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6月21日③


 俺は問題解説の続きを説明していく。俺のすぐそばで須磨はずっと緊張していたようだが、最後まで教えるとどうやら理解できたようだった。


「……と、まあ大体こんな感じだ。何か質問はあるか?」

「大丈夫です! よくわかりました!」


 元気のいい言葉が返ってくる。それは何よりだ。


「先輩って頭いいだけじゃなくて教えるのもうまいんですね……! すごいです!」


 心なしか視線をきらきらさせながら須磨がそう持ち上げてくる。こうまでストレートに褒められると悪い気はしない。


「まあ、去年から人に教える機会が多かったからな。そこの信濃とか」

「そうだったんですね」

「みくり、アンタ他の教科も先輩に教えてもらったら? 勉強ド苦手なんだし」

「う……」


 自分も問題集を解きながらの隠岐島の言葉に、須磨がうっと息を詰まらせる。


「須磨は勉強が苦手なのか?」

「そりゃもう。中間試験とか半分くらい補習食らってましたよ」

「そ、そうなのか……」


 なかなか悲惨な結果だ。視線を向けると、須磨は居心地悪そうに肩を小さくしている。


 うちの高校はいわゆる進学校だ。そのため試験は問題の難易度が高く出題範囲も広い。教師の意向によっては大学レベルの問題を何の前触れもなく出されたりするほどだ。


 とはいえ須磨もうちの学生であるからには、それなりに勉強はできるはずなんだが……


「あたし、スポーツ推薦で入ったので勉強あんまり得意じゃなくて……」

「スポーツ推薦? それは凄いな」


 確かにそれなら試験内容は一般入試とは異なりやや簡単になる。だが、中学の部活動でかなりの成績を残していないと合格はできなかったはずだ。


「ちなみに何の部活だったんだ?」

「軟式テニスです」


 そう言って須磨はテーブルの下に置いていたラケットバッグを持ち上げてみせる。須磨がテニス……うまく言えないが、こう、似合うな。


「部活は楽しいんですけど勉強についてくのが大変で……」


 げんなりしたように須磨が言っている。まあ、試験科目の半分も補習を食らっていればそれは大変だろう。


「俺でよければまた教えるが」

「え? ――本当ですかっ」

「あ、ああ」


 これが赤の他人ならともかく、須磨は白乃の友人だ。勉強を教えるくらいはまったく構わない。


 意外なほど嬉しそうにしている須磨の横で、隠岐島はにやりと不敵な笑みを浮かべている。


「人の心配なんて余裕ですね先輩。アタシとの勝負のこと忘れてません?」


 勝負、というのは期末試験の点数勝負のことだろう。


 俺と隠岐島は、『勝った方が負けた方に何かひとつ指令を下せる』という罰ゲームを賭けてテストの合計点数で競うことになっている。


「もちろん忘れてない。心配は無用だ」


 俺は二年の学年一位だが、隠岐島も一年の現トップだ。油断はできない。


「ならいいですけど。ちなみにアタシが勝ったら先輩に夏休みの宿題やってもらいますから」

「地味に嫌な罰ゲームだな……」


 うちの高校は宿題の量が多い。教師が選りすぐった問題冊子が教科ごとに一冊ずつあったりするので、『夏休みの最終日に頑張る』という信条の生徒は地獄を見ることになる。


 これは負けられない。一層気を引き締めていくとしよう。


 すでに白乃や信濃も会話を打ち切り、テスト勉強に取り掛かっている。俺も自前の問題集を取り出して勉強を始めた。





「あー……ボクもう限界。頭回らない」


 信濃がそう言ってテーブルに突っ伏した。


 ダウンするのが早すぎる。勉強を再開してからまだ一時間も経っていないぞ信濃。


「凛~……全然問題が頭に入ってこない……」

「アンタもう疲れたの? まだ全然進んでないわよ?」


 向かいの席では須磨も覇気のない声を出して隠岐島に呆れられている。須磨も信濃同様限界を迎えているようだ。


「お二人とも大丈夫ですか……?」


 白乃はというと、そんな信濃と須磨に気遣うような視線を送っている。白乃はまだ平気そうだな。


「信濃、須磨。まだ始まったばかりだぞ。頑張れ」

「えー、ボク今日はもう十分頑張ったと思うんだけどなー」

「……がんばります……」


 駄目だ。信濃はもう完全に勉強に飽きているし、須磨は目が虚ろになっている。この二人どれだけ勉強が嫌いなんだ。


 しかしまだ勉強はろくに進んでいない。どうしたものか。


「うーん、やっぱりただ勉強してるだけじゃつまんないや。ここは一つゲーム形式にするってのはどう?」


 机に突っ伏していた信濃がそんな提案をした。


「ゲーム形式……? テスト勉強でか?」

「そうそう。問題集一ページを解いて、一番早かった人の勝ち」

「またえらくシンプルなルールだな」


 そんなものがやる気を出す材料になるんだろうか。


「解くスピードを競うゲーム、ですか。うーん……」

「まあ、別にアタシはどっちでもいいけど」

「凛はいいかもだけど、あたし勝ち目あるのかなあ」


 後輩三人の表情も微妙だ。


 まあ、さすがにこの工夫のなさではやる気を煽るには物足りないと――



「一番に解き終わった人には、『千里に拒否権なしの質問をできる』っていう賞品をプレゼントしようかなって」



「「やりましょう!」」


 須磨と隠岐島が勢いよく手を挙げた。


「確認しますけど、それって本当に何でも聞いていいんですか? 本当に何でも?」

「もちろんだよ。せっかくの賞品だからね」

「信濃先輩、あたしやる気出てきました!」


 須磨、隠岐島、信濃が三人で盛り上がっている。待ってくれ。俺は全然ついていけていない。


「おい、信濃。俺は何の相談もされていないぞ」


 というか俺に質問をする権利って、そんなものが賞品になるんだろうか。


「うん。まあ、千里が言いたいこともわかるよ」

「わかってくれるか」

「安心してほしい。千里にはきちんと『一回だけどんな質問も無効にできる権利』をあげるから」

「俺はそんなことを心配しているんじゃない」


 一応抗議はしてみたが、信濃たちはもうやる気だ。そんなにモチベーションを上げる要素が一体どこにあったのか、俺にはさっぱりわからない。


「何でも聞いていい、ですか……」


 白乃がちらりと俺を見てくる。


「まさかと思うが、白乃も参加するのか?」

「何ですか。いけませんか」

「そうは言わないが……」


 俺に何か聞きたいことがあるのだろうか。白乃が? 正直想像がつかないな。


 しかし、どうやら白乃もやる気になっているようだ。こうなると止めるのはもう無理だろう。


 まあ、そんな景品でみんなが勉強をやる気になってくれるならそれでいいか。


 質問されて困るようなことも特にないしな。


「……ん? 信濃、お前はどうするんだ」


 俺への質問権が賞品だとするなら、信濃に参加する理由はないはずだ。去年からの付き合いがあるこの男が今更俺に聞きたいことなどないだろう。


「うん。だから仕方なく司会でもしてるよ」

「却下だ。大人しく勉強していろ」


 この男、ゲームにかこつけてサボるつもりだったな。見逃さないぞ。


 信濃が泣く泣く問題集に戻るのを見届け、俺は白乃と友人二人に向き直る。


「……準備はいいか?」


 こくりと頷く三人。


「では、スタートだ」


 俺の合図とともに三人が一斉にシャーペンを走らせる。


 見た限り、問題を解く速さは隠岐島が群を抜いている。学年一位というのは伊達じゃない。


 白乃は隠岐島には及ばないまでも結構解くのが早く、須磨は二問目で石像と化した。


「終わりましたー」


 一番に解き終わったのはやはり隠岐島。ちなみに白乃は七割程度、須磨は半分も終わらなかったようだ。


「凛さん、速すぎでは……」

「ちょっとくらい手加減してよー」

「あーはいはい。次からね。で、アタシは先輩に質問できると」

「……そうなるな」


 一番最初に解き終わった人物に、俺への質問権を与える。それがこの勝負のルールだ。本当にこれは需要があるんだろうか。


「んー、何にしようかしら」


 考え込むように腕を組む隠岐島。


 一応俺には一回きりの黙秘権が与えられている。


 この勝負が何回戦まで行われるかは不明だが、とりあえず俺は答えたくない質問が来た場合一度だけ回避することができるらしい。


 使う機会があるかはともかくひとまずは温存しておくのが正解だろう。


 一回きりの権利なのだから、ぎりぎりまで残しておきたいと――


「先輩って童貞ですか?」

「黙秘権を行使する」


 まさかいきなり使わされるとは思わなかった。

 お読みいただきありがとうございます。

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