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恋が変態  作者: 東東
【二章】猛進な変態(或いは、変態な盲進と言うべきか?)
10/29

「っていうか・・・、結局、あの子、誰だったのかな?」


 あの、真白とハルが名付けた腕の持ち主ではないのだろう。

 でも、それならばあの子は誰で、一体何故、自分の腕だと偽って真白を手に入れようとしていたのか、その辺りの事情が結局何も分かっていないことに、今更ながら気がついたのだ。

 ハルみたいな部位を偏執的に愛する変態で、気に入った腕を見かけて手に入れようとしていた可能性もないわけではないが、あの少女からはそういう偏執的な変態さは感じなかったように思う。

 でもだとしたら、彼女は誰なのか? 何が理由で、真白を必要としていたのか?

 不思議だと、口にしてから改めて思う。しかしそんな自然な疑問を全く必要としないのがハルで、僕の自然な疑問の答えをねじ曲げて解釈し、答えを作成するのもまた、ハルだった。


「べつにアイツがどこの誰だかなんてどうでもいいと思うけど・・・」

「でも、真白があの子の腕じゃないなら、なんで態々そんな嘘までついて真白を寄越せって言っていたんだろうってのが不思議じゃない?」

「え? 別に不思議じゃないよ」

「・・・は?」

「さっきも言ったじゃん。アイツはただ単に、自分がブスだから、偶々見かけた真白を狙ったってだけだろ。真白はそりゃ、あの通り、超美人だし、可愛いもんね。だから誰に狙われてもおかしくないけど・・・、って、そうだよっ! だから急いで戻ろう! あの嘘つき女だけじゃなくて、他にも誰かに狙われてたら大変だから!」


 ハルの主張は、一貫して変わらなかった。誰の話を聞いても自分の主張を一切変えない、というのはある意味立派なことなのかもしれないが、少なくとも、この場合はあまり褒め称えたくない。

 むしろ、どうして少しぐらい自分の主張に疑問を持たないのか、せめて親友である僕の意見ぐらい聞けよという気持ちで一杯になるのだが、その気持ちを告げることすら出来ないまま、我に返ったように焦るハルに引っ張られ、夜道を走る羽目になる。

 目指した角を曲がり、少しだけ先に進んで、また角を曲がる。そこは丁度、最初に歩いていた道と平行に続く隣の通りで、道幅も似たようなものなのに、何故か少しだけ暗く感じる通りだった。

 たぶん、街灯の数の問題だとは思うのだが、平行して続く、同じような幅の道に街灯の違いが何故あるのか、そんな差別みたいな現象が少しだけ不思議だった。ただ、全く人に会わないこの状況を考えるに、まぁ、さっきの通りのもこの通りも、そこまでの数の街灯が要らないのは確実だろう。

 そして本数が減った街灯が照らす先、光りに集う虫のように自然に引き寄せられた視線がその光りの中に浮かび上がる光景を目の当たりにした瞬間、反射的に、口から悲鳴が洩れた。声にならない、悲鳴が。

 同時に、足が拒絶反応を起こし、それ以上、動くことを拒んだのだが・・・、僕の意思を全く気にしないハルの謎の力によって容赦なく引き摺られ続けてしまう。光りの、元へ。


「真白! パパさん!」


 歓喜と安堵に満ちた叫びが、近づく街灯の明かりより煌々と輝いていた。一方的に引っ張られているので見えるのは後頭部ばかりで、その表情は窺えないが、聞こえる声だけでも、ハルが今、どれほどの喜びの表情を浮かべているのかは想像に難くない。

 今、視界に映っていないことが不思議なほど、はっきりと分かってしまう。嫌になるほどに。

 ・・・どうしてあの光景を目の当たりにして、こんな嬉々とした表情を浮かべられるのか、その神経が全く分からない。

 嫌がる僕の態度を全く考慮しないハルによって引き摺られていった先には、街灯があり、その街灯が照らす真下に、最近あまり見かけた覚えのない電話ボックスが佇んでいた。透明な長方形の立体、中には当然、電話が一機。

 僕のイメージにある電話ボックスの中の電話は緑かオレンジにもピンクにもなりきれなかった色なのだが、そんなイメージとは違い、黒い、多少洒落て見える電話を納めただけのそこは、本来なら近づくのを拒む理由などない物体だっただろう。

 しかし、今はとても近づく気にならなかった。たぶん、僕だけではなくて、誰が見ても同じだと思う。というか、見かけた瞬間に叫び声を上げて逃げ出すような光景なのだ。この光景に、喜びに満ち溢れた表情と態度で近づいていくのは世界中でハルただ一人だろう。

 ただ一人・・・、であってほしい。こんな奴が世界の至る所に存在していたら、人類の未来がなくなってしまう。いつか人類が滅びる日がくるのだとしても、変態が世に溢れたから、なんて理由では泣くに泣けないだろう。

 そんな怖ろしい可能性を思い描いてしまうほど、近づく光景はホラーだった。


 街灯に照らされた狭い電話ボックスの中を、二本の腕が慌ただしく動き回っている光景。


 ・・・これをホラーと言わず、何をホラーと言えばいいのか分からないぐらいの、ホラーだった。

 部位に見慣れている僕ですらホラーだと感じるのだから、部位の売買や貸与なんて自分には縁遠いと思っている一般人が目にしたら、悲鳴どころではなく失神している可能性だってあるぐらいのホラーなのに、ハルは僕をひたすら引き摺ってから唐突にその手を離すと、まるで抱きつくように電話ボックスに飛びついた。

「お待たせ! ごめんな、こんな狭いところに閉じ込めちゃって」・・・と、語尾にハートマークでも飛び散らかしそうなほどの弾んだ口調で声を掛けるハルは、その口調通りの弾んだ態度で電話ボックスを押し開けると、まず真白を抱き締め、自分の右手で抱えてから、空けた左手でパパさんを労うような仕草で撫でる。物凄くだらしない、緩みきった表情で。

 失神、してしまいたかった。そして、目が覚めた時には全てがどうにかなっていないかな、とも思った。ただ、そんな都合の良い奇跡は絶対起きないと分かっていたので、失神すら出来ないまま、何となく、ハルの弾んだ口調に引き摺られるように何も考えていなかった問いを口にしていた。


「ってか・・・、なんでこんなところに閉じ込めてたわけ?」


 たぶん、本当に答えが知りたくて口にした問いではなかった。何も考えたがっていない脳が、場を持たせる為に口にしただけの問いで、崩れきった表情で真白に頬ずりしているハルに届くとも思っていない問いだったと思う。

 ただ、もしかすると・・・、ハルに頬ずりされながらも、何故か、酷く身動ぎしている真白のその動きに触発された問いではあったのかもしれない。何か、とても気がかりなことがあるかのような、その、動きに。


「俺だって、こんな所に大切な真白やパパさんを閉じ込めたくなんかなかったよ。でも、気がついたらオマエがいなくなっていたから、探しに行かないとと思って・・・」

「・・・ん、うん・・・、あー、まぁ、そっか・・・、そりゃ、うん、悪かったっていうか・・・、うん、ごめん」


 ここが僕の悪いところだと、改めて、真剣に、深刻に思った。うっかり、ハルのふいに洩らされるこの手の台詞に感動してしまう僕の性質が、僕の一番の悪癖だと。

 でも、ハルの変態度合いや親友であるはずなのにちょっとどうかと思う対応を取られ続けて、心が弱っているところを優しく撫でるかのような台詞を聞かされてしまえば、つい蹌踉めいても仕方がないだろう。

 この手に、何度やられたことか。今日だけでも、何回やられたことか。それなのに、どうして一度として抵抗出来ないのか。

 あらゆる方向に蹌踉めきながらも、なんとか我を保つ為に自問自答しつつ、唇を噛み締め、必死で体勢を立て直す。無事、立て直しが叶ったのかは微妙だが、それでもハルの声が聞こえる程度には自我を保ち、再び口を開くハルのその動きに耳を傾けた。

 これ以上、僕を惑わす台詞が吐かれませんように、という願いが八割、でもちょっとまた惑わせてくれるような台詞を聞いてみたい気持ちも無きにしも非ず、みたいな邪念が二割の状態で。

 ・・・割合が逆の可能性には、そっと目を瞑りながら。


「でも、リュウのこと探すにしても、パパさんはともかく、真白がちょっと・・・、落ち着かなくってさ」

「・・・え? 落ち着かないって・・・、抱きかかえてればよかったんじゃないの?」

「いや、今はちょっと落ち着いているみたいなんだけど、ちょっと前・・・、丁度、リュウが見当たらなくなった頃かな? なんか、凄く落ち着きがなくなっちゃって、こうして抱いてても、降りて動き回ろうとするし、こっちだよって言っても、自由気ままっていうか、色んな方向歩いて行っちゃうから、連れて行けなくてさ。パパさんも、真白が行く方について行っちゃうし・・・」

「僕が、はぐれてから・・・」

「まぁ、元々、外出た頃から結構落ち着きない感じではあったけどさ。なんか、目的でもあるの? みたいな勢いで動き回るって言うか・・・」

「確かに・・・、積極的に、突き進んで行く感じはあったよ・・・、ね」


 聞こえてきたハルの話は、一応、建前上は八割の割合だった、僕を惑わさない内容で、しかもある程度中身がありそうなものだった。相変わらず、腕に関することではあるのだが、言われてみれば、という内容でもあって、思わずハルの家を出てからの腕の動きを脳内で再現確認してしまうほどだった。

 そして再現した動きを客観的に見てみると、確かに、腕の・・・、真白の様子は、何かの目的を持った落ち着きのなさを纏っていた。道を真っ直ぐ歩かず、左右に揺れるように蛇行しては、道角ごとにその先の様子を覗き込む。ともすると、子供の無邪気な落ち着きのさにも思えるのだが・・・、そのしっかりとした動きは、そういう無邪気さとも無縁な気がして。

 でも、そういう動きを知っていた。知っていると、気がついてしまった。まるで頭の片隅に住んでいる、僕以外の第三者に教えてもらうように気がついて、気がついたその事実に視点を合わせるように、じっと意識を向ける。道の端々を、何かの目的を持って彷徨い歩くこと。


 アレは、何かを『探す』動きだ。


 ・・・ふと、何かが脳内で繋がる気配がした。何かを探す動きをして、外を歩き回る腕、その腕の動きが激しくなった瞬間。僕の元に現れた、腕を探す腕のない少女、それを嘘つきだと断言したハルと、ハルの断言を認めるかのように消え去った少女。

 認めるかのように? いや、認めたのだろう。腕が、真白が自分のものだというのが嘘なのは、ハルの断言に対する反応で、僕にだって分かった。

 分かったけど、あの僕を追いつめた台詞が嘘だったからといって、あの少女が腕を、真白を求めるその行為に正当性がないと断言出来るのだろうか?

 真白は、僕がいなくなってからいっそうの落ち着きをなくした。僕はその頃、真白を求める少女に出会っていた。腕と、腕のない少女。組み合わせが合わない、神経衰弱みたいなもの。

 でも、組み合わせが合っていなくても、欠け合っている部分が合っていないのだとしても、無関係だと断言するにはその組み合わせは合いすぎているのではないだろうか?


「あのさ、さっきの女の子・・・」

「あぁ、あの嘘つき?」

「うん・・・、まぁ、真白が自分の腕っていうのは嘘なのかもしれないけどさ、何か、理由があって真白を探してたんじゃないかな?」

「なんで?」

「だってさ、タイミングが良すぎるって言うか・・・、だって、腕と腕のない女の子だよ? 自分の腕じゃなくてもさ、何か、関係があるって可能性が高くない?」

「べつに、あんな嘘つきのこと、気にする必要は無いと思うけど・・・」

「真白と関係あるのかもしれないよ?」

「ただ単に、真白狙ってただけだろ」

「いや、だから・・・」

「つーかさ、本当に何か理由があって真白を探してたんなら、そう言えばいいじゃん。あんな嘘、つかなくたってさ、こういう理由で真白を探していて、だから渡して下さいって、ただそれだけのことだろ? それなのにあんな嘘つくってことはさ、本当の理由が言えない疚しい部分があるってことじゃん。ってことは、真白を渡す理由なんて一ミリもないってことだよ。違うか?」


 ・・・どうしてコイツはこういう時ばかり、微妙に理論的なのだろうと真剣に首を傾げたくなった。もしくは、目を瞑って空を仰ぎ、月明かりで瞼とその裏の宇宙的暗闇を癒やしてやりたい気分になった。

 首を傾げようと事態は何も改善されないし、月明かりにそこまでの力がないことを知っていたので、実行はしなかったが。

 代わりに、ハルの微妙に理論的なその意見を考えてみる。微妙とはいえ理論的なだけあって、確かに多少の説得力がある気がした。あの少女がどうして真白を欲しがっているのか、その理由を言わない以上、ハルが言うように少女の側に言えないような事情があったのだろう。

 あったのだろうが、しかしだからといって、勝手に拾ってしまったハルに真白の所有権があるのかといえばそうではないし、言えない事情があるのだとしても、あの少女に真白を引き取る権利がないのかどうかもまた、分からないと思う。

 しかし僕のその、ハルに負けるとも劣らぬ理論的な主張は、口にした途端、ハルの一刀両断的な一言で捨てられてしまった。物凄くあっさりと、真白に対する頬ずりを止めることなく、考える素振りすらも見せず、考慮する必要とすらないとでも言わんばかりに、ざっくりと。


「真白は俺の運命だから、俺達は共に生きていく権利がある。だからあんな嘘つきの話は聞くに値しないし、聞いたとしても聞き入れる必要は無

 いから」と。


 ・・・あ、死ねばいいのに、と咄嗟に思ってしまった僕に、非はないだろう。

 むしろ、こんな思いを咄嗟に抱かせたハルに非があると思う。もしここで、僕が暴力に訴えるような行動を取ったとしても、情状酌量を訴えることが可能だろう。たぶん、執行猶予もつくに違いない。


 でもだとしたら、ここで決断してしまうべきなのか?

 決断して、全ての負の連鎖を断ってしまうべきなのか?

 そうなのか?

 そういうことなのか?


 自問自答は、一秒ごとに激しさを増す。まるで僕を急かすように、怖ろしい早さで増していく。ただ、頭の片隅にいる一番冷静な僕が、崖の淵で感情的な僕に背を押されながらも辛うじて留まっている僕に、必死の訴えを繰り返している。

 早まるな、情状酌量され、執行猶予がついたとしても、犯罪歴が残ることに違いはないんだぞ、と。

 声も枯れんばかりに叫ぶ一番冷静な僕の声に、崖の淵で留まる僕は力一杯縋りつく。そして感情的な僕の感情的な行動に流されないように、淵、ギリギリのところで絞り出した。この現状を打破する為の、別の問いを。


「・・・っていうかさ、真白もあの子を探しているんじゃないの?」

「は? 探すって・・・」

「真白のこの、落ち着きのない動きって、何かを探している感じの動きでしょ。それで、僕がはぐれた辺りから、落ち着きが全然ないんでしょ。それって、あの子が近くに来ているのに気がついたからなんじゃないの? あの子を探していて、その探している人が近づいて来たから、あの子に会おうとしていたんじゃないの? それをハルが邪魔したってことなんじゃないの?」

「じゃ、ま・・・」

「そうだよ、邪魔したの。真白とあの子がセットになるべきであって、ハルがお邪魔虫なの」

「・・・ちっ、違う! それは絶対無い! 俺と真白は運命の恋に落ちたんだ! 俺達は、運命の恋人同士なのっ! その俺達を引き裂こうとしている奴が、あんな嘘つきが、あんなドブスが、真白と一緒にいるべき相手なわけないって! アイツは全然、関係ないのっ!」


 絶叫、だった。まるで、ハルこそが崖っぷちに立たされたかのような叫び。

 正直、少しだが胸が空くような気がした。ずっと、僕だけが崖っぷちに立たされ、声になったりならなかったりする叫びを上げ続けていたので、ようやくハルにも同じ思いを味わってもらえたという、良く言えば達成感、悪く言えば・・・、いや、悪く言うのは止めておこう。だって、僕は悪くないのだから。

 ハルは、頬ずりを止めていた。代わりに、真白を力一杯抱き締めている。誰にも渡さない、もしくは、どこにも行かせない、というように。僕はそんなハルの前に立ちはだかる。これまでの、特に、今日一日の苦悩の全てをぶつけるように。


「じゃあ、真白が探しているのは何だっていうんだよ? これは絶対、何かを探している感じなんだからなっ!」

「・・・そ、そんなの、分からないだろ。なんか、面白いことないかなって感じでうろうろしていただけなのかもしれないし・・・」

「ハルだって、分かってるだろ。真白の動きは、そんな曖昧なものを探している感じじゃなかった。分かっていて目を背けるなんて、卑怯だぞ!」

「さっ、探しているんだとしても、あんな奴じゃない! 真白を狙う、不届き者を真白が探すわけなんてない! 真白と俺は、愛し合っているんだぞ! それなのに、俺達の仲を引き裂く奴を探しているわけがない!」


 ハルは激しく頭を振り、僕の言葉に抵抗する。しかしその、どうあっても自分と真白・・・、ただの部位が相愛なのだという主張に、僕の溜まりに溜まった腹立たしさ、怒りは破裂寸前まで膨張していく。

 この、激しい思い込みを成す変態性が、僕をこんな苦しみにまで追い込んできたのだと思うと、今ここで、力の限りその思い込みを打破しなくては気が済まなくなってしまって。

 今、この瞬間の僕の心境は、巨悪に立ち向かい、その悪に蝕まれている友を救う為に悪を打破する、正義の味方、ヒーローだった。


「・・・ハルはさ、ずぅっと、真白の運命の相手は自分で、自分達は思い合っているんだって言っているけどさ・・・、そもそも、それって本当なの? ハルの、思い込みなんじゃないの?」

「なっ、何言ってるんだよ!」

「だって、真白はこうして、何かを探し続けてるんだよ? それがさっきの子じゃないとしても、探していることには変わりないんだ」

「リュウ・・・」

「女の子が必死で探すってことはさぁ・・・」

「リュウ!」

「それって、好きな人なんじゃないの? で、好きな男探しているから、パパさんが父親らしく、心配して付き添ってるんじゃないのぉ?」

「リュウー!」

「つまりぃ・・・」


 泣きそうな、ハルの叫び声。しかしもうその程度では、僕の正義は止まらない。何故か顔が笑み崩れる気配を感じながらも、目が輝く気配も感じながらも、自分の中から盛り上がっていくモノに突き動かされて、僕は口を開く。

 正義の、必殺技を放つ瞬間のように。


「真白の運命の相手はハルじゃないんだー!」

「わぁー! がぁわー!」


 ・・・僕の必殺技に、ハルが、壊れた。意味不明の叫び声を上げて、真白をきつく抱き締めたまま、何故か仰け反ったのだ。

 つまり、雄叫びは夜空に向かって放たれたわけで、ともすれば、本来の姿に戻る際の狼男の瞬間のようだった。そしてその印象通りに、ハルは変身した。壊れて変わってしまったのだ。

 いや、壊れて戻ったのか? その辺りの詳細な区分は分からないが、とにかく、ハルは・・・、仰け反って夜空に顔を向けたまま、更に叫び続けた。月が、迷惑のあまり地球を見放しそうになるほどに。


「しっ、始末してやるぅー!」

「・・・は?」

「パパさんが心配する男なら、碌な男じゃないんだ! おっ、俺の方が、ずぅっといい男だし、真白のこと、大事に出来る!」

「・・・え?」

「真白は騙されてるんだっ! 俺が、ソイツを始末して真白を助けるぅー!」


 ・・・どうも、僕の正義は、巨悪を倒して、新たな巨悪を打ち立ててしまったらしい。何故か殺人宣言が親友の口から迸ってしまった。

 事態はシンプルに・・・、本当に色々とシンプルに、複雑化していってしまうものらしい。


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