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5月29日④


「白乃。ここが最寄りのスーパーだ」


 学校を出て十五分、俺たちは目当ての場所に到着していた。


 スーパーの立地は学校から我が家に帰るまでの道のりからやや外れている。


 それなりに道が入り組んでいるので、地図アプリがあっても初めて行く際は迷いやすい。


「今後も来る機会はあるだろう。道は覚えたか?」


 俺が訊くと、白乃はむっとしたように言ってきた。


「馬鹿にしないでください。当然覚えました」

「そうか。ならいい」


 買い物かごを取ってきてカートと合体させ、俺は言った。


「では行くぞ」

「千里さん、あそこに休むのにちょうどよさそうなベンチがありますよ」

「……休みたいのか?」

「いえ。私が買い物に行ってくるので千里さんはあそこで休んでいてくれないかな、と」


 そうかそうかそんなに俺と一緒に買い物をするのは嫌か。


 だが、これを実際に口にすると逡巡ゼロで肯定されそうなので、代わりに別のことを言う。


「財布は俺が持っていることを忘れたか。諦めて一緒に行くぞ」


 がらがらカートを押して店内に入ると、白乃は嫌そうな表情ながら大人しくついてきた。


 店内はそれなりに広い。食料品だけでなく日用品も充実しており、なぜか店の入り口のそばには常にじょうろが百円で売られているのが特徴といえる。


 俺は白乃を振り返った。


「まずは何を買う?」

「そうですね。……では、切らしていた醤油から買いましょう」


 そう言って白乃は颯爽と店内を歩いていく。俺と横に並んで買い物をするのはご免だ、と全身で語っていた。それは構わないんだが……


「白乃。調味料コーナーに行くなら方向が真逆だぞ」

「…………、」


 ぴたり、と白乃が足を止める。


「……違いますからね」

「何が」

「初めて来るお店なので、混乱しただけです。だから違います」

「……何が違うんだ?」

「何でもありません」


 勢いよく踵を返して、白乃はさっきまでとは逆方向に歩き始める。雪のような髪の隙間からわずかに赤くなった頬が見えた。


 ……何だったんだ?


 俺は白乃の反応に首を傾げながら、彼女のあとを追った。





 結局、料理担当の白乃が買いたいものを口に出し、土地勘のある俺が案内するというやり方採ることになった。


 天井から釣り下がるプレートを見ればどこに何があるのかわかるのだが、その案内プレートも端から端まですべてひと目で見てわかるというものではない。


 白乃は俺と並んで歩くのが不本意そうだったが、特に不満は口にしなかった。


「で、白乃。次は?」

「そうですね……あ、」


 調味料コーナーでそんなやり取りをしていると、白乃がいきなり歩き出した。


 何事かと思っていると、白乃は少し離れた棚の上のほうにある醤油のボトルを取り、そこに向かって手を伸ばしていた高齢の女性客に手渡した。


「これで合ってますか?」

「え、ええ。届かなくて困ってたのよ。……ありがとう、お嬢さん」

「いえ。気になさらないでください」


 その女性客は、あまり背が高くなく腰も曲がっている。そんな人物が棚の上のほうにある、それもそれなりに重たいボトルを取ろうとしているのを見て、白乃は手を貸しに行ったようだった。


 女性客は白乃に礼を言ったあと、少し離れた場所にいる俺を見てから再び視線を白乃に戻した。どこかいたずらっぽい表情で、


「ふふ。もしかして、貴女の恋人さんかしら?」


 対して白乃はにこりと雪の精霊のような笑みで、


「知人です」


 おい。


「あら、そうなの? ごめんなさいね」

「いえいえ」


 そう言い、女性客はカートを押して調味料コーナーから出て行った。女性客が見えなくなったのとほとんど同じタイミングで、白乃の顔から笑顔が消失した。一気に低温の真顔に戻る。


「千里さん。次は卵を買いに行きましょう」

「毎度思うが、お前は俺とそれ以外に対しての扱いの差が激しすぎないか」


 白乃は基本的には気の利いて愛想もいい美少女だ。冗談を言えば口元に手を当てて笑い、誰に対しても優しく接する。俺の父親に対してもそうだし、学校の廊下でのやり取りを見る限り、おそらくクラスでもそうなのだろう。


 だが、俺に話すときのみその人当たりの良さは消え失せる。


 俺以外の人間に接する白乃が可愛らしい雪の妖精だとすれば、俺に対しては氷の要塞。恐ろしいまでの格差だ。


 俺の言葉に、白乃は半眼で俺を見た。


「それは千里さんの自業自得でしょう」


 む、と言葉を詰まらせる俺に、白乃はこう続ける。


「千里さんが初日にあんなことをするからいけないんです。諦めてください」


 白乃が何について言及しているのか、俺にはすぐにわかった。初日――つまり彼女と俺が初めて会った日に俺が何の気なしにやったこと。それが原因で白乃の男嫌いが露見し、白乃は俺に対して猫を被らなくなった。


「……まあ、それもそうだ」

「わかればいいんです。さあ、はやく買い物なんて済ませてしまいましょう」





 商品をかごから詰め替えている間、白乃は「エコバッグを忘れるなんて不覚です……」としきりに呟いていた。


 俺も家に忘れてきたので結局五円出してビニール袋を買ったのだが、正直俺も微妙に悔しい。たかだか五円なのに、エコバッグに慣れているとビニール袋を使うのが大罪のように思えてくるから不思議だ。


「……あ」

「なんですか」


 品物をあらかた詰め終えたところで、俺はふと思い出した。


「すまん白乃。買い忘れたものがあった」

「はぁ」

「すぐ買って戻ってくるから、ここで待っててくれ」


 そう言い、白乃をサッカー台のあたりに残して俺は再び陳列エリアへと向かっていく。


「…………」


 白乃は特に何も言わず、そんな俺を見送っていた。





 数分後。


 買い忘れを解消して戻ってきた俺は、無人となっているサッカー台の前にいた。


 品物を詰め込んだビニール袋も、白乃の姿も、なかった。


 ――先に帰られた。


「あいつ……」


 俺は呟き、スーパーの出口に小走りで向かった。

 お読みいただきありがとうございます。


 現在日間ランキング十二位! ……十二位? ゆ、夢の一桁まであと二つ……?

 正直実感が追いつきません。家で寝てたはずなのに目が覚めたら太平洋を漂っていたような気分です。何を言っているかわかりませんが正直僕もわか(略) 応援して下さる皆様、ありがとうございます!


 次で五月二十九日は終わりです。

 どうかお付き合いいただければ幸いです。

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