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恋が変態  作者: 東東
【四章】不動は変態(或いは、変態は浮動と言うべきか?)
17/29

 ・・・あの男だ、絶対に。だってハルが言っていたのと特徴が合うし、腕見てたって言うし。


 不審がる父親をスルーして店を出てから、足はふらふらと、訳の分からない方向へ向かっていった。

 なんというか、とりあえず店から逃れたかったのだ。もしくは、あの男がいた場所から、あの男が立ち寄る場所から逃れたかったのかもしれない。あとは、とにかく一人で落ち着きたかった。落ち着いて、考えたかった。考えたくないことを。

 昨日のハルの話に出てきた、あの、真白の本体を殺したという男、あの少女曰く、真白を探しているらしい男、それがさっき、店から出てきた男だったのだ。

 ハルに特徴を聞いていたから、実際に目にした途端、知っているような知らないような、妙な気分になったのだろう。よくうちに来ているのなら、店番をしていた時に本当に視界に入っていた可能性もあるし。

 でも、その見たことがあるかもしれない男が、人殺しなのだ。少なくとも、そう証言している人間がいて、その証言を信憑性があったと評価する人間がいる、そういう男。うちの店に、二日も連続で来ていた、そういう容疑があって、その容疑が濃厚な男が。


 僕は、そういう男、殺人犯を見てしまったかもしれないのだ。


 気がつけば、座り込んでいた。地面とかではなく、ベンチに。一体どこのベンチに座り込んでいるのだろうかとぼんやり周りを見渡せば、妙に見覚えのある場所にいた。今に至る全ての悪夢の始まり、僕が本当の当事者に成り果てた場所、あの、公園だったのだ。

 まるで何かに引き寄せられるように、ここに来てしまった。たぶん、店には暫し近づきたくない、その為、店とほぼ一体化している自宅にも寄りたくない、かといってハルの家に戻って、あの幸福極まりない顔を見る気にならない。

 真白を見てしまえばあの男を思い出してパニックを起こしてしまいそうだし、でも道端をふらふら歩き続ける気力もない僕の、消去法による結末がこの今の状態なのだろう。

 前向きな選択の結果ではない。結局のところ、僕には前向きな選択が出来る力はないのだ。僕の人生は、その始まりから選択の余地なく出来ている。生まれつき、そういう力がないのだ。・・・ということにしておくしかない。

 視線は、自然とあの腕、パパさんを見つけてしまった公園の奥辺りを彷徨う。何かを意図してのものではないが、自然と浮かんだ思い出に促された形だろう。

 これで、あの辺りから真白、パパさんに続く三本目の腕が出てきたらどうしよう、その時はもう、笑うしかないなと思いながら、深く、深く息を吐いて・・・、その吐いた息を、突然、物凄い勢いで吸い込む羽目になってしまった。


「おっ、いたいた」

「はっ! ハルぅー!」


 真白の夢中のはずのハルが、何故か暢気な足取りで公園に入ってきたからだった。足取りと同じくとても暢気な顔で、軽く手を上げて近づいてくるその上げていない方の手に、真白はいない。足下にもいない。

 まずは腕を連れた不審者になっていないかどうかを反射的に確認した後、ベンチから立ち上がって何も出来ずにバタバタした。つまり、その場で無意味な地団駄を踏んだ、という感じか。

 自分でも何でそんな無意味な行動に出ているのかは不明だが、おそらく、焦ったのだろう。頭を過ぎったのは、あの男の姿。僕の中で、あの男に一番狙われているのは真白を勝手に所有しているハルなので、その狙われている当人がふらふら出歩いている姿に焦りを感じてしまったのだ、きっと。

 反射的に抱いた焦り。これが、巻き込まれるに違いない我が身を案じてのものではなく、本当にハルの身を案じてのものであることが、かなりの勢いで悔しい。どうして僕は、一番に我が身のことを考えられないのか。どうして頭の片隅で、どうしても親友のことを思ってしまうのか。

 これが麗しい友情ならば美しいが、なんていうか、なんとなく、友達が他にいない淋しい人間の悲哀のようで悔しいのだ。


「ちょっと探したんだぜ。気がついたらいなかったからさー」

「気がついたらって・・・、僕、一応、声かけたけど」

「マジで? 全然気がつかなかったわっ! なんかさ、携帯かけても出ないし、家にでも戻ったのかと思って家の方にかけたら、店のおじさんが出てさ、今、出てったよーって言うから、こっちから行けば会うかなーって思って、ちょっと来てみた!」

「・・・そっか」


 口から、何かが出そうだった。その出そうなモノを、渾身の力で飲み込む。僕がかけた声はやっぱり聞いていなかったのかという嫌みが出るくらいなら全く問題ないのだが、態々、所在を確認したり、探しに来たりしてくれるのかという歓喜の言葉が零れてしまったら、一貫の終わり、という気がしたからだ。

 もしそれが気の所為ではなかった場合、終わりがきてしまった僕がどうなるのかは全く考えていないし、これからも考えたくない。

 飲み込んでも飲み込んでも出てきそうなそれらに蓋をする為に他の言葉を必要とした僕は、楽しげな笑みを浮かべてベンチに座るハルの横に再び座りながら、今、口にしても不自然ではない問いを捻り出した。


「・・・ってか、真白とパパさんは?」

「あ、家に置いてきたよ。パパさんはともかく、真白は外に出すと落ち着きないからさ。それに・・・、昨日みたいに、嘘つき女とかに遭遇して、嫌な思いさせたら可哀想だしね」

「・・・そっか」

「なぁ、用がないなら、もう戻ろうぜ。なんか、ちょっと腹減ったから食える物でも買ってさー」

「そうだな・・・、って、違う!」

「え? なにが?」

「いやっ、違うんだよ!」


 捻り出した問いに戻ってきた答えは、まぁ、ハルの答えとしてはいつも通りという感じのもので、理由はともかく、腕を日中持ち歩くというとんでもない行動に出なかっただけ、良かったと思うしかない。

 ついでに、僕に一緒に戻ろうと提案してくれるところに何故か心臓が一つ鳴ったなんて事実も直視しないように余所に置いてみれば、うっかり流されそうになった提案に、ギリギリのところで我に返った。

 記憶の中にある目が覚めるような光景が、今、それを話題にしなくてはいけないだろうと叫ぶように訴えてきたのだ。確かに腹は減っている。気力も減っているから、その気力の回復の為にも腹に溜まる物を食べたい。

 でも、それは後回しなのだ。腹を膨らませ、気力を復活させても、問題が爆発してからでは遅いのだから。

 命の、問題なのだから。


「ハル、あのさ、昨日、あの女の子・・・、」

「あぁ、嘘つき女?」

「そうっ! その子が人殺しだって言っていた男って、髪がぼさっとした感じで長くて、薄汚れた感じのジーンズに黒っぽいコートきた人だって言ってたよね?」

「あー・・・、まぁ、そんな感じ。なんか、オタクっぽい奴だよ。昨日も言ったけどさー、ああいう奴に、俺の神聖な店に近づいてほしくないっていうかぁー」

「いやっ、オタクっぽいことにケチつける権利、ハルにはないから!」

「え? なんで?」

「・・・うん、それはもういいや。そうじゃなくて・・・、そうっ、そういう感じの男だったんだよなっ?」

「まぁね。でもそういう奴、あの店にやたらと出入りするから・・・、どうしてああいう奴ばっかり来ちゃうのかなぁって感じだけど」

「いや、来るでしょっ、そういう店なんだから!」

「そういう店?」

「いいからっ、それは! ソイツ、なんか、またうちの店来てたみたいなんけど・・・」

「えっ? まさかあの汚らしい感じの男が、金に物言わせて真白レベルじゃなくてもそこそこ綺麗で可愛い腕を連れ行ったってことなのかっ?」

「だからっ、そういうのはもういいからっ!」

「つーかっ、そういうのって、どういうのだよ?」


 ・・・命の、問題のはずだった。その、はずなのだ。だって真偽の程はまだ確定していないとはいえ、相手は人殺し。人殺しが関わっているなら、何かしらか命の問題が発生するものだろう。

 その、はず。それなのに、その男の話題が出ても動揺することなく、僕には理解不能の拘りを延々と言い続け、一向に僕の望むレベルの深刻さが滲まない。掠りもしない、というべきか。

 おまけにソイツをまた見かけた、と言っているのに、それでも尚、ハルはハルだった。ブレないというか、ズレないというか、もしくは取り返しがつかないほどブレているというか、ズレているというか。

 いつの間にか、立ち上がっていた。そして座ったままのハルの前に回り込み、見下ろす形で全力で怒鳴りつけていた。しかしどれだけの力で怒鳴りつけてもハルの心には響いていないようで、心底不思議そうな顔で見上げてくるばかりだ。どうして分からないのか、響かないのか、真面目にハルの精神構造が分からない。

 事態は、もうどうにもならないのかもしれない。僕はただ、新たな展開が訪れるまで、茫然と立ち竦むしかないのかもしれない。それが、たとえどんな事態だったとしても・・・、という諦めが、僕を支配し始めていた。

 視線が静かに辺りを彷徨い始め、身体を支える力が抜けて、再び行き先を失った子供のようにハルの隣に腰を下ろすしかない、という状態になったのだが、結果的に、僕が座ることはなかった。

 何故ならたった今、考えたばかりの新たな事態が僕の元にやってきたのだ。僕、というか、僕とハルの元に・・・、僕が外出した、当初の目的が。


「あっ、なた・・・」


 突然、だった。公園に、何かを求めるように左右を見渡しながらあの少女が現れたのは。

 誰かが駆け込んでくるような気配を感じて反射的に公園の出入り口に視線を向けたのとほぼ同時に、あの少女は公園に入ってきていた。

 たぶん、ハルも同じタイミングで気づいて、反射のように立ち上がって僕と同じ方向を見ている。少女の方も、自分の方を見ている僕達にすぐに気づいて、そして掠れた、途切れがちの声で、独り言のように呼びかけるのだ。

 掛けた声の相手が僕なのか、ハルなのかは分からない。可能性的にはハルの方が高そうだけど、もしかすると『あなた』ではなく、『あなた達』と言いたかったのかもしれないし、どちらとも判別がつきがたい。

 ただ、とにかく彼女が僕やハルを探していたのは間違いないようで、彼女はゆっくりとした足取りで僕達の方へ近づいてくる。ゆっくり、ゆっくり・・・、奇妙に思えるほどのその遅い足取りがどうしてなのかは、じっと少女を見ていればすぐに分かることだった。

 彼女は、近づきながらも忙しく視線を動かしているのだ。僕達の周り、僕達、そして、ハルや僕の腕の中、と。


 真白を、探している。


 昨日、逃げ出した様子から、真白を求めて探しているのか、それとも真白がこの場にいないことを確認しているのか、どちらなのかは分からない。

 ただ、口では探していると言いながらも、あの、理性では抑えきれない絶叫を上げて逃げた昨日の様子から、本心では会いたくないと願っているようにしか見えず、そうなると真白の不在を願って探しているようにも見えのだ。

 その不在が確認出来ない限りは怖ろしくて近づけない、そんな態度が現れているように見える。

 真白は、いない。今、この場にはいない。それがようやく確認出来たのだろう、気の所為かもしれないが強張っている肩から少しだけ肩の力を抜いて僕達の目の前で立ち止まった少女は、何かを訴えかけるような眼差しで、その口を開いて・・・、


「あの男、また店にいたらしいぜ。この辺、うろついてるんじゃないの?」


 ・・・何かを発するより先に、物凄く軽い、相手を少々小馬鹿にするような響きを持った声が聞こえてきた。

 大声、というわけではない。でも、軽い声というものは実際の声よりとても響くものだし、人を小馬鹿にするような口調は、その響きに拍車を掛けるものだ。だから三人しかいないその場所に、やたらとその声は響き渡ってしまったのだ。

 その、ハルの声が。

 頭が一瞬、機能を停止して、所謂、真っ白状態というモノを作り出していた。言われた言葉の解析も、それがもたらす効果の分析も何も出来ない状態が出来てしまったわけだ。

 しかし本当ならその状態がもう少し続いてもおかしくない状況下で、案外あっさり僕の脳がその機能を取り戻したのは、脳が機能していなくても目の前の映像を映し続ける目が、一気に顔から色をなくし、唇からも色をなくして全身を震わせ始めた少女の姿を認識していたからだった。


 それは、昨日の光景の再来のような、姿。


 訪れた微かな安堵は、やっぱりこの子も人間なんだという、当たり前の事実認識の所為だった。

 最初に声を掛けられてその姿を見た時の印象が、人間とは思えないような恐怖を覚えるそれがまだ多少僕の中に残っていたけれど、昨日のあの姿に引き続き、今の姿を見ることで、残っていた恐怖が払拭されたのだ。

 明らかに恐怖で身を震わせている相手に対して、しかも女の子に対して酷い感情だとは思うが、話を聞きたい、つまりきちんとコミュニケーションを取りたいと思っている相手なので、きちんと相手が人間であるのだと納得出来ることは、やはり大事だろうとも思う。

 大事、ではあるのだろうが、僕はそれだけで安堵していてはいけなかったのだ。何故ならこの場には絶対に分かり合えそうもない組み合わせが成立していて、その結果が、この少女が僕が安堵するほど人間らしい姿を見せる結果となっているのだから。

 つまり、一体何故、出会い頭に近い状態で、それを言う? という感じの一言を投げつけたハルと、その台詞を投げつけられた少女の組み合わせだ。

 この二人は、たぶん、真白のことを抜きにしても、根本的に分かり合えない何かがあるのだろう。前世からの因縁どころか、来世まで続く因縁があるに違いない。


「腕は、どこっ!」

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