6月21日(勉強会)
「千里。ボクは常々こう思うんだ。古いものが失われていくのには理由があるって」
「……」
「どんなものだって日々発展していく。使いやすいように、効率がいいように。たとえば、洗濯板がなくなったのは洗濯機というより便利なものが生まれたからだ。そして、洗濯機のある世界に洗濯板の出番はもうなくなってしまう」
「……」
「つまり、消えていったものは必要がないから消えたんだ。もちろん古いものに価値がないなんて言わないよ。けど、そういったものに目を向けるのは学者だけでいい。高校生活という貴重な時間を割くべきものはもっと他にあるはずだ。……ボクの言いたいこと、千里ならわかってくれるよね?」
そう言って信濃は真剣な表情で俺を見る。
言っていることはわからなくもない。
確かに、廃れてしまったあらゆるものにはそれなりの理由があるだろう。俺たちが送っている高校生活がごく短いものであるのも事実だ。
「――まあ、だからといって古文のテストがなくなるわけじゃないがな。いいからさっさとその問題集を解け信濃。さっきから手が止まっているぞ」
「嫌だ……! もう嫌だ! 古文なんて覚えたってこの先絶対使わないじゃないか! 朝会って『今日の天気は良きけり』なんて挨拶する人見たことある!?」
「文法が間違っているぞ。『けり』は連用形につくから正しくは『良かりけり』だ」
「ボクが聞きたいのはそういうことじゃない!」
そう言って不満そうにドリンクバーで取ってきたメロンソーダを飲み干す信濃。
俺はその様子を見ながら呆れた声を出してしまう。
「テストが近いから勉強教えてくれ、と言ってきたのは信濃のほうだろう」
俺の言葉に信濃は「そうだけどさぁ……」ぼやく。
現在、俺と信濃は学校最寄りのファミレスで来週に迫る中間テスト対策をしている。
普段であれば俺は帰って一人で勉強するのだが、信濃に頼まれて勉強を教えている。信濃は理系科目と英語は得意なのだが、その他の文系科目はガタガタなのだ。
去年から俺と信濃は同じクラスで、そこそこ仲も良かったので、テスト前に信濃の苦手科目を俺が教えるのが恒例になっていた。
「まだ三十分も経っていないんだ。もう少し頑張れ」
「はぁい……」
げんなりした顔で問題集に戻る信濃。そんなに嫌か。
そんな感じで信濃に勉強を教えていると――
『いらっしゃいませ。三名様ですか?』
『はい。そうです』
『すみません。ただいまお席が空いていなくて……』
「……ん?」
「千里、どうかした?」
「いや、何だか聞き覚えのある声がしたような気が……」
俺と信濃が座るのは入り口のすぐそばの席だ。振り返ると入り口が見える。
「「あ」」
振り向いた俺と、そこにいた人物が同時に目を瞬かせる。
「千里さん……どうしてここに?」
「白乃。それに須磨と隠岐島も」
そこにいたのは俺の義妹である白乃だった。よく見ると、白乃の友人である須磨と隠岐島も一緒にいる。二人も白乃同様、俺を見て驚いたような顔をしている。
こんなところで会うのは珍しいな。
「テスト勉強をしてるんだ。白乃たちは?」
「私たちもそのつもりだったんですが……満席みたいですね」
店内を見回しながら白乃が言う。近くでは店員が申し訳なさそうな顔をして立っている。
確かにぱっと見た限り、三人が一緒に座れそうな席はすべて埋まってしまっている。
「仕方ありません。他のお店を探しましょう」
白乃は特に未練もなさそうに振り返って連れの二人に声をかける。
「残念ね。せっかくだし、ドリンクバーとみくりで遊びたかったんだけど」
「うんうん、ドリンクバーって色々選べて楽し――あれ? 何かいま凛の言い方おかしくなかった?」
などと言い合い三人は出口に向かおうとする。
そんな中、俺の対面に座っている信濃がこんなことを言い出した。
「あ、待った待った。きみたち千里の妹ちゃんとそのお友達だよね?」
「……どちら様でしょう?」
初対面なせいか白乃がやや警戒したような顔で問う。信濃は敵意を感じさせないためか両手を軽く上げつつ、
「ボクは信濃アルフレッド。千里の友達だよ。それで提案なんだけど、キミたちさえよければ相席しない? ボクたちの席は四人用だから、隣の二人用をくっつければ全員座れるし」
確かに信濃の言う通り、俺たちが座っているのは四人用の座席だ。
隣には二人用の小さめのテーブルが空いていて、これを使えば六人ぶんの座席が確保できることになる。
それなら白乃たちも座れるだろうが……
「……それなら俺と信濃が二人用の席に移動して、白乃たちにこの席を使ってもらえばいいんじゃないか?」
「それでどうかな三人とも。もちろんボクたちも勉強してたとこだし、キミたちの邪魔にもならないと思うよ」
「信濃。なぜ俺の言葉を無視するんだ」
なぜか信濃は俺の指摘を黙殺して白乃たちに話しかけている。なぜに? 心なしか楽しそうな表情と合わせて気になる。
「えっと……」
白乃は困ったように須磨たちを振り返る。
「アタシはいいわよ」
「あたしも大丈夫だけど……」
須磨が不安そうにしているのは、男が苦手な白乃を気にしているからだろう。
義理の兄である俺はともかく、この場には信濃がいる。白乃にとって初見の男子だ。気を遣うのも無理はない。
言葉には出さないが、隠岐島も白乃の様子を伺うような視線を送っている。
「……」
「白乃、無理をする必要は――」
「いえ。そういうことなら遠慮なく相席させてもらいます」
白乃はよそ行き用の笑みでそう言った。
正直意外な展開だ。白乃は断ると思ったのに。
「なら決まりだ! いやあ、実は噂の白乃ちゃんと一度話してみたかったんだよね」
「それは光栄です。私も千里さんのお友達にはお会いしたかったですし」
表面上はにこやかに信濃と会話する白乃。
そうして俺、信濃に白乃、須磨、隠岐島を加えた五人がなぜか合同で勉強会を行う運びとなった。
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