7月11日⑦
「それでそれでっ、お二人はどんな出会いだったんですか!」
「いや、あのですね……」
トイレから戻る途中、俺――神谷千里は通りかかった店長に捕まっていた。
何が面白いのか、俺と隠岐島について目を輝かせながら質問攻めにしてくる。
あまり深堀りされるとボロが出そうで困るんだが。
……と。
ガンッ! という音が店の奥から響いてきた。
まるでテーブルを蹴飛ばしたような音だった。
「「……」」
俺と店長は思わず顔を見合わせ、どちらともなく音のしたほうに向かっていく。
するとそこでは、隠岐島が大学生くらいの金髪男に肩を掴まれて絡まれているところだった。
周囲の客も戸惑っている様子で、今すぐ誰かが助けに入りそうでもない。
隣で店長が何か言いかけていたが、それより早く俺は金髪男に歩み寄ってその腕を掴み上げた。
「ん? 何――いでででっ!?」
「手を離せ。俺の後輩に何してる」
隠岐島の肩を掴んでいた金髪男の腕を引きはがし、金髪男を正面から睨みつける。
――というところで、時刻は現在に戻る。
「……先輩?」
隠岐島が呆然と俺を見上げた。よく見ると、肩のあたりの制服が皺になっている。
金髪男の手によほど強く掴まれていたらしい。
ではそのぶんは返しておく必要があるだろう。
俺は掴んだ金髪男の腕を握り潰す勢いで力を込めた。
「痛ぅっ……!? な、何すんだてめえ!」
「俺の台詞だ。お前はここで何をしていた?」
「うるせえ、離せっ!」
金髪男が暴れ出したので望み通り手を離してやると、金髪男はたたらを踏んで後退した。恨みがましい目で俺を見てくる。
そうこうしていると、横から小柄な人影が割って入ってくる。
「とりあえず、金髪のお兄さんはちょっと来てもらえますかー?」
店長は朗らかな笑みを浮かべて言った。
ああ、表情だけはにこにこしている。
だが何というかこれは――
「はぁ!? 行くわけねえだろ!」
「いいからつべこべ言ってないで来いっつってんですよ男女の営みを邪魔するゴミカス野郎が」
「!?」
これは凄まじい迫力だ。
どうやらこの金髪男の振る舞いは店長の逆鱗に触れたらしい。
小柄な体から尋常じゃない怒りが放出されている。
「ちょっとお話してきますけど、すぐに戻るのでちょっとだけお待ちいただけますか? そちらからもお話を聞きたいので……」
「……わかりました」
「はな、放せってチビ女――力強ぇな!? 何だよこいつ!」
去り際、隠岐島とそんなやり取りをしてから店長は金髪男を店の裏に連行していった。
後には俺と、呆気にとられたままの隠岐島が残される。
「まあ、待てと言われたら待つしかないか」
「……そっすね」
「何があったのか聞かせてもらえるか?」
「……はい」
席に戻りつつ俺が尋ねると、隠岐島はぽつぽつと語り出した。
金髪男が周囲の客に迷惑をかけるほどうるさくしていたこと。
それを隠岐島が呟いたら、金髪男に聞かれて絡まれたこと。
テーブルを蹴られ、肩を掴まれて脅されたこと。
「……なるほどな」
ITuber? というのが何かはよくわからんが、大体想像通りの内容だった。
要は迷惑行為を指摘したら逆上された、ということだろう。
「ほんとどうかしてますよアイツ。何言っても話通じないし、いきなりテーブル蹴飛ばしてくるし。何考えて生きてんですかね」
話しているうちに苛立ちが再燃してきたようで、隠岐島はそう吐き捨ててくる。
うーむ。
……う――む。
「隠岐島」
「何すか……いたっ」
手招きし、わずかに身を乗り出してきた隠岐島の額に軽くチョップを打ち込んでおく。
俺の行動が予想外だったようで隠岐島が目を白黒させている。
「な、何すんですか」
「……余計な世話だとは思うが、今から説教をする」
「せ、説教?」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりに隠岐島が目を細める。
俺はそれをまっすぐ受け止めて言った。
「悪いのはさっきの金髪男だ。それは間違いない。だが、絡まれた原因は隠岐島にもある」
「……は? 何でですか」
「相手への文句を口に出したからだ。隠岐島が金髪男を無視していれば絡まれずに済んだ」
納得いかないというように隠岐島が反論してくる。
「アタシが我慢しなきゃいけなかったんですか? 悪いのは向こうなのに?」
「そうだ。世の中には理屈が通じない相手もいる。そういう輩に真っ当な指摘をするのは逆効果だ。逆上して、攻撃してくる可能性がある」
「……」
ぐ、と隠岐島が黙り込む。
まさについさっきそうなったばかりだ。反論などできるはずもない。
「ましてや隠岐島は女だ。男相手に噛みつくのは危険すぎる」
「……それは、そうですけど」
ぼそりと隠岐島が呟く。拗ねたように口元を曲げて視線はテーブルに落としている。
隠岐島は納得したようだが、それでも感情は別らしい。
反論代わりに、不手腐れた口調でこんなことを言ってくる。
「……先輩って暑苦しいですよね。急に説教とか」
「茶化すな。俺は心配して言ってるんだ」
「わかってますよ。『白乃の友人だから』ですよね」
どこか投げやりに言ってくる隠岐島に、俺は眉をひそめた。
「違う」
「え?」
「白乃の友人であるとかは関係なく、俺は隠岐島を気に入ってるんだ。大事な後輩を心配するのはそんなに不思議か」
俺が言うと、隠岐島は呆けたように目を瞬かせた。
実際、俺は隠岐島のことを結構気に入っている。遠慮しないから話しやすいし、口は悪いが友人想いなのも伝わってくる。勉強ができて話も合う。
白乃の友人であることを抜きにしても、隠岐島は好ましい人柄だと思っている。
「や、その」
と、なぜか隠岐島がそわそわしだした。視線をさまよわせ、横を向いてしまう。
「……そっすか」
「ああ、そうだ。だから今回みたいなことはこれっきりにしてくれ」
俺がそう締めくくると、隠岐島はそれ以上何も言ってこなかった。
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