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7月20日(終業式)


『――というように、夏休みだからと過度に羽目を外しすぎるのは感心できません。高校生らしく節度を持って――』



「ふあぁ……」

「あくびをするなら少しくらい口を押さえたほうがいいと思うぞ信濃」


 いつも以上に長い校長先生のスピーチに隣の信濃が眠そうにしていたので、そう言っておく。


 まあ心境としては俺も信濃に同感ではある。


 夏休みを前に生徒たちの気を引き締めさせたいのはわかるが、もう少しこの『校長先生のお話』というものは短くならないものか……。


『――以上のことに気をつけて、良い夏休みを過ごしてください』


 校長先生がそう言って檀上から降りる。


 これをもって終業式は終了。


 つまり、夏休みの開幕である。





「いやーやっと来たね夏休みが! これでようやく退屈な授業から解放されるよ!」


 体育館から教室に戻る道中、信濃が伸びをしながらそんなことを言う。


「嬉しそうだな、信濃」

「当然だよ! 今年の夏は遊び倒すぞー、釣りにボウリング、ナイトプールにバーベキューに――」

「まあ、来年は受験勉強で忙しいだろうし今年遊んでおくのは正解だろうな」

「……千里。その単語はNGだから」

「すまん。悪気はなかった」


 信濃が虚ろな目をしている。

 来年に迫る受験生の生活は、信濃にとって目を逸らしておきたい事実のようだ。


「千里さん。ちょっといいですか」


 そんなことを話していると、後ろから呼び止められた。


「白乃? 珍しいな、学校で話しかけてくるのは」


 声をかけてきたのは白乃だ。近くには須磨や隠岐島の姿もある。


 目が合うと隠岐島は会釈で、須磨は「こ、こんにちはっ」と頭を下げてくる。

 俺も挨拶しておこう。


「こんにちは、須磨、隠岐島。それで白乃、どうかしたのか?」

「えっと……急なんですが、今日はクラスの打ち上げ? に参加することになったので」

「……打ち上げ?」

「はい。お昼も外で食べてくると思います。なので千里さんのぶんを用意できなさそうで……」

「いや、そんなことはいいんだが……」


 とある事情により、うちの高校は終業式の日に打ち上げを行うことが多い。

 クラス単位でファミレスやカラオケになだれ込むのは風物詩のようなものだ。


 だから白乃の所属するクラスが打ち上げを企画するのは何も不思議ではない。


 不思議ではないが――


「……その打ち上げには男子も来るのか?」

「千里。何だか年頃の娘を持ったお父さんみたいになってるよ」

「普通に来ると思いますよ。男女半々くらいだと聞きました」


 信濃の茶々を聞き流して白乃の言葉を吟味する。


 男女半々だと……?


「(……何か事情があるのか? 強引に誘われて断りづらかった、とか)」


 声をひそめて聞くと、白乃はふるふると首を横に振った。


「いえ、誘われたのはそうですけど、行くと決めたのは私の意思です」

「そうなのか」

「練習も兼ねてというか……いつまでも男子が苦手のままではいられませんし」


 むん、と小さな拳を握ってそんなことを言っている。


 白乃は父親の秋名誠のせいで男性恐怖症に陥っているが、それを克服する意思がある。


 打ち上げへの参加はその一環ということらしい。


「そういうことなら反対はしないが……」

「なので、お昼はよろしくお願いします」

「ああ、わかった。楽しんでくるといい」

「はい」


 白乃が「用件はそれだけです」と言い、信濃に会釈をしてから去っていく。須磨もその後に続く。


 さらにそこに隠岐島が続こうとしたところで、俺は慌てて隠岐島の手首をつかんだ。


「隠岐島、ちょっと話が」

「……っ!」


 隠岐島は相当驚いたようで、一瞬硬直してから俺の手を振り払い自分の手を抱き込んだ。


「な、何ですか急に」

「す、すまん。そんなに驚くとは思わなかった」


 いつも落ち着いている隠岐島がこんな大きな反応をするとは予想外だ。

 ……何となく罪悪感を覚えるな。

 隠岐島は警戒するような目で尋ねてくる。


「……話って何すか」

「打ち上げには隠岐島も行くのか?」

「行きますけど」


 俺は近くの信濃に聞こえないようにするため、隠岐島の耳元に口を寄せた。


「(……悪いが、打ち上げで白乃のことを見ていてやってくれないか。白乃は男子が苦手だから、何かあれば助けてやってほしい)」


 白乃は身内びいき抜きにしても美少女で、男子からの人気も高かったはずだ。

 この機会に言い寄ろうとする男子も多いに違いない。


 おまけに白乃はその自分の人気に気付いていない節がある。


 ……正直不安だ。


 隠岐島のような頭が良くて白乃と仲のいい人物がフォローに回ってくれるなら俺としても安心できる。


「……」

「隠岐島?」


 と、なぜか隠岐島が固まっている。よくよく見れば耳が少し赤くなっているような気もするが、一体なぜ。


「(……だから何でこうすぐ距離詰めてくるのよこの先輩は……)」

「……? 隠岐島、何か言ったか」

「何も言ってないですよシスコン先輩」


 すぐ下からじとっとした目を向けてくる隠岐島。なぜ少し怒っているような口調なんだ。


「別に、言われなくてもそうするつもりでしたよ。白乃が女子校育ちで男子苦手ってのは知ってますし」

「あ、ああ。そうだな。白乃は女子校育ちだからな」


 確か、白乃は男性恐怖症の件についてそう説明しているんだったか。


 いつかは本当のことについて話すのかもしれないし、言わないままかもしれない。


 まあ、そのあたりは白乃が決めることだ。俺から何か言うことはない。


「……何かぎこちなくないですか?」

「い、いや、そんなことはないぞ」

「用件それだけならもうアタシ行きますよ」

「悪いな。今度何か埋め合わせをする」

「……しなくていいです、それは。マジで」


 隠岐島はそう言い、妙に早足で去っていった。何だったんだ?


「驚いたよ千里。いつの間にあんなに凛ちゃんと仲良くなったの?」

「むしろ距離を取りたそうにされている気がするんだが……」


 何となく警戒されている気がしないでもない。


「それでこそ千里だよ」

「何の話だ」

「まあまあ。それより、昼食の予定がないなら一緒に食べに行かない? この前気になるお店を見つけたんだけど、一人じゃ何だし」


 そう信濃が誘ってくる。特に断る理由はない。


「ああ、わかった。行くよ」

「よしきた」


 そんなわけで俺の放課後の予定が決定した。

明けましておめでとうございます!

今年は少し更新速度を上げていきたいです。よろしくお願いします。

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