7月20日➃
※本日二度目の更新です!
階段を上ってビルの屋上に向かう。
「……大丈夫か、白乃」
「エレベーターが欲しいです……」
「まだここは三階だぞ。もう少し頑張ってくれ」
肩で息をする白乃を先導しながらしばらく階段を上り、十五分以上もかけて屋上へと到達する。
屋上に出ると、予想していたほど暗くはなかった。雲がないおかげで月明り程度でも十分明るい。
「広い、ですね」
「そうだな。……ああ、あまり端に近付くなよ。手すりが錆びているから触ると汚れる」
とりあえず俺は用意していたビニールシートを適当な場所に広げる。
我が家の倉庫から持ち出したランタンも電源を入れて設置しておく。
シートに座ってから白乃を手招きすると、並ぶように白乃も腰を下ろしてくる。
「なんだか手際がいいですね」
「去年もここで花火を見たからな」
「千里さん一人でですか?」
「いや、友人と一緒にだ。この廃ビルのこともその友人に聞いた」
「ああ、なるほど。何だか色々腑に落ちました。千里さん、立ち入り禁止の場所に進んではいるタイプじゃないですもんね」
納得したように白乃が頷く。
その評価は正しい。俺は教えられなければこの場所のことは知らなかっただろう。
――と。
「そろそろ始まるぞ」
「え?」
俺が言ったのとほとんど同時だった。
ぱっ、と遠くのほうで何かが光り――直後、それがさらに上方で大きく弾けた。
三鷹神社の花火は遠方の観光客が押し寄せるほど迫力がある。
絶えず打ち上げられる花火の数は圧倒的で、白乃は半ば圧倒されるようにそれを見上げていた。
「……きれい」
「ああ。よく見えるだろう」
「はい……本当に、こんなに綺麗に見える場所があるんですね」
感動したように白乃が呟く。
確かに花火を見るだけならうちからでも可能だ。
しかし、高さや立地の問題で完璧に見えるとまではいかない。
この周辺でもそんな場所はそうそうないだろう。
ただしこの廃ビルの屋上だけは、何からも遮られない花火を見ることができる。
白乃は次々打ちあがる花火をしばらく無言で眺めていたが、やがてぽつりと言った。
「千里さんが私をここに連れてきてくれた理由がよくわかります」
「まあ、ここ以上に花火見物に適した場所はないだろうな」
「それもそうですけど……ここ、他に誰もいませんし」
まあ、それも理由の一つではある。
この場所は地元の人間でなければ知らないだろうし、知っていてもなかなか入ろうとは思わない。いわゆる穴場というやつだ。
ここなら男性が苦手な白乃でも、祭りの気分くらいは味わえるだろう。
「クラスメイトとの打ち上げの代わりには、ならないかもしれないが」
白乃はふるふると首を横に振った。
「そんなことありません。すごく嬉しいです」
「ならよかった」
ほっとして笑みを浮かべる。
暗い場所が苦手な白乃をこんな場所に連れ込んで、本当に喜んでもらえるか少し不安だったのだ。
そんな俺の表情を見て、なぜか白乃が「むぐ」と息を詰まらせた。
「……その表情はずるいです」
「? 何の話だ――」
俺の質問は最後まで口に出せなかった。
ぽす、と俺の肩に白乃の頭が乗せられたからだ。
女子特有の甘い香りが漂ってきて、俺は思わず硬直した。
「は、白乃?」
「暗いところが苦手なので」
「……は?」
意味がわからず聞き返すと、白乃は俺にゆるくもたれかかったまま言った。
「私は暗いところが苦手なので、誰かと触れ合っていなくてはいけないんです。私をここに連れてきたのは千里さんなんですから、このくらいの責任は取ってください」
いや、確かに白乃が暗い場所が苦手なのは知っているが、さっきまでそんなに気にしていなかったじゃないか。
俺はそう言いかけたが、口に出すことはなかった。
「……何ですか」
「いや、……何でもない」
花火に照らされた白乃の横顔は、はっきりと赤くなっている。
それを見て、俺はもう白乃が寄りかかってきていることには言及しないことにした。
白乃は甘えてくれているのだろう。
甘えてくれる白乃は貴重だ。いらないことを言って機嫌を損ねる必要もない。
それに俺は、白乃が俺に寄りかかってくることに決して悪い気がしなかった。
「来年は神社のほうにも行ってみたいですね」
「……人、かなり多いぞ」
「何とかします。駄目だったら千里さんを盾にします」
「まあ、そのくらいは構わないが」
「冗談です」
そう言って白乃がくすくす笑う。少なくともつまらなさそうではない。
俺と白乃は花火が終わるまでの間、寄り添ったまま過ごした。
お読みいただきありがとうございます!
今回から夏休み編です。新キャラが何人か出る予定。
次回はおそらく、今まで名前だけ出てたあの人が登場するかと思います。お楽しみに!
本作品を少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の☆から評価をお願いします。
作者が続きを書くためのエネルギーになります!




