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6月21日②


「よかったのか、白乃。俺たちと相席なんかして」


 ドリンクバー用のサーバーの前で、俺は白乃に尋ねた。


 須磨、隠岐島、信濃の三人はテーブルで談笑している。ここからは離れているため俺と白乃の会話が聞かれることはないだろう。


 白乃はサーバー横に設置された紅茶用の茶葉を選びながら、


「ご迷惑でしたか?」

「そういう話じゃない。俺は白乃が無理をしていないか心配なだけだ」


 たとえば相席を申し出た信濃の提案を断る言い訳が咄嗟に思いつかなかったとか、あるいはそれを断ったことで、須磨と隠岐島に無駄な移動を強いてしまうと思ってしまったとか、そういうケースも考えられる。


 そういう理由なら俺としてもどうにかしてやりたい。


 白乃はふるふると首を横に振った。


「大丈夫です。無理をしているわけではありませんから」

「そうなのか?」

「はい。私が信濃先輩の誘いに乗ったのは、これが訓練になると思ったからです」

「訓練……男性恐怖症を克服するためのか?」

「はい」


 白乃は男性に対して強い忌避感を持っている。白乃の過去を知っている身からすると仕方のないことだと思うが、白乃はそのままでいる気はないようだ。


「先日はおじいさんにも心配をかけてしまいましたし、私は何としても男性恐怖症を乗り超えないといけないんです」


 控えめに拳を握ってやる気を見せる白乃。


 そう言われると俺から止めるのもはばかられるな。


「わかった。だが、無理はするなよ。それと困ったらちゃんと俺に言ってくれ」

「本当に千里さんは過保護です」

「む。……すまん」


 たまに忘れそうになるが、白乃と俺はひとつしか年が離れていない。いちいちうるさく口を出すのも、白乃からすれば大きなお世話かもしれない。


 口を噤んだ俺に、白乃はくすりと笑った。


「いえ、もちろん悪い意味ではないので謝らないでください。困ったら遠慮なく頼らせてもらいます」

「ああ。そうしてくれると嬉しい」


 そんなやり取りをしたのち、俺と白乃は席に戻った。





「やあ、お帰り二人とも」


 席に戻った俺と白乃を見て、信濃が片手を上げてくる。


 俺は信濃の向かいに座る須磨と隠岐島をちらりと見てから、


「何を話してたんだ?」

「え? 自己紹介くらいだよ。ボクはまだこの子たちの名前も知らなかったくらいだし」


 それもそうだ。俺は白乃の友人二人とは面識があったが、信濃は初めて会うんだったな。仲立ちくらいしたほうがよかっただろうか。


 そう思っていると、隠岐島がふと口を開いた。


「アタシらは信濃先輩のこと知ってましたけど」

「? どこかで面識があったのか」

「や、球技大会の時Twitterの動画で。赤城とかいう人をバレーで神谷先輩がこてんぱんにしてるやつ」

「あっ、そっか! 『信濃Alfred』って……」


 何かを思い出したように須磨も声を上げている。


 球技大会……赤城……何だったか。


 ああ、そうだ。赤城というのは俺を通して白乃に言い寄ろうとしていたバレー部員の名前だ。確かあの時は白乃の連絡先を賭けて試合をし、俺たちが勝ったんだったか。


 しかし動画というものに心当たりはない。一方信濃のほうは思い当たることがあるらしかった。


「ああ、あれね。そうそう、あれ投稿したのはボクだよ。もう動画は消しちゃったけどね」

「信濃。何の話だ」

「まあまあ、細かいことは気にせずに」

「?」


 笑いながら信濃がそう言ってくる。まあ、気にするなというなら気にしないでおくか。


 次いで信濃は白乃に視線を移した。


「それで白乃ちゃんは――」

「……、」


 信濃の視線を受け、俺は白乃が一瞬だけ肩をこわばらせたのがわかった。


 やはり、まだ俺以外の男と接するのは怖いらしい。


 幸い信濃はそれに気付かなかったようで、そのまま白乃に話しかける。


「白乃ちゃんも動画は見てくれてた?」

「……は、はい。みくりさんに見せてもらいました。……少し恥ずかしかったですけど」


 そう言って、白乃がやや恨みがましい目で俺を見てきた。なぜに?


「あはは、千里は白乃ちゃんのことが大好きみたいだからね。教室でもよく聞いてるよ」

「聞いてるって、私の話をですか?」

「うん。昨日白乃ちゃんが作ってくれた夕飯が美味しかったとか、いつも着てる水色のエプロンが似合ってたとか」

「……千里さん」

「嘘は言っていないぞ」

「嘘でなかったらいいというものでは……」


 白乃は溜め息を吐き、俺から視線を逸らした。何やら不服そうだ。白乃が料理上手なのも、エプロンが似合うのも事実だろうに。


 しかし心配していたが、白乃は意外と普通に信濃と会話できている。これなら俺があまり気を張っている必要もなさそうだ。


「みくり、問四が空欄になってるわよ」

「うん、さっきからずっと考えてるんだけど解けなくて……」


 俺の向かいの席では須磨と隠岐島が問題集を開いて勉強している。


「やっぱりわかんないなあ。凛、これ教えてくれない?」

「面倒くさいから嫌よ」

「わ、わーばっさり……そんなこと言わずにお願い! あたし数学ほんとに苦手なんだよー……」

「アンタは全教科苦手でしょうが……」


 隠岐島は嫌そうにそう言い、それからちらりと俺を見た。何だ?


「そうだ。先輩、みくりに数学教えてあげてもらえますか?」

「ああ、構わないぞ」

「ぅえっ!?」


 なぜか須磨が驚いたような顔をしている。そんなに俺は不親切な人間に見えるんだろうか。別に後輩に勉強を教えるくらいいくらでもするというのに。


「で、でもご迷惑じゃ……」

「いや、もともと俺は信濃に勉強を教えるつもりでここに来てるからな。教える相手が変わるくらい大したことじゃない」


 俺が言うと、須磨がおずおずと問題集を見せてきた。


 問題集の冊子を横向きにして、テーブルの真ん中に置く形だ。これなら対面に座る俺と須磨の両方が問題を見ることができる。


「こ、この問四です」

「ふむ。これか」


 問題集は数学のもので、そこまで難易度の高いものではなかった。しかし解き方を暗記していなければ苦しいだろう。


「最初からやっていこうか。まずこれは軸x=αをどこに置くかで答えが変わってくるんだが」

「は、はい」

「注目すべきは問題に指定されている0から2という範囲のほうで――須磨」

「な、なんですか?」

「……なぜ俺から距離を取るんだ?」


 問題集はテーブルの真ん中だ。身を乗り出してそこそこ首を傾けない限りと正しい位置から問題文が読めないはずなのに、須磨はなぜか自席のほうに引っ込んでしまっている。


 これでは問題もみづらいだろうに。


「いえ、そのっ、先輩と近いのが嫌とかそういうわけではないんですが」

「……?」


 なぜか須磨は慌てたように両手を体の前でぶんぶん振る。


 それからやや顔を赤くしながら、


「その、き、緊張しちゃうっていうか……あはは」


 照れ笑いのような表情を浮かべて須磨はそんなことを言ってきた。


 緊張か。まあ、俺は一応先輩だし気安く話しづらいというのは一理ある。とはいえ離れたままでは勉強を教えるのも難しい。


「悪いが少しだけ我慢してくれ。その位置だと問題が読めないだろう」

「は、はい……」


 ゆっくり身を乗り出してくるものの、やはり緊張した面持ちの解けない須磨だった。俺はそんなに威圧的に見えているんだろうか。

 お読みいただきありがとうございます!


 温かい感想をたくさんいただいてしまった……! 皆さま作者に甘くないですか? これからもどんどん甘やかしていただけると幸いです。

 

 明日も更新します!

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