7月20日③
神谷千里『腹を壊したので、祭りには行けそうにない。他のみんなにもよろしく言っておいてくれ。急ですまない』
信濃Alfred『(驚愕を示すスタンプ)』
信濃Alfred『珍しいね、千里が体調崩すなんて』
信濃Alfred『了解。お大事に』
……これでよし。
信濃には夏祭りに行くと言ってあったが、事情が変わったので不参加にさせてもらう。
思いっきり仮病だが今回ばかりは勘弁してもらいたい。
「すまない白乃、待たせたな。行こうか」
振り返りながら言うと、白乃が微妙に不安そうな表情をした。
「……連れて行きたい場所って、お祭り会場じゃないですよね?」
「心配するな。さすがにそんな真似はしない」
白乃の男性恐怖症を知る俺が、祭り会場なんて人込みに白乃を連れて行くわけがないだろうに。
早めの夕飯を食べ終えたのち、俺と白乃はそれぞれ準備をしてから家を出た。
すでに夕方になっており、夏祭りそのものはもう始まっているはずだ。
じきに花火も上がり出すだろう。
それまでに移動しなくては。
近所だけあって三鷹神社に向かう人たちもかなり多いが、俺はその人の流れを無視して見当違いの方向に歩く。
白乃は最初戸惑っていたようだったが、やがて諦めたように後を追ってきた。
▽
「着いたぞ」
「千里さん。目の前には廃ビルしかないんですが」
「この廃ビルが目的地だからな」
「ええ……」
俺が頷くと、白乃がものすごく複雑な表情で俺を見てきた。
俺たちがやってきたのは路地裏を抜けた先にある廃墟だ。
五階建ての団地に見えるが、朽ち過ぎていて確信が持てない。
当然ながら人の気配は皆無。
心霊スポットと言われても納得してしまいそうだ。
「……ほ、本当にここに入るんですか」
「ああ。心配しなくても、幽霊なんか出ないぞ。懐中電灯だってきちんと持ってきたから何かにつまずいたりすることもないはずだ」
「そういうことではなく……」
白乃が躊躇うように視線を廃ビルに向ける。
「……私、暗いところ苦手なんですが」
……そういえばそうだった。
「じゃあ、こうしよう」
「へっ」
俺は白乃の手を取った。白乃が驚いたように俺を見るが、すぐに落ち着かなさそうに視線をさまよわせ始める。
「な、何ですか、これ。急に」
「前に停電になったとき、白乃はこれで落ち着いていなかったか?」
「……う」
以前、台風が来た日に我が家は停電に見舞われた。
暗闇が苦手な白乃はかなり怯えていたが、あの時はこうして一部でも触れているだけで気が紛れていたようだった。
「今回もそれでいこう。何があっても手は離さないから、それで安心してくれ」
「……」
言った内容を証明するように強く手を握ると、白乃はじと目を向けてきた。なぜだ。
「……千里さんって、本当にそういうこと素で言いますよね」
「何の話だ」
「そういうことなら、別にいいです。……ほんとに離さないでくださいね」
恐怖を紛らわせるためか、白乃がぎゅうと手を握り返してくる。
俺を見上げる白乃の顔は少し赤くなっていたようにも見えたが、周囲が暗いせいで確信は持てない。
俺たちは手をつないだまま廃ビルへと入っていった。
「ところで千里さん」
「どうした白乃」
「――ここに『立ち入り禁止』と書かれた看板があるんですが」
「文字がかすれて読めないから無効だ」
「何ですかその屁理屈……」
お読みいただきありがとうございます!