7月11日⑥
※本日二度目の更新です。ご注意を!
決して大きな声ではなかった隠岐島の呟きが店内に響いた。
それはその場にいた人間には際立って聞こえたことだろう。
「ん? んー、ちょっと失礼」
金髪男がスマホをテーブルに置いたまま隠岐島のほうにすたすた歩いてくる。
「ねえねえキミ、さっき『うざい』って言った? それもしかして俺のこと?」
相手は髪の色を抜いた年上らしき若い男。
並みの女子高生なら委縮するであろう相手に対して、隠岐島は露骨に面倒臭そうに応じた。
「そうっすけど。それが?」
「いや……いや、いや」
隠岐島の冷めたリアクションに金髪男は戸惑いつつも、すぐに気を取り直して続ける。
「あのさ。見てわかんない? 俺ITuberなんだよね。今のも仕事の一つなわけ。収入がかかってんの。だから――」
「いや、そういうのいいんで。静かにしてもらえます?」
隠岐島の口調はもう虫でも払うかのようだった。
「は? 何で? そんなん俺の勝手でしょ。俺も客なんだし」
「それ言ったらアタシらも客ですよ。全員同じ立場なのに、あんただけぎゃーぎゃー騒いで迷惑かけていい道理はないでしょ」
「……いや、だから」
「あんまうるさいと店員呼びますよ」
ぴしゃりと言って金髪男を黙らせにかかる。
「……はー」
隠岐島の言葉は正論だった。反論の隙などなかった。
金髪男は息を吐き、顔から表情を消失させる。
次の瞬間。
金髪男は無造作に足を振り上げ――ガンッ! と隠岐島の座るテーブルの天板を蹴飛ばした。
テーブルは床に接着されているため吹き飛んだりはしなかったが、ぎしぎしと悲鳴を上げている。相当力を入れて蹴ったのだろう。
さすがにぎょっとして隠岐島が視線を上げた。
「な……何を」
「ん? あーごめんごめん。うっかり足当たっちゃったわ」
「うっかりって……」
へらへら笑って金髪男がそんなことを言う。
どう考えてもそんなのは嘘に決まっている。周囲からの注目が集まったのがわかった。
金髪男は薄ら笑いを浮かべたまま、ぽん、と隠岐島の肩に馴れ馴れしく手を置いてくる。
「まあほら、今のは偶然だし気にしないで。でもまあ、次なんか言われたらうっかりキミのかわいい顔ぶん殴っちゃうかもしれないけど」
「……は? それ脅し?」
「人聞き悪いなあ、脅したりしてないって。お願いだよ。ね?」
「痛っ――」
肩に置かれた手に力が込められ、隠岐島は表情を歪めた。
咄嗟に振り払おうとしたが金髪男の手は微動だにしない。
「ほら、仲直りしよっか? 『年上のおにーさんに生意気言ってごめんなさい』って言おう?」
金髪男の声は薄気味悪いくらいの猫なで声だったが、隠岐島が反論でもすれば即座に手を出してきそうな不気味さがあった。
(……何、こいつ)
隠岐島は内心で唖然とした。
意味がわからない。
大前提として、正しいのは隠岐島だ。金髪男が店内で騒いだのも、テーブルを蹴飛ばしたり隠岐島に掴みかかってきたのも明確な迷惑行為だ。
このうえ暴力まで振るえば警察沙汰もあり得る。
それなのに、どうしてこの男は手を引かないのか。
思い通りにいかない――正しいのは自分のはずなのに。
「ほらぁ、聞こえない? 早く言いなって」
隠岐島が黙り込んで気分をよくしたのか、金髪男がいたぶるように言葉を重ねる。
いよいよ隠岐島が焦り始めたあたりで足音が響いた。
店の奥から歩み寄ってきた人影が、金髪男の腕を掴んで捻り上げる。
「ん? 何――いでででっ!?」
「手を離せ。俺の後輩に何してる」
神谷千里。
隠岐島の先輩にして友人の兄である彼は、明確に怒気をこめてそう言った。
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