8月18日②
それから東は視線を俺の横にある空席に向ける。
その椅子は、東がこちらにいた頃にはなかったものだ。
「それにほら、千里のうちは家族が増えたって聞いてたからさ。お土産も多いほうがいいかなって」
家族が増えた、というのは父さんが香澄さんと再婚したことを言っているんだろう。
「イヴさんから聞いたのか?」
「うん。あとはアルや遥からもね。かわいい義妹さんができて千里がシスコンになっちゃったって聞いてるよ」
「まあな」
「シスコンってあっさり認めてるし……」
何度でも言うが家族を大事にする、という意味合いならそれは俺にとって誉め言葉みたいなものだ。
ちなみに東が言っている『アル』は信濃のことで、『遥』はクラス委員長の日野のことだ。
文化祭のあと俺や信濃は東と打ち解けたし、日野はもともと東と仲が良く、ちょくちょく四人で遊んだりもしていた。
「できればご挨拶したかったんだけどな。今日は義妹さんはいないの?」
「友人と勉強会だ。まあ、昼過ぎには帰ってくると言っていたがな」
「そっかー、残念。……ちなみにどんな子か聞いてもいい?」
白乃がどんな子か、か。
「まあ、しっかりしてるな。だがあまり人を頼るのが得意ではないらしいから、そのあたりは俺がうまくフォローしてやりたい」
「千里らしいね。ちなみに、千里から見てかわいいの?」
「? ああ。贔屓目抜きにかなり美人だと思う」
白乃の美少女ぶりは学校中の噂になるほどだ。一緒に出掛けると、隣にいても視線が集まっているのがわかる。
客観的に見て白乃は相当な美人といえるだろう。
「……ふーん」
「なんだその反応は」
「別にー」
自分から聞いたくせに、なぜか東はこっちにジト目を向けてきていた。
外見が外見なので特に迫力があったりはしないが、どうも不機嫌そうである。
しかし俺も伊達に友人をやっていない。こうなった東の対処法も心得ている。
俺はテーブルに積まれたお土産の山から、適当なお菓子を選んで開封する。
「東」
「なに?」
「ほら」
「むぐっ……!?」
こっちを向いた東の口にお菓子を突っ込む。
東は驚いた顔をしたが、大人しくぽりぼりとそれを食べ始めた。
律儀に食べきってから東は複雑そうな表情を浮かべた。
「……これ、千里にあげたお土産なんだけど」
「もらったんだからどう使っても俺の自由だろう。だいたい、こんなに大量にもらっても食べきれない。責任もって東も少し手伝え」
「もー……」
納得いっていない顔のまま大人しくお菓子を食べ進める東。なぜか視線を俺と合わせようとしない。気のせいか、頬が少し赤くなっているような気がする。
「……っていうか、あんまり女子相手にこういうことしちゃだめだよ、千里」
「こういうこと?」
「不意打ちで『あーん』とか、人によっては危険だからね、ほんと」
危険というほどのことでもないと思うが……まあ、確かに手で触ったものを食べさせるというのは、人によっては嫌がられるかもしれないな。
「すまん、気をつける。東ならいいかと思った」
「……そういうところがだめなんだよね千里って」
拗ねたように半眼を向けてくる東。何なんだ一体。
「あ、そうだ」
東はふと思いついたように俺からお菓子の箱をひょいと取り、一つ取り出してこっちに差し出してきた。
それからいたずらっぽい顔で、
「はい千里、あーん」
「(ぽりぽり)ああ、うまいな」
「何でそんなに平然としてるかなー! そうじゃなくて、もっとこう、照れるとかなんかあるじゃん!」
ばんばんとテーブルを叩いて喚く東。
今さら何を言っているんだ。こんなこと去年さんざんやっただろうに。
そうこうしていると、玄関のほうからがちゃりと音が聞こえてくる。
誰か帰ってきたようだ。まあ、誰かも何もないが。
「ただいま戻りました。見慣れない靴があったんですが、誰かお客さんでも――」
とたとたと軽い足音を立てて白乃が戻ってくる。
そして居間に入ってきて、テーブルに載る大量のお菓子、俺の向かいの位置に座る東を見て固まった。
「えっ」
「あ、昨日の!」
硬直する白乃を見て東が驚いたような顔をした。……何だか微妙に予想と違うリアクションだな。
とりあえず東を見て固まっている白乃に声をかけることにする。
「おかえり白乃」
「せ、千里さん。この人と知り合いだったんですか?」
「……? そうだが、それがどうかしたのか?」
「昨日、私この人と会ってるんです。ほら、例の廃ビルの上で」
ああ、その話か。そういえばそんなことを言っていたな。
「まあ、千里にあのビル教えたのあたしだしね! そっかー、ってことはきみが千里の義妹の白乃ちゃん?」
「は、はい」
白乃が何が何だかわからないという顔をしているので、そろそろ紹介することにする。
「白乃。こいつは東由奈子といって、転校していった去年の俺のクラスメイトだ」
「よろしくね白乃ちゃん! 由奈子って呼んでくれたら嬉しいな!」
「は、はい。由奈子さん、ですか。よろしくお願いします」
にこにこと笑みを浮かべる東に、白乃は面食らいながらも軽く頭を下げて挨拶した。
「えーっと、由奈子さん。どうしてここに?」
「んー、夏休みになってヒマだったから遊びに来たんだよね。で、せっかく来たから仲いい人のところ回ろうと思って」
「千里さんと由奈子さんは仲が良かったんですか?」
「うん。よく勉強教えてもらってたよ」
そんな感じで談笑する白乃と東。
白乃はどちらかといえば人見知りするほうだと思っていたが、すでに知り合っていたおかげか、かなり打ち解けているように見える。
「白乃ちゃんはどこに行ってたの?」
「私は学校に……図書室で友達と一緒に宿題を進めてました」
「ふんふん。どうりで制服なんだね」
制服姿の白乃を見てうんうん頷く東。
それから、何やら考え込むように、「学校か……」と呟いている。
東はちらりと俺を見て尋ねてきた。
「千里、これからヒマ?」
「勉強がある」
「つまりヒマってことだね。じゃあ白乃ちゃん、千里ちょっと借りてもいい?」
「? は、はあ。どこか行きたいところでもあるんですか?」
きょとんとする白乃に東はこう答えた。
「せっかくだから学校を覗いておきたくて。確か、千里の家から高校まですぐだったよね?」
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