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恋が変態  作者: 東東
【Prologue】
1/29

Prologue

 思い出せる限り思い出してみるに、たぶん、僕の所為ではない。


 ・・・はずだが、症状の悪化に僕が関係している可能性は皆無ではなく、それが結構な頻度で僕の体調不良を引き起こしている気がしないでもない。

 まぁ、その可能性が事実であろうとなかろうと、全てはどうすることも出来ないところまで行き着いているので、悩むだけ時間の無駄なのかもしれないが。

 溜息を零す店内は、適度に暗く、適度に明るい。

 あまり暗くすると、並べている商品の性質上、変態の店っぽく見えてしまうし、明るすぎても並べている商品の性質上、今度は客が入り辛くなってしまうので、後ろめたい店に見えない程度の暗さと明るさを保つようにしている、というのが店主である父の主張だった。

 それはその通りかもしれない、とは思う。

 ただ、正直、僕の経験上、この店に来るような客は店がどんな雰囲気であろうと、その店に入る自分の姿が他人にどう見られようと、ひと欠片だって気にしない性質を持ち合わせた人達ばかりのような気がしているのだが・・・、僕より遙かに長い年月、そういう人種に接している父が達した結論なら、そちらの方が正しいのだろう。

 どうしてその正しい結論に達するぐらいの長い年月、こんな店を営んで、こんな店に来る客の相手をしていられるのか、そんな偉業を達成出来るだけの精神が一体どうやって育まれたのか、その辺りの事情が息子である僕にしてみたら、かなりの謎ではあるのだが。

 その辺りの諸々を、父に尋ねたことはない。きっと、物凄い事情があるか、物凄い精神を持っていたかのどちらかだと思うのだが、どちらであったとしても、大して聞きたいとは思わない。

 まだ中学一年という、人生経験も浅く、強固な精神も持ち得ていないこの身では、話を聞いたとしても受け止めきれる自信が全く無いからだ。・・・そもそもそんな自信、全く欲しくもないのだが。


 ──店の名前は、何の冗談なのか『ひととなり』。


 取り扱っている商品は、人の部位。

 つまり人の部位の売買、貸与専門店だ。


 取り扱いには結構な難しい資格がいるし、店を開くにも面倒な手続きが山のようにある。おまけに店を開いた後も、かなりの頻度で国の確認、調査が入る厄介な仕事なので、こういう店は全国的にも少ない。でもそのぶん、それらの面倒を乗り越えて営業してる専門店は、それなりに繁盛している。

 勿論、うちも例外ではなく、毎日何人もの客が自分の部位を売ったり、他人の部位を買ったり、もしくは貸したり借りたりしている。部位を売るのも貸すのも結構な値段になるので、金に困ってどうしようもなくなった奴等が訪れるのは分からなくもないのだが、信じがたいことに、他人の部位を買ったり借りたりする奴がそれ以上に来るのだから、世の中、どうかしていると思う。

 どんな小さな部位でも、他人の身体の一部を手にする為には、怖ろしいほどの金額を積まなくてはいけない、というのに。

 防犯設備にとてつもなく金を掛けている店内は、至る所に警報装置と防犯カメラが設置されている。その厳戒態勢の店内には、厳重に鍵が掛かった分厚く強度の高い硝子が填め込まれたショウケースがあり、中には当然、この店の商品が陳列されていた。

 値札とともに、麻酔を打たれて眠りにつき、動くことなく大人しくしている・・・、人の、部位たちが。


 足、足首、ふくろはぎ、太腿、耳、目、胴、胸、肩、肩胛骨、腰、二の腕、指、それに・・・、首、


 ・・・首や胸等が店にある人の本体は一体どうなっているのだろうと、視界にそれらが止まる為に思うのだが、父の諸々と同様、その辺りの事情を聞いたことはないし、聞きたいとも思っていない。ぶっちゃけ、気持ちが悪いので、詳細を知りたいとはどうしても思えないのだ。この商売の利潤で今の僕の生活が成り立っているのだとしても、見ない振りをしていたい、というか。

 ただ、この心境は、普通の生活を営むごく一般的な家庭の人間なら、簡単に察してくれるのではないかと思う。察して、なんて気持ちの悪い商売をしている親を持っているのだろうと、口に出す出さないは別にして非難し、子供である僕には何の非もないのに、距離を置くのが普通なのだろうとも思う。

 実際、距離を置かれていた。十四年という短い人生の中で、数々の人々に距離を置かれ続けてきた。あの子とお友達になっちゃいけません、と言う大人に、その大人の言い分を飲んだ子供に距離を置かれ、近所の大して親しくもない他人に距離を置かれ、公平でなくてはいけない学校の教師からも目を逸らされ。

 考えてみれば、酷く淋しい人生だ。子供であるのに親以外の大人の庇護下から無意識に弾かれ、冷たい目を向けられ、同じ子供には苛めに近い目に遭わされることもある、そんな、友達一人いない人生・・・、になるはず、だった。

 そうなるのが自然だったし、半ばそうなりかけていたはずなのだが、たった十四年の人生でも不思議なことは起こるもので、訪れるはずだった最高に淋しい人生は、保育園時代から辛うじて回避される運命を辿ることになる。

 たった一人、まだ周りの大人の余計な告げ口によって距離を作られる前に何かの切っ掛けで言葉を交わしたその一人と築いた縁、それが後々、ある意味運命的な縁だったのだと判明し、所謂、親友と呼ばれる関係になることによって、回避された結果送れるようになった運命的な人生。

 本来なら訪れるはずの淋しく哀しい人生が訪れなかったことを、心の底から感謝していた。本当に、本当に心から感謝していたし、得られる可能性の少なかった親友という存在を得ることが出来たことは、本当に嬉しく思っている。思ってはいるが、しかし・・・、


「あぁ・・・、やっばぁい・・・、この子、ちょうぉ・・・、びっじん・・・、たまらんわぁー・・・」


 ・・・出来ることなら、その親友がショーケースに貼りついて、硝子越しの腕を恍惚とした笑みを浮かべて同じくらい恍惚とした声を垂れ流す奴だというオチは止めて欲しかった。

 こういう趣味嗜好に辿り着く運命を持った奴じゃなければこんな商売をしている親を持った僕と親友になれないのだとしても、止めて欲しいと思ってしまうくらい、視界の先で涎を垂さんばかりにうっとりしている親友は、気持ちが悪かった。


 ただ、非常に残念なことに、ウチの店内においては僕の方が場違いで、他の客達も似たり寄ったりの状態ではあるのだが。


 親友に向けていた視線をぼんやりと店内全域に広げ、他の客に薄く、広く視線を投げかけながら、呼吸と同義になっている溜息を零す。

 何故か指をしゃぶりながら目玉を舐め回すように見つめている大人の女、若々しい輝くような眼差しで子供の耳を見つめながら自分の耳朶をなぞっている老人、それに、背中を向けているのでどんな表情を浮かべてどんな仕草をしているのかは分からないが、静止画像のように足を飾ったショウケースの前で固まり続けている、全体的に何故か薄汚れた印象を感じさせる黒いコートとジーンズの男。

 誰もが、部位を見つめている。部位を、欲している。他人の部位を・・・、全体が揃った人間に一切の視線も興味も向けず、ひたずらに、部位を。


「こぉーんなびっじんさぁんとぉ、けっこんできたらぁ・・・、いぃいのになぁー・・・」


 誰もが無言で自分の世界を築く中、一人だけ、妙な節をつけた願望を垂れ流す、一人の少年。

 垂れそうだと思った涎は既に垂れ流されており、目の焦点がぼやけ始めているのに加えて、他の誰も発していないのに声を発し、おまけにそれが大分、キテいる内容と調子なのだから、店内にいる誰よりもアレな感じが漂ってしまっているのが、我が親友殿だったりする。

 ・・・のだから、そろそろ涙も流れそうというものだろう。僕の運命って一体、みたいな。


 っていうか、それは美人っていうほどの量の人体形成はしてないだろっ!


 この場で口に出すと常識を疑われてしまう、常識的な台詞を飲み込みながら、ひたすらに、息を吐く。つまり、溜息を零す。無為な、二酸化炭素を量産する。

 勿論、どの意味だったとしても、何の意味も無い。何にもない。何にも、ならない。分かっている。分かってはいる。分かってはいるが、それでも・・・、


 腕に釘付けの親友が一瞬だけでも自分と同じ常識を得る奇跡を夢見て、僕はひたすら、息を吐き続けるしかなかった。

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