6月21日⑤
「……では、四回戦はじめ」
とりあえず合図を出す。すると例によって一斉に問題に取り掛かる白乃、須磨、隠岐島。
その様子を眺めていると、隣から信濃が話しかけてきた。
「かわいいねえ、三人とも」
「何だ急に? ……まあ、三人とも美人なのはその通りだと思うが」
人間離れした美貌を持つ白乃はもとより、須磨は親しみやすい雰囲気の、隠岐島は大人びた容貌の美少女だ。信濃の評価は妥当だが、そんなのは今更だろうに。
「「……っ」」
がたがたっ、となぜか須磨と白乃のほうから動揺したような気配が伝わってくる。何だ?
「というか信濃、お前は自分の勉強があるだろう」
「わかってるよ。うんうん、それにしても面白いなあ。相席を持ち掛けた甲斐があったよ」
一体何の話だろう。
それきり信濃は大人しく勉強に戻った。しばらくペンが動く擦過音だけが響く。
やがてその一つが止まり――
「できました」
そう言って手を挙げたのは白乃だった。隣では僅差だったらしい須磨が「負けたぁ……」と参考書に突っ伏している。
「白乃の勝ちだな。それじゃあ、何か質問はあるか?」
「そうですね……」
白乃は少し迷ったようだが、意を決したように俺を見た。
「これは単なる興味本位で、それ以外の意味合いはまったくないんですが」
「あ、ああ」
何だ? 白乃は何を聞いてくるつもりなんだ?
「千里さんは、今まで誰かに告白をしたことはありますか?」
白乃の質問に俺は目を瞬かせた。
誰かに告白。……俺が?
「恋愛的な意味合いでか?」
「恋愛的な意味合いです」
「……」
そうきたか。
「ブフッ、くっ、くくっ……」
「……信濃」
「やあ、ごめんごめん。悪気はないんだけど」
俺の隣では信濃が耐え切れないというように噴き出している。この男、他人事だからと完全に楽しんでいるな。
「というか白乃、質問は『誰かに告白されたことは』じゃなくて、『したことは』でいいの?」
「そっちは特に……千里さんが告白されたことあるかどうかなんて、聞かなくても見当がつきますし」
「あー……」
白乃の返事に隠岐島が意味ありげな視線を送ってくる。
俺が女子に告白されたかどうかが聞かなくてもわかるというのは、つまり俺が女子に人気があるわけがない、という意味だろう。
正直忸怩たる思いだが、今どきの若者らしくない自覚はある。甘んじて受け入れよう。
さて、この質問には黙秘権はもう使えない。最初に使ってしまったからな。
つまり正直に答えるしかないわけだ。
特に隠すほどのことでもないし、さっさと答えてしまおう。
俺は誰かに恋愛的な意味で告白したことがあるか、だったか。その答えは――
「ある」
「「「……えっ」」」
白乃、須磨、隠岐島が落雷に撃たれたような顔で一様に固まった。
「こっ……告白したことが、あるんですか……? 千里さんが?」
白乃が信じられないとばかりに言ってくる。ちなみに須磨は唖然として硬直しており、隠岐島も面白いことを聞いたと言わんばかりに目を輝かせている。
「そんなに驚くことはないだろう。俺だって普通の男子高校生だぞ」
「そうですね。千里さんが普通の男子高校生だったらこんなに驚かなかったんですが……」
暗に俺は普通の範疇から逸脱していると言われている気がする。
「せっ、せせせせせ先輩が誰かに告白したことがあるんですか!? どんな人だったんですか!?」
再起動した須磨が勢い込んで尋ねてくる。
「悪いがそこまでは言わないぞ。さっきの質問にはなかったからな」
「なら今からもう一度やりましょう! 今度はあたしが一位取ります!」
「やる気があるのは結構だが、それもなしだ。さっきので最後と言っただろう」
「……むぅぅ……」
須磨は不満そうに唸るが、残念ながらこれ以上は帰りが遅くなってしまう。白乃には夕飯を作る役目があるし、時間的にそろそろ限度だ。
「ちなみに信濃先輩はそのことについて知ってたりします?」
「まあねー。けど、言うと千里に怒られそうだから内緒かな」
「チッ。……意外とガード固いですね」
隠岐島のほうは信濃に詳細を聞いているが、信濃は律儀に黙秘してくれていた。あまり言いふらしたい話ではないので、正直ありがたい。
「俺と白乃は帰るが、三人はどうする?」
「うー……残ります。まだあんまり勉強進んでませんし……」
「アタシも残ります」
帰りながら尋ねると、須磨と隠岐島はそんな返答だった。どうやら二人はまだ勉強をしていくようだ。
信濃はそんな二人に爽やかな笑みを向けた。
「それじゃあボクも残ろうかなー。可愛い女の子二人を置いて帰ったりできないからね!」
「はは、信濃先輩うざいっすね」
「……、」
おお、信濃が胸を押さえてテーブルに突っ伏した。見事な一刀両断だ。
「り、凛ちゃん言葉が鋭すぎない……? ボク、女の子にそんなばっさり切り捨てられたの初めてなんだけど……」
「すみません。口が滑りました」
「それはもう本音だって言ってるようなものじゃないか……」
信濃が表情を引きつらせて固まっている。どうでもいいが、普段から女子には人気があるだけに暴言には耐性がないのがこの男の特徴だったりする。
ともあれ、信濃も残るらしい。なら出るのは俺と白乃だけか。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
「お先に失礼します、皆さん」
俺と白乃は金をテーブルに残し、そのまま店を出た。
「……少し、疲れました」
帰り道。
白乃は緊張が解けたように小さく息を吐いた。
「よく頑張ったな。信濃にも積極的に話しかけていたようだし」
「自分から言い出したことですから。それに、早く男性恐怖症は克服したいので」
決意に満ちた目で白乃はそんなことを言う。
信濃との相席を受け入れた時にはどうなることかと思ったが、このぶんなら心配は無用だったかもしれない。
「あまり無理はするなよ」
「平気です。自分のことは自分で一番よくわかっていますから」
「それならいいが」
「はい。……それより、ですね」
「ん?」
何か言いたそうに白乃はちらちらと俺に視線を送ってきている。何だ?
「さっきの話なんですが。その、千里さんが告白したって」
「……またその話か」
俺が苦笑交じりに言うと、焦ったように白乃は首を横に振った。
「すみません。千里さんを困らせたいわけではないんです。ですが……」
「気になるのか」
「……はい。千里さんがどんな人のことを好きになったのか、気になります」
白乃の瞳は面白がるような気配はなく、ただまっすぐ俺を見ている。
静かだが、真剣な雰囲気だ。なぜそんなに俺の恋愛話なんかが気になるのかは正直まったくわからないが、遊び半分の質問でないことは伝わってくる。
「まあ、別に話すのは構わないが」
「ほ、本当ですか」
「ああ。――そいつはもういないからな」
俺の言葉に、「え」と白乃は息を詰まらせた。
その反応を見て俺は慌てて修正する。
「すまん、言い方が悪かった。転校したんだ。もう一年前のことになるがな」
「転校……そうだったんですか」
「ああ」
「どんな人だったんですか?」
どこか緊張したような面持ちで白乃が尋ねてくる。
「そうだな……」
俺は少し考えて一年前の記憶を呼び起こす。
「まあ、明るいやつだったな。よく笑って、よく喋るやつだった」
「明るい……よく笑う……」
「イベントが好きで学校行事の時は特に張り切っていたな。文化祭なんかはクラスの中心になって色々頑張っていた」
「クラスの中心……」
白乃がなぜか俺の言葉を反復し、表情を曇らせている。
「……どうした?」
「いえ、どうというわけでも。ただ、私とは正反対の人物だったんだなあと」
「ああ、言われてみればそうかもしれないな」
一年近くも会っていない懐かしい人物の顔を思い出す。うん、確かにあいつは落ち着いた雰囲気の白乃とは似ても似つかないような性格だった。
「……そうですか」
俺が頷くと、白乃はふいと視線を前に戻した。
「変なことを聞いてすみません。帰りましょう」
「ああ、別に構わな――待て白乃。なぜそんなに早足なんだ」
固く唇を引き結び、白乃はすたすた歩いて行ってしまう。
まるで何か嫌なことでもあったような反応だ。しかしなぜ白乃がそんな気分になったのかわからない。
前方から何事か呟くような声が聞こえてくる。
「(理解できません……。千里さんの好みなんて私には関係ないのに、何でこんなにもやもやした気分になるんですか)」
「? 白乃、何か言ったか」
「何も言っていません」
その後白乃は、家に帰るまでなぜか俺と視線を合わせてくれなかった。
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