表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋が変態  作者: 東東
【三章】鋭利で変態(或いは、変態で栄利と言うべきか?)
11/29

 こういう日が訪れるとは、夢にまで思っていたが、実現するのはまだ程遠いのだろうなと半ば諦めつつ、やっぱり諦められないでいた。


 ・・・その、諦めきれない夢の日々がこんなにも早く訪れるなんて、日頃の自分の行いの良さが現れた結果だろうか? 等と思いつつも、自分が地に足がつかないくらい浮かれきっている自覚は勿論、あった。顔もだらしなく緩み、ついでに財布の紐も盛大に緩んでいる自覚もある。

 ただ、この日の為に自分のお小遣いはあったのだと思えば、財布の紐が緩むどころか切れてなくなったとしても本望ではないか、とも思った。

 第一、その緩んで使いたい放題になっている財布の中身を消費するのは親友の親がやっている店なのだから、使った金がこの店の利益になるのなら、無駄ではない気がしないでもないし。

 あまりに浮かれすぎていて、商品を吟味する力が失われそうになっている為、どうにか客観的な目を呼び戻すべく、色々と脳内で考え事もしてみていたのだが、しかし視線や意識の大半は、どんなに言い聞かせても目の前に並ぶ商品達に吸い寄せられてしまう。

 いつもなら、この店の中で俺が居座る場所はもう少し違う、メイン商品が並んでいる場所だった。しかし今日は、そのメイン商品達を輝かせる商品が目的で、その前に貼りついている。


 部位のケアグッズ商品、装飾品、化粧品コーナーだ。


 いつかは大切な俺の部位、腕の為によりいっそう腕を美しくする為の商品を選んで、丁寧に、大切にケアして着飾らせてあげるのだと思っていたが、その日がとうとう訪れたことが本当に喜ばしかった。

 ぐずぐずに蕩けた顔で眺めるのはショーケースではなく、木製の棚に飾られた商品達。流石に装飾品で高額の物はショーケース行きだが、殆どの物は手に取って、成分や効能を確認出来るし、高額ではない装飾品なら、自分の身体に当て、部位に着飾らした際のイメージなどを確認出来るようになっている。

 ちらっと見ただけで、真白の白く柔らかな曲線を保つ、あの美しくも可憐な手に似合いそうな装飾品はいくつもあった。ケースの中に飾られているような高額商品はいくら財布の紐が緩もうと、そもそも財布の中に入っていないような金額なのでどうにもならないが、気軽に手に取れる金額の装飾品の中でも、真白がつけたらさぞかし似合うだろうという商品がいくつもある。

 とくに、あの筆舌し難い絶妙のくびれを持つ手首に緩やかに巻いたら似合うだろうブレスレットなんて、想像するだけで震えるほどだ。

 ・・・が、しかし。今日の目的は、装飾品ではなかった。財布の中身を全力で注いで買い漁りたいのは、ケア商品と基礎化粧品達なのだ。装飾品は次の機会に回して、今はそれらに全力を注ぐと決めて来たので、いつの日か、真白がその身を飾り立てる瞬間を夢見るだけで、飾ってある装飾品は手に取ることすらしなかった。

 真白は、美しくも可憐だ。勿論、飾り立てればもっと素敵になるけれど、飾らなくても充分、素敵。

 だから装飾品はなくてもどうにかなるだろうが・・・、しかしあの肌の素晴らしさを保つためには、今は素敵だから何もなくても大丈夫、なんて油断は絶対に許されない。だからこそ、ケア商品と基礎化粧品は絶対に必要だった。

 何かの化粧コマーシャルで、若いうちからのケアが、十数年後の美しさに関わってくるって言ってたし、昨日、あれだけ歩き回ったんだから、何もケアしなかったら肌荒れとかになる可能性だってあるかもしれないしね・・・、等と胸の内だけで恐怖の可能性を描きつつ、棚に並んだケア商品を片っ端から手にとって、裏面や下面に書かれた成分や、表に書かれた効能、それに棚に貼ってある小さなポップの内容を確認していく。

 男の俺では、どこまでこういう商品に対して理解が及んでいるのか、いまいち、自信がないので、書いてあることを片っ端から読み込んでいくしかない。

 勿論、貼ってあるポップも買ってほしくて書いているのだろうし、それなら多少、良さを強調して書いている可能性があるとは思う。それならば、書いてあることを鵜呑みにしてはいけないのではないのか、とも思うのだが、そこはそれ、親友の親がやっている店でそこまであくどいことは行われないだろうと信じて、書いてあるポップへの疑いも棚上げにし、とにかく、全てを信じた上で、吟味、吟味、吟味。

 財布の中身には限界があるので、代わりのように時間だけはたっぷりと消費し、結局、日焼けや爪割れを防ぐケア商品と、産毛等の処理用品、それに保湿や美肌を保つ基礎化粧品の類いを財布の限界まで選び抜き、カウンターへ持って行った。

 この店にはもうほぼ毎日のように出入りしているのだが、今まで一度として、このカウンターに物を置いたことはなかった。つまり、金を出したことがないのだ。

 当然と言えば当然、どれだけ心惹かれても腕を買うには完全に資金不足だったし、腕がなければケア商品も装飾品も買う意味がないのだから、金の出しようがなく。

 それがようやくこうして金を出して、名実ともにこの店の客となれたのだから、誇張ではなく、感無量の状態だった。思わず、斜め上を見上げて歓喜の涙が流れそうになるほどに。

 実際に、少しだけ熱くなった目を冷ますように何度も瞬きしながら会計を待っていると、店主であるリュウのお父さんは、無言のまま、次々とレジに商品を打ち込んでいく。

 この店で腕を買ったわけでもないのにケア商品を買おうとしている点に関して、何か聞かれたどうしようか等と多少、考えていたのだが、そんな思考は完全なる杞憂となるほど簡単に、支払金額は告げられた。

 告げられた金額を財布から取り出しながら、ふと思うのは、リュウは一体誰に似たのだろうという、素朴な疑問だった。

 これだけ無口で、自らの職務を全うすることだけを淡々とこなす人が父親で、母親だって似た感じの人で、見事なまでに似たもの夫婦の間に生まれた一人息子だというのに、リュウは結構騒がしいし、口煩い面もあるのだから、子供の性格が何によって決定されるのか、本当に不思議だ。遺伝や育ちに関係ない性格や性質というのは、一体どこから生まれてくるものなのか?

 まぁ、尤も、他人に対しては人見知りの激しいリュウが、騒がしかったり口煩かったりする面を見せるのは、俺や家族だけなのだが。

 部屋を出る際、真白とパパさんを任せてきた時のリュウの騒がしい姿を思い浮かべながら、袋に纏められた商品とおつりを受け取る。財布にそのおつりを突っ込んでから、今度はその財布をポケットに突っ込み、両手で袋を抱き締めるようにして意気揚々と店の外に出た。

 この店を、こんなに弾んだ気分と身体で出たことなんてなかったなと思いつつ、店を出る直前、ふと、店内に視線を流す。

 薄暗いそこには、いつもと同じように数人の客が、ただ一心にショウケースに貼りついている。互いの存在なんてひと欠片も意識せず、ひたすらに、自分が求める、愛する部位だけに視線も意識も向け続けている。

 何度も、何度も、ここに来ていた。でも、こうして振り返るのは初めてなのだと、目が覚めるように気付く。今まで一度だってこの場所で、他の客の姿を意識したことなんてない。そんなものを見ている心のゆとりなんて持てないでいた。手が届かない存在に、手を伸ばすことだけで精一杯で。


 俺は、その余裕のない切実な世界から抜け出すことが出来たんだ。


 こうして、他の、まだ恵まれていない人達を眺める余裕すら得たのだという満足感・・・、もっといえば、おそらく優越感と呼ばれる感情に胸を満たされながらも、静かに店の外に出た。

 腕を見ている人はいなかったから、俺には理解出来ない部位を愛する人達ばかりではあったけれど、今、幸せを得たこの身で思うのは、店に残された彼等にもまた、幸せが訪れれば良いという、とても大らかな気持ちだった。

 たぶん、こういう大らかで穏やかで、上から下を柔らかく見つめるような気持ちを持っている存在が、天の何処かにいるのかもしれない、神様的な存在なのだろうと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ