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7月9日④


「お、美味しい……!」


 焼き上がったピザを一切れ食べ終えた白乃が、どこか感動したように言った。


「千里さん、すごく美味しいですよこれっ」

「そうか。それならよかった」


 目を輝かせる白乃に、俺は苦笑交じりでそう応じた。


 ピザが焼き上がったので現在は夕食の時間である。

 作ったのはよくあるトマトソースとチーズのものと、じゃがいもやベーコンにマヨネーズで味付けしたものだ。


 どちらも美味いが、特にトマトソースを使ったほうは生トマトから手作りしただけあって味の印象がずいぶん違う。こちらは甘みが強く爽やかな酸味がある。


「これなら母さんや充さんも喜んでくれそうです」

「そうだな」


 まあ、あの二人は白乃が作ってくれたものなら何でも喜びそうな気はするが。


 白乃は次はどちらのピザを食べようかと視線をさまよわせながらこんなことを呟く。


「ピザってあまり食べたことなかったんですが、こんなに美味しいならまた作ってみたいですね……。具材ももっと工夫の余地がありそうです」


 どうやら白乃は手作りピザをいたく気に入ったようだ。


 手伝った身としては嬉しい限りである。


 その後しばらく、俺たちは会話もそこそこに焼き立てピザに舌鼓を打った。





「……洗い物まで手伝わなくていいんだぞ、白乃」

「いえ。料理を手伝ってもらったんですから、千里さんの担当を私が手伝うのは当然だと思います」


 キッチンの水場に立って作業する俺に、隣から白乃が毅然とそう答えた。


 いや、まあ白乃がいいならいいんだがな。


 夕食を終えたあと、俺たちはキッチンで食後の片づけをしている。

 普段なら洗い物だの食器の片づけだのは俺の仕事だが、今日は白乃が手伝うと言って聞かなかった。


 白乃の担当である料理を俺が手伝ったお返しということらしい。


 特に断る理由もないので、俺は食器洗い、白乃は片付けという分担で手を動かしている。


「~♪」


 隣からは白乃の鼻歌が聞こえてくる。


 少し珍しく思って、俺はふとこんなことを言った。


「今日の白乃は機嫌がいいな」

「そ、そう見えますか」

「ああ」


 食器を拭きながら鼻歌を鳴らしていることもそうだが、ピザを作っているときも、夕食のときも、普段よりテンションが高かったように思える。


 白乃は普段クールというか、落ち着いた振る舞いが多いので、今日のような様子はあまり見た記憶がない。


 俺の言葉に、白乃は小さく頷く。


「そうですね。そうかもしれません」

「そんなにピザが気に入ったのか?」

「それもありますけど……」


 白乃はちらりと上目遣いに俺を見て、言うかどうか迷うような素振りを見せる。


「……どうした?」

「いえ、あの、えっとですね」


 どうも白乃の歯切れが悪い。


 白乃はしばらく言いにくそうにしていたが、やがて意を決したようにこんなことを言った。


「……千里さんと一緒に料理ができたのが、嬉しかったといいますか」

「……は?」


 予想外の言葉に思わず固まる。白乃は「へ、変な意味ではないんです」と慌てたように手を横に振って言葉を続けた。


「昔から、私は家で一人でいることが多くて……母さんも、仕事で忙しかったですし」

「……ああ」

「別につらくはなかったんですけど、たまに寂しいと思うこともあって。でも、一生懸命働いてくれてる母さんに『一緒にいてください』なんて言えないじゃないですか」


 白乃はかつて秋名誠と暮らしていたときも今も、両親が共働きの家庭で過ごしている。


 家事万能にしてしっかり者の白乃だ。

 家にひとりでも、一見問題なさそうに思える。


 けれど本当に問題がないかどうかは当人である白乃しかわからない。


「この家に来てからは、夕飯のときは千里さんが一緒にいてくれます。けどそれ以外はひとりで過ごすことが多いですし……」


 うっすら落ち込むように声を沈ませる白乃。


 確かに俺は帰ってくると食事のとき以外勉強ばかりしているので、白乃と触れ合う時間はほとんどなかった。


「……すまん。気が回っていなかったな」

「い、いえ、千里さんは悪くありません。こんなの私のわがままです。それに、前はあんなに冷たく当たっておいて今更そんなの都合が良すぎるって、自分でも思いますし」


 首をぶんぶん振って白乃がそんなことを言ってくる。


 あの態度は男性恐怖症のせいだったわけだし、別に気にしなくていいと思うが。


 わずかに生まれた沈黙を破るように白乃は言葉を続けた。


「ですから、今日は楽しかったです。夕飯作りの間も千里さんがそばにいてくれて、たくさん話してくれました」


 照れくさそうにはにかんで、そんなことを言う。


「そ、そうか」

「はい」


 にこりと笑う白乃はどこまでも自然体だった。


 その無防備な仕草が俺への信頼を伝えてくるようでむず痒い気持ちになる。


「だから、その」


 白乃はしばし口を閉ざしたあと、水けを拭いていた食器を持ち上げて口元を隠した。恥じ入るように顔を赤くして、遠慮がちに俺を見上げてくる。


「これからも……たまに、構ってくれたら嬉しい、です」

「――、」


 うぐ、と息を詰めた。


 上目遣いにねだってくる白乃はどうしようもなく可愛かった。子供が大好きな親の裾を引くような、控えめな信頼の表れ。


 甘えてくれているのだと思う。

 家族として、義兄(あに)である俺を頼ってくれている。


(……自覚は、ないんだろうな)


 白乃は誰が見てもそう思うほどの美人だ。

 落ち着いていて、大人びていて、誰かに頼ることなどほとんどない。


 そんな白乃が俺にだけ素直に甘えてくるという状況が、否応なく心臓を跳ねさせてくる。


 俺は自制心を働かせて平静を取り戻さなくてはならなかった。


 そうしなければ、白乃の頭でも撫でていたかもしれない。


「?」


 白乃は俺の様子に首を傾げている。自分がどれだけ可愛らしいのかなんて、おそらく白乃は気付いてもいないんだろう。


 そうでなければこうまで無防備に接してきたりしない。


 『一緒にいたい』なんて殺し文句もいいところだ。家族として一線を引いている俺でさえ、心を揺さぶられてしまうほどに。


「どうかしたんですか、千里さん」

「い、いや、何でもない。……とりあえず、もう少し話す時間を取るか。夕飯のときだけでなく」

「はいっ」


 俺のたどたどしい提案に、白乃は心から嬉しそうな笑みを浮かべた。


 そのまま機嫌よく食器の片づけを再開する白乃を横目で見ながら、俺は息を吐く。


 かつて俺は白乃に嫌われていたとき、白乃と接するのは難しいと嘆いていた。


 今思えばとんでもない間違いだ。



 ――白乃は、こちらを信頼してくれている今のほうがよっぽど心臓に悪い。



 さっき白乃が浮かべたあどけない笑みを思い出して、俺はしみじみとそう思った。

お読みいただきありがとうございます!


しっかりしていそうで実はそこまでしっかりしていない義妹(ラー油?)

千里に対しては徐々に素を見せるようになりつつあるようです。

……普段はクールなのに、二人になると甘えてくる女の子って反則ですよね。



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作者が泣いて喜んで続きを書きます。

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[一言] 俗に言うクーデレってやつですねっ! ラー油......
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