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7月11日➄


 さて、恋人限定の新作ケーキはいかなるものか。



 それは多層に分けられたココアシフォンケーキに色鮮やかなベリー類が盛り付けられ、さらにたっぷりのコーヒークリームが用いられた贅沢極まりない一品だった。


 派手な見た目ながらどこか大人びた気品も感じさせる。


「美味い……」

「コーヒー味のクリームとか初めてですけど、甘すぎなくていいっすね」


 フォークを動かしながら隠岐島と感想を言い合う。


 このケーキの素晴らしいところはいくらでもあるが、隠岐島の言う通り単なる生クリームではなくコーヒー風味にしてあることを特筆したい。


 甘いものとコーヒー。最高の組み合わせだ。今の俺は世界一幸せだ。


 わざわざ隠岐島に付き合ってもらった甲斐があったな……。


「美味かった……」

「語彙力死んでますよ先輩。美味しかったのは同感ですけど」


 食べ終えて満足げな吐息を漏らすと隠岐島が呆れたような笑みを浮かべた。


 一緒に頼んだブレンドコーヒーを飲みながら尋ねる。


「付き合わせて悪かったな」

「まあ罰ゲームなんで別に。結構楽しかったですよ。先輩の慌てる顔見られましたし」


 そんなことを言って隠岐島はにやっと笑う。後輩が悪戯好きで困る。


 俺は咳ばらいをして話題を無理やり流す。


「あー、もう一つくらい何か頼んでおくか? 今更だが、支払いは俺が持つから気にせず頼んでくれていいぞ」


 罰ゲーム云々はともかく、さすがに俺の都合に付き合わせたわけだし、少しくらい甲斐性を見せておくべきだろう。


「や、さすがにもう十分です。でも奢りは嬉しいですありがとうございます」


 隠岐島が頭を下げつつそんなことを言ってくる。


 奢りをあっさり受け入れてくれるあたり素直でいい。


「じゃあ、飲み物がなくなったら出るか。先に手洗いを済ませてくる」

「りょーかいっす」


 俺は隠岐島に見送られて席を立った。





 隠岐島凛は、同席者が通路の奥に消えていったのを見届けてから溜め息を吐いた。


「……何やってんのかしらね、アタシは」


 隠岐島の脳裏にあるのは、さっきまで向かいの席に座っていた神谷千里のことだ。


 千里は友人である須磨みくりが気にしている相手である。

 ついでに白乃のほうも最近は怪しい部分がある。


 対して隠岐島にとって千里は単なる学校の先輩だ。恋愛感情は一切ない。


 本当に、なぜよりによって自分なのか。


 罰ゲームでなければ白乃か須磨にこの席を代わってやりたかった。


(……ほんと、今日のことは絶対にあの二人には言えないわね)


 隠岐島がそんな決意を新たにしていると――



「――はい、というわけで今日はこの『森のケーキ屋さん』で食レポやっていきたいと思いまーすイェー!」



 ぱちぱちぱち、という白々しい拍手とともになんか聞こえてきた。


 何だ何だと思って隠岐島が振り向くと、少し離れた席で金髪の大学生くらいの男がスタンドに立てたスマホに向かって一人で何か喋っている。


 ビデオ通話でもしているように見えるがどうもそんな様子ではない。


 何だっけあれ、と隠岐島は考える。


(ユーチュー……じゃなくて、ああアレだ。ITuber)


 ITube、という名前の動画サイトに投稿している人間のことをITuberと呼ぶ。

 金髪の男性の喋り方は、以前須磨が見せてくれた動画に映っていたITuberに通じるものがあった。


 ITuberの投稿する動画は多種多様だが、須磨の見せてくれた動画は化粧品の紹介や食レポ系が多かった気がする。


 まさか本当に遭遇するとは思わなかったー、と思いつつもそれ以上の興味は抱けず、隠岐島は窓の外を見て千里が戻ってくるまで待つ姿勢に戻る。


 ……が、


「――うっわーこれヤバ! ヤバすぎてやぱたにえんだわーいやこれ古い? 古いかな? まあね、そんなめんどくさいこと言い出すやつはうちのチャンネルにはもういないでしょー。もうね、このくらいでいちいち突っ込んでたらキリないからね。もうみんな覚えてくれ、すまんっ」


「…………、」


「いやもうほんとごめんね? やっぱほら、ITuberとしてやってく以上はほらノリが大事みたいなとこあるからあんまり細かく気にしてたらやってらんないよねっていうか。まあ気を取り直してやっていくわけなんですけど」


 喋る。あのITuber風の金髪男があまりにもよく喋る。


 一人でスマホ相手によくあんなに喋れるなと感心しつつ、一方で、店内の空気が徐々に冷めていくのが隠岐島には感じ取れた。


 端的に言って相当うるさい。

 スマホがちゃんと音を拾えるように意図的にそうしているのかもしれないが。


『ねえ、そろそろ……』

『……ああ、出ようか』


 金髪男が座っているすぐ近くの席の客が立ち上がり、その場を後にした。


 それまで楽しく談笑していた二人組だ。その原因が大声で喋り倒す金髪男にあるのは明白だった。


「……」


 隠岐島は特に気にしないつもりだったが、かつかつと指でテーブルをついてしまう。


 なおも金髪男の喋り声は続く。


「そんでこれ、新商品! やっぱ夏だから果物が美味しいんすよ。やっぱ。特にこの店……えっと、名前なんだっけ? いやーごめん最近物忘れが激しくてさ。いや誰が年やねん! まだ若いわ! 大学生だわ! なんて話もしつつですね、ああ『森のケーキ屋さん』ね。まあ、なんかファンシーな名前ですけど(笑)」


 延々続くおしゃべりに、隠岐島は何の気なしに呟いた。


「……うっざ」


 ただの偶然。


 隠岐島が口を開いたタイミングでたまたま金髪男のおしゃべりが止んでいた。

お読みいただきありがとうございます!

文字数が何となく多い気がしたので分割。

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