能性よりはまだマシのような気がしたから。たぶん、客観的に評価するなら、大した差ではないのだろうけど。

 でも、人は時として、ほんの少しの違いを切実なほどに必要とする時があるのだ。今の、僕のように。


「きょっ、うっ、も、きっ、みっ、は、かぁーわぁいらしいぃー」


 おかしな節をつけて自作の歌を口ずさんでいる、今日も絶賛、偏執的に変態的に、絶好調の俺のたった一人の友達にしてたった一人の親友、もしくは選ぶ余地なくそう評しかないのかもしれない四月朔日春は、足取りまで歌に合わせて、弾んでいた。

 勿論、足取りどころではなく、脳味噌と意識の方はもっと弾んでいるだろう。それこそ、身体から弾み出るほどに。

 見えていないだけで、本当にはみ出ているんじゃないだろうかと疑いながらも、そんな奴の後をそれでもついて歩いてしまう僕もまた、何かが身体の中から出ているんじゃないかと疑わずにはいられなかった。出ているとしたら、たぶん、地に足をつけて現実を歩いて行こうとする力なんじゃないかと思う。


 きっとその力が抜けて出てしまった所為で、こうしてずるずると、三回目のあってはならない現実を迎えてしまったのだろうから。


 あの衝撃の一日は、何故か僕にあの、『パパさん』が着いて来てしまい、僕がどうしたらよいのかと悲嘆にくれてどうしようもない状態になって、それで一応の終わりをみると思っていたのだ。だって、それ以上の悪夢なんて起こりようがないはずだった。

 一番悪い位置までに辿り着いてしまったのだと、半ば無意識にそう確信していたのに。


 悪夢には、際限がなかったのだ。あの日には、続きがあった。まさかそう続くか、という続きが。


 何だか分からないうちに、僕自身も軽犯罪者予備軍か、もしくは軽犯罪者そのものになりかけており、どうにか親友共々、その状況から逃れられないのかと悲嘆に暮れながらも必死で考えを巡らせていたのに、ハルの方は全く何の不安も心配も感じないらしく、二本の腕から離れるなんて絶対に了承しないという空気を垂れ流しながら、ひたすらに幸せそうにしていた。

 そしてその幸せ状態のハルは、頭に咲いたお花畑から飛び出すように、外に出ようとしたのだ。勿論、二本の腕を伴って。

 ハルの家を飛び出した時には、まだ、午後の早い時間だった。それから何故かついてくる腕を伴って戻り、また騒いで、気がつけば日は大分落ち、外はオレンジ色の光りが滲む世界になっていた・・・のだが、オレンジ色が滲んでいるということは、まだ日が残っているということでもある。

 つまり、外を出歩けば人の目につく可能性がある、ということだ。

 腕を二本連れて道を堂々と、浮かれた様子で闊歩する、頭のおかしそうな男子中学生。しかもその傍に、暗い顔でもう一人の男子中学生が重い足を引き摺るようにして付き添って歩いている図。

 浮かれたままハルが外に出ようと行動を開始した瞬間、そんな図が脳裏にはっきりと浮かんでしまった。どうして僕がそんなにも重い足取りをしているのに付き添っている図が浮かんでしまうのか、その辺りの自分の心理状態に、瞬間的に涙が滲みそうになったのだが・・・、直前でその生理現象を押し止めたのは、視界が不鮮明になったら危険だと考えるより先に、よく分かっていたからだった。

 大切そうに少女の腕、真白を抱き締めている所為で動きのとろいハルを、普段は発揮出来ない素早さで立ち上がって両肩を押さえつける形でその行動を阻止しつつ、抗議の声を上げるハルに、突然とろうとしている謎の行動の真意を問い質した。

 一体何故、今、外に出ようとしているのか、しかも腕二本を連れて!


「え? 散歩だよ、散歩。ずっと部屋にいるのも、飽きちゃうだろ? ほら、真白も外に出たそうにしているし」


 ・・・とても簡単な、まるでさも当然のような口調の返事が齎された瞬間、僕は思わず、軽犯罪者から、『軽』を取った犯罪者になりそうだった。

 どういう事かというと、ハルの肩を押さえつけている両手が位置を変え、無防備な首を両側から押さえつけようとしていたのだ。ぎゅっと、締めつける的な感じで。

 あと少しで実行しそうだったそれを、脳裏に渦巻く、『何でそんなに危機感がないんだよ!』とか、『っていうか、部位に対してのその気遣いを少しでも僕に向けろ!』とか、『さも当然みたいに言うけど、どこをどう見たら腕の気持ちなんて分かるんだよ!』とか、『外に出たそうにしているかどうかなんて、全然分からないっての!』とか、そんな諸々の台詞を押さえ込むのと同じように、動きそうになる手もまた、必死で押さえ込んだ。

 常識的な行動、人間が取るべき保身という動き、しかしそんな当然過ぎるほど当然の動きを全く理解しない奴がこの世の中にはいて、とても残念なことに、その時、僕の手が押さえつけている相手がまさにそういう奴だった。

 ハルは、僕が僕自身の為だけではなく、ハルの為にも必要だからと取っている行動に全く理解を示さず、何故邪魔するのかと訴えながら、僕の手から逃れようとしきりに身動ぎしていた。

 幸か不幸か、抱き締めている腕を気遣っている為、激しい動きが取れずに僕の手から抜け出ることは出来ないでいたが。

 そうして僕にとっては虚しさすら感じる押し問答の末、今、外に出ることの危険性をどうにかハルが飲み込んだのは、僕やハルに危険があるのだ、ということを理解した・・・、からではなく、もしも正式な手続きも踏んでない部位を連れているのが発覚した場合、その部位を取り上げられる可能性があることを理解したからだった。

 ・・・正直、そんな可能性、最初から分かっていただろう、と全力で突っ込みたかった。キリがないので、その突っ込みもまた、飲み込んだけれど。

 ただ内心、いっそ、明るいうちに出歩いて、捕まってしまった方が全てが決着して楽になったのかもしれない、なんて考えも過ぎったのだが、その考えのすぐ傍を、捕まりたくない、捕まってほしくない、なんて考えも過ぎってしまったので、結局は思い切った決断が出来ないまま、日が完全に落ちるまで待ってしまった。


 つまり、部位を取り上げられる可能性が低まる時間帯の外出を、半ば了承してしまったわけで。


 夕飯をハルの家で、今日も自由気ままに戻らないハルの両親不在のまま、二人っきりで取ってまで待ってしまった。

 その夕飯を取っている最中も、食事なんか取れない腕二本を侍らせ、箸を持っていない方の手で腕達を交互に撫で回しつつ、口に入れた料理が零れ落ちるんじゃないかと思うほど笑み崩れているハルを眺めながら、どうして僕は保身の気持ちを捨てきれないのだろうと何度も自分で自分を責めて。


 ──結局、何も出来ないまま、僕は今、こうしてハルと腕の夜の散歩に付き合っている。


「じっと俺のこの胸の中に抱かれてくれている姿も可憐だけどさ・・・、こうして月明かりの下で動き回る姿も生き生きして、素敵だよなぁ・・・。軽やかなステップを踏んでいるって感じでさぁ・・・、なんか、一緒に踊って下さい、って跪いて申し出たい気分っていうかぁ・・・、もうこれ、なんて言ったらいいと思う?」

「・・・腕の話、している?」

「真白の話、しているけど? あ、でも別に、パパさんのこと、無視しているってわけじゃないから! 軽やかにステップを踏む、可憐な我が子に付き添って、傍で見守るパパさんの包容力溢れる大人の魅力も、素敵だと思っているから! ほら、男らしく力強い動きが、同じ男として憧れるって言うか、痺れるって言うか・・・」

「・・・もう一度、確認していい? 腕の話、してる?」

「今はパパさんの話、してるけど? ってか、さっきからどうしたん? リュウ、ちょっと変だぜ?」

「・・・ハルはずぅっと変だけどね。僕が知る限り、もう物心ついた時には変だったし」

「俺ぇ? 俺はずぅっと変わってないけど?」

「そりゃ、そうだろ。最初からずぅっと変なんだから、変なのがスタンダードじゃん。変わりようがないだろ。ってか、変わるなら変わってくれよ。変な状態から変わるなら、まともになるかもしれないし」

「・・・リュウ、もしかしてなんだけど・・・、俺のこと、変人扱いしてる?」

「他にどんな扱いすればいいんだよっ! 頼むから、せめて少しぐらい自分で自分のことを客観的に評価してくれよ!」


 夕飯が終わり、その後も完全に外の明かりが消え失せるまでの暫しの間、ハルを押さえつけた後、何かを祈願するような心境で外に出たのは、真夜中と言うほどではないけれど、充分に夜と言っていい時間、十時半を過ぎた頃だった。

 腕と散歩してどうするんだ、腕がそんなことを本当にしたがっているのかと疑ってはいたのだが、しかしその頃まで待っていると、僕にも分かるぐらいに少女の腕、真白がどこか落ち着きなくうろうろと家の中を歩き回っていて、そんな真白をやっぱり落ち着きなく、父親の腕、パパさんが見守っている感じがした。

 外に出たがっているのだろうな、というのは、確かに分かった。ただ、どうして外に出たがっているのかは分からないし、ここまではっきりとした動きが出る前から外に出たがっているとどうして察せられたのか、ハルの腕に関する観察眼と直感が改めて気持ち悪く感じずにはいられなかったのだが・・・、とにかく、とうとう外に出た。

 腕二本を解放した状態で、常識とかその他諸々の認識から解放されすぎているハルと共に。

 自分の暮らす地域がわりと廃れていることに、今日ほど感謝したことはなかった。本当に、本当に・・・、思った以上に人気が無いことに、正直、結構吃驚したが。

 過疎とまでは言わないけれど、確かに繁華街的なものはないし、コンビニもあまりない。でも学校があるんだし、若者だってそれなりにいるので多少は闊歩しているのかと思ったら・・・、いなかった。本当に、いなかった。


 ・・・若者らしい若者って、テレビが作ったイメージでしか実在しないのかなぁ?


 希望的観測としてそんな可能性を思いついてみるのだが、たぶん、違うのだろう。単純に、この辺り一帯に、若者らしい、夜中まで遊んでいるような人種がいないというよりは、遊ぶ場所がないというだけなのだ。

 この事実に、今は本当に助かっている。助かっている、はず・・・、なのに、涙が滲みそうになるのは何故なのだろう? ちょっと、これは追求したくない問題の気がする。

 それはともかくとして、不気味なくらい誰もいない、車も通らない道を、うろうろと歩き回る少女の腕と、その少女に付き添うように歩く男の腕、更にその腕達の後ろを、腕が歩き回るという現象以上に気持ちが悪い笑みを浮かべて浮かれた足取りで歩くハルと、そのハルの斜め後ろを、鏡がなくても分かる、虚ろな目をして歩く僕。

 頭の片隅では、あまりにうろうろしていたら、過疎一歩手前のこの地域ですら誰かに見つかることもあるのかもしれない、という怖れのような期待のような可能性を浮かべながらも、もう片隅では、どうして僕はこんな人生を歩んでいるのだろうという何かの根源的な疑問に突き当たり、崩れ落ちている自分を抱えている。

 足取りは、ふらふらしていた。僕の心境に合わせて、かなりふらふらしていて、意識もぼんやりとし、視線も定まっていない状態。機能している実感のない耳が、ハルの浮かれた声で発せられる、腕達への賛美だけを捉え、僕の全ての機能をいっそう低下させていく。

 誰もいない夜の外気は実際以上に冷たく感じられ、心の中まで入り込んでくるようだった。

 いっそ、このまま本当に全ての機能が低下し、心臓も機能低下してしまえばもう何も心配しないで済むのかもしれないのだが、そこまでの機能低下を本気で望むほどの根性は僕にはなく、その僕の臆病な心が、僕自身をどうしてもこの気が休まらない現実に縛り付けてしまっていたのだ。


 しかも、何故か僕一人だけを。


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