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8月18日


「ん?」


 夏休みのある昼下がりのこと。

 いつものように部屋で自習をしていると、家の呼び鈴が鳴った。

 来客とは珍しい。今日は特に届け物の予定もなかったはずだが。


 とりあえず部屋を出て居間に向かう。


 ちなみに両親は仕事で、白乃は留守中である。

 須磨や隠岐島と宿題を一緒にやる約束があるとかで、朝から出かけているのだ。昼過ぎには戻ると言っていたが、今は家には俺しかいない。よって来客の応対も俺の仕事となる。


 居間に来てインターホンの親機を確認すると、モニターには明るい茶髪の少女が映っている。

 顔立ちは整っており、同時にどこか幼げで中学生くらいに見える。


 ……誰だ?


 いや待てよ、何だかこの人物に強烈に見覚えがある気がする。

 俺は眉をひそめながら親機の通話ボタンを押す。


「……はい。どちら様で――」

『こんにちは! あたし千里君の友達で……って、その声もしかして千里? やっほー久しぶりだね! あたしのこと覚えてる? 遊びに来たよーっ!』

「………………、」


 声を聞いた瞬間、あまりに予想外の事態で俺は思わずフリーズした。

 いや、モニター越しに見た時点で薄々そうではないかと思っていた。思ってはいたが……


 俺は確認するように尋ねた。


「お前……(あずま)か?」

『あたり!』


 久しぶりに見る元同級生の東由奈子(ゆなこ)は、記憶と何ら変わらない人懐っこい笑みを浮かべた。





 東由奈子。

 今年の三月まで俺と同じ高校に通っていた女子生徒だ。


 というか去年の俺のクラスメイトである。

 明るい性格で友達も多く、まさしくクラスの中心という感じの人物だった。もともと誰とでも仲良くなれる人格だったが、文化祭以降は俺や信濃と一緒にいることが多くなった。


 俺にとって数少ない女友達である東だったが、親の仕事の都合で一年生修了時の春休みに転校。

 その際に色々あり、長らく連絡を取っていなかったわけだが――


「おじゃしまーす。いやー千里の家って久しぶりだなあ」

「まあ、東と会うのがそもそも五か月ぶりだからな。……というかお前、急に来るんじゃない。俺が留守だったらどうするつもりだったんだ」

「まあ、千里のことだしどうせ家で勉強してるだろうなーって」

「……当たっているから何も言えんな」


 ……何というか、案外普通に喋れるものだ。


 せっかく来たんだから、ということで東には家に上がってもらい、今は居間で雑談している。

 うちは学校から近いので、よく東は信濃と一緒にうちに遊びに来ていたものだ。

 東が転校して半年も経っていないというのに、妙に懐かしく感じる。


「髪、染めたのか」


 ふと尋ねる。

 東は転校前は黒髪だったはずだ。ところが今は、光の当たり加減で金髪に見えるほど明るい茶髪になっている。

 かなりイメージが変わっていたので、俺も最初モニター越しには東だとわからなかった。


 東は苦笑しながらくるくる髪をいじりつつ、


「んー、まあね。向こうはこっちと違って校則緩いから、せっかくなら染めとくかーって……もしかして似合わない?」

「いや、よく似合ってる」

「えへへー、ありがと」


 俺が言うと東は照れたように笑った。

 相変わらず感情表現の素直なやつである。


「こっちにはいつ来たんだ?」

「昨日だよ。せっかく夏休みだから遊びに行こっかなーと思ってイヴさんに連絡したら、『そんじゃうち泊まれよ』って言ってくれたから、今はイヴさんにお世話になってる」

「そうだったのか」


 東は信濃と面識があり、その流れで信濃の姉であるイヴさんとも知り合いだ。二人は仲も良かったし、イヴさんは広いマンションに一人暮らし。泊めてもらうには丁度いいだろう。


「まあ、宿代として『資料にするから』って色んな写真撮られたけどね……」

「あの人らしいな……」


 東の来訪を歓迎した理由の半分以上はそこにある気がしてならない。


 それにしても……来たのは昨日、か。


「東。とりあえずそろそろ聞こうと思うんだが」

「ん? なに?」

「……お前はなぜそんな中身の詰まったリュックを背負っていたんだ?」


 ダイニングテーブルにつく東の足元には、これ以上何も入りませんという状態のリュックサックが鎮座している。

 何だこれは。何をそんなに入れているんだ。


 東が今日こちらに戻ってきたばかりというなら荷物が多いのも納得できるが、来たのが昨日なら荷物はイヴさんのマンションに置いてきてしかるべきだろう。


「あー、これ? お土産だよ」

「お土産?」

「まずは定番の八つ橋とー」

「ふむ」

「なんかすごい人気があるらしい宇治抹茶のラングドシャとー」

「確かにこれは美味そうだな」



「――ポッ〇ー(抹茶)とポッ〇ー(あんこ)とトッ〇(黒蜜きなこ)とブラックサ〇ダー(抹茶)、琥珀糖にバウムクーヘンにラスク、こっちは途中で買ったじゃが〇こ(たこやき味)にプリ〇ツ(ソース)に……」



「待て、落ち着け東。これは明らかに一か所に持ち込むお土産の量じゃない」


 いつの間にかテーブルの上には山のようにお菓子の箱やパッケージが積み上がっていた。こんな光景を見たのは生まれて初めてだ。


「いやあ、どれも美味しかったからぜひ千里たちにも食べてほしくて」

「限度があるだろう……」

「そう? このくらいないと足りなくない?」

「お前基準で考えるんじゃない」


 この東由奈子という少女は、小柄な体格からは信じられないくらいよく食べる。もっともそれはお菓子限定で普通の食事では発揮されなかったりするのだが。


「だいたいこんなに買ったら金額も大変なことになっただろうに」

「あ、そこは大丈夫。これほとんど試供品で、ただでもらったみたいなものだし」

「試供品?」


 俺が聞き返すと、東はうんと頷いた。


「ほら、よくあるじゃん。新商品のモニター配るから食べて感想くださいー、みたいなやつ」

「それはわかるが……お前の親の仕事はその系統だったか?」

「ううん、あたしの知り合いの社員さんからもらったの」

「そんな人脈があったのか」

「就活サイトとか使ってねー。あたし将来はお菓子メーカーに就職したいから、とりあえず勉強がてら社員さんから話聞いたりしてるんだよね。

 で、そこで仲良くなった人から流してもらったってわけ」


 ふむ。

 …………ふむ。


「就活さいと……?」

「えーっと、企業はネットで会社の情報や雇用条件とかを公開してるんだよ。覚えておこうね千里おじいちゃん」

「なるほど。そうなのか」

「千里って本当に……いや、まあ、愛嬌だよね。うん」


 東に憐れむような目で見られた。まあ、ネット関連に疎いのは重々自覚しているので仕方ない。


 それにしても、知り合いの社員からもらった試供品ときたか。


 俺たちはまだ高校二年生だし、俺の通う――つまり東が去年まで在籍していた学校は進学校で、ほとんどが卒業後は大学に進学する。

 となると東が企業の社員にコンタクトを取ったのは就職のためというより、純粋に興味があったからだろう。


「相変わらずの行動力とコミュニケーション能力だな」

「あはは……まあ、それだけが取り柄だしね」


 照れたようにぽりぽりと頬を掻く東だった。

お読みいただきありがとうございます。

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