6月21日④
「り、凛っ、何てこと聞くかなあ!」
「え? だって気になるじゃない。先輩の女関係」
「それなら他に聞き方があるよね!? ど、どう……とか、いきなり言わないでよ!」
須磨が隠岐島に抗議している。残念ながら俺から隠岐島にフォローはできない。
「それにしても、まさかいきなり黙秘権を使われるなんて思いませんでした」
「使うに決まっているだろう……」
俺が答えていたらどんな空気になっていたと思っているんだ。
それに、この場には白乃がいる。白乃が男性恐怖症になった経緯を考えると、会話をあまりそういった方向に持っていきたくない。
「悪いが、その手の質問はなしだ。次からはもう少し加減してくれ」
「はーい。……まあ黙秘権は使わせたし十分ね」
「聞こえてるぞ隠岐島」
油断も隙もないな。頭の切れるやつはこれだから困る。
「二回戦の前に――隠岐島、少しハンデをつけても構わないか」
「アタシですか?」
さっきの様子を見たところ、隠岐島は突出して問題を解くスピードが速すぎる。これでは勝負にならない。
隠岐島もそのあたりは理解していたのか、あっさり応じた。
「わかりました。具体的にはどうしますか?」
「そうだな……悪いが、解く問題の量を増やしてもらうか。一ページ半くらいでちょうどいいだろう」
「了解です」
というわけでルール調整も完了。
「それじゃあ二回戦、始めてくれ」
俺の合図とともに二戦目が開始される。
隠岐島にハンデをつけたことによりある程度進行スピードが拮抗している。これなら勝負になるだろう。
勉強が苦手な須磨が不利な気もしたが、なぜか一番やる気になっているのが彼女だ。
一回戦とは違いかなり健闘している。一体何が須磨をそこまで奮い立たせているんだろう。……勝負ごとには負けたくない、というスポーツ女子の性とかだろうか。
さて、二回戦の結果だが。
「できましたっ」
白乃の勝利。須磨は八割、恐ろしいことに隠岐島もそのくらいだった。
いい感じに勝負が成立しているな。これ以上の調整は必要なさそうだ。
「それじゃあ白乃、俺に何か聞きたいことはあるか?」
白乃ならさっきの隠岐島のような答えにくい質問はしてこないだろう。正直少し安心している。
「……えっと」
白乃は口を開きかけて、言いにくそうに視線をさまよわせる。何かを迷っているような仕草だ。
「聞きたいことがないならなしでもいいぞ?」
「いえ、あります」
「ほう」
白乃が俺に聞きたいこと。一体何だろう。
「千里さんは、その、す――」
「す?」
「……す、」
聞き返すと、なぜか白乃の顔が薄く紅潮していく。そんなに聞きにくいことを聞くつもりなのか。
「好きな……き、季節はなんですか?」
「……季節?」
「季節です」
不自然なくらいきっぱりと断言される。
やたら言いにくそうにしていたから身構えていたが、そんなことか。
「冬だな」
「……そうですか」
何やら打ちひしがれたような声で相槌を打つ白乃。
「もしかしてだけど、白乃って案外ヘタレだったりする?」
「……放っておいてください」
心なしか白乃が落ち込んでいるように見える。どうしたんだろう。
「どんどん行くぞ。三回戦だ。始め」
三度目の勝負の合図を出す。再び問題集に立ち向かう参加者三人。
待っている間することがなかったので、時計を確認しておく。……十七時過ぎか。白乃は夕飯の支度もあるわけだし、キリのいいタイミングを見つけて帰った方が良さそうだ。
「で、できましたぁ!」
そんなことを考えているうちに三回戦が終了。
高々と手を挙げているのは、まさかの須磨だった。本気で問題集に取り組んだ影響か、頬を紅潮させてふすふすと鼻息を荒げている。
それにしても須磨が勝つとは……。
隠岐島にはハンデがあるとはいえ、これは快挙と言えるだろう。
「それじゃあ須磨、俺に何か質問は」
「――先輩の好みのタイプを教えてくださいっ」
食い気味でそう尋ねられた。
「好みのタイプ……? それは女性の、という意味でか?」
「はい!」
これは予想外の質問だ――と思ったが、相手は花の高一女子だ。恋愛方面のネタは興味の対象なんだろう。正直、俺の好みなんて聞いてどうするのかは不明だが。
さて、恋愛対象として好みのタイプか。あまり深く考えたことはないんだが。
……ん?
「……」
「白乃、俺の顔に何かついているか」
「い、いえ別に。そういうわけではないんですが」
なぜか白乃が俺を食い入るように見ていたが、俺が視線を向けるとすぐに逸らしてしまった。どういう反応なんだそれは。
「で、先輩。どういうのが好みなんですか?」
にやにや笑いの隠岐島に急かされ、少し考えてみる。
「正直、これといって思いつかないが……そうだな。しいて言えば、何かに打ち込んでいたり、家庭的な一面があったりするとぐっとくるんじゃないか?」
努力家な人間は尊敬できるし、エプロンの似合う美人に甲斐甲斐しく世話を焼かれたいというのは男子なら誰でも持っている願望だろう。
「何かに打ち込んでる……」
「家庭的、ですか……」
なぜか須磨と白乃が小さく呟き俯いてしまう。
「隠岐島。俺は何か変わったことを言ったか」
「変わったことっていうか絶妙っていうか……これでわざとじゃなさそうなのがまた……」
隠岐島が呆れたような視線を送ってくる。何の話だ?
気のせいか、須磨と白乃の髪の隙間から覗く頬がそれぞれ赤く染まっている。が、あまり深く考えるとよくない気がしたので見なかったことにしておく。
気まずい空気を切り替えるように俺は咳ばらいをする。
「ま、まあ、これで三回戦は終了だ。次に行くとしよう」
「……あ、千里さん。それなんですけど、そろそろ時間が」
白乃がまだうっすら赤い顔のまま、小さく手を挙げる。白乃が言わんとすることは何となく察せたので先んじて応じる。
「ああ、そろそろ俺と白乃は帰らないといけない。というわけで、次の勝負で最後にしようと思うんだが構わないか? ……何なら三回戦で終わりにしても」
「次に行きましょう!」
「今度は簡単には負けないわよ」
須磨と隠岐島が準備万端とばかりにペンを構えている。勉強会だから勉強に対してやる気があるのはいいことのはずなのに、なぜか微妙に歓迎できない。
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もう一話更新します。