5月28日④
白乃が調理を始めてから一時間も経たないうちにすべての料理が完成した。
配膳の手伝いは許可されたので、盛りつけられた夕飯をテーブルに運んで並べ、席につく。
ちなみに白乃の席はテーブルをはさんだ俺の斜め前だ。
四人で食事する際は、白乃の隣に香澄さん、俺の隣に父さんがそれぞれ座ることになっている。
今は俺と白乃の二人だけなので、何だか妙な配置になっているが気にしたら負けだ。
「いただきます」
「……いただきます」
そう言い、湯気を立てる料理に箸を向ける。
まずは大皿に盛られた炒め物。
旬だからと買い込んでおいた春キャベツがたっぷり使われており、胡椒の香りが食欲を大いに刺激する。
丁寧に焼かれた豚肉とキャベツを合わせて口に運ぶと、何となく予想していたが、やはり美味かった。
淡泊な肉の旨味が野菜本来の甘さを引き立てている。爽やかな風味がするのはレモンが味付けに使われているからだろうか。尾を引かないさっぱりした味で、面白いように箸が進む。
(……他の二品はどうだ)
次は味噌汁。
これも出汁をしっかり取っていたためか、手順を省いたものと比べて明らかに味に深みがある。味噌も濃すぎず薄すぎず、非の打ちどころがない。
最後に炊き込みご飯。
これが一番美味かった。
ふっくらと炊かれた米には味がよく染みており、油揚げ、にんじんなどの具材も素朴ながら食感や彩りを添えている。
「美味い……」
薄々そんな気はしていたが、白乃の作る料理はどれも絶品だった。
とんでもない腕前だ。
女子高生が作るものとしては品目に落ち着きがあり過ぎる気もするが、食べてみれば文句など一つも出てこない。
「……白乃は凄いな。俺より年下とは思えん」
思わず口にすると、白乃は淡々と食事を進めながら、
「このくらい普通です」
「馬鹿を言え、こんな普通があるか。どれも店で出されるものと遜色ないレベルだぞ」
「おだてるのはやめてもらえませんか? そんなことを言っても、私は態度を改めたりは――」
「おだてていない。本音だ」
「……そ、」
俺が即答すると、白乃は目を瞬かせた。それから、「そうですか」と、返事に困るように視線をさまよわせる。
どういう反応なんだ、それは。
それにしても高校一年生でこの力量は尋常じゃない。独学でどうこうなる次元を超えている。
「白乃は誰かに料理を習ったりしていたのか?」
「そうですね。教えてくれる人が身近にいましたので」
「香澄さんか」
「いえ、祖母が……何であなたにそんなことを言わなくてはならないんですか」
言いかけて、白乃は言葉を途中で打ち切ってしまう。
残念だ。今はそこそこ会話が続いていたのに。
三十分後、テーブル上には空になった大皿二枚が乗っていた。
「ごちそうさまでした」
「……お粗末さまでした」
「美味かった……」
口をついて出た率直な感想に、白乃は眉をひそめた。
「あの。そういうの、やめてもらえませんか。お世辞はいりません」
「世辞じゃない。本当に美味かった」
「…………むう」
何か言おうとして、そして何も思いつけなかったような返事が返ってきた。ジト目で唸る姿はかなり猫っぽい。
「とりあえず、分担通り片付けは俺がやる。食器は残しておいてくれて構わないぞ」
「洗い場に持っていくくらいはやります。習慣なので」
「助かる」
皿やコップをまとめて洗い場に運んでいく。
それが終わると白乃はもう用は済んだとばかりにさっさと台所を出て行ってしまう。
――と。
「あの」
「どうした?」
台所から続く居間の扉に手をかけながら、珍しいことに白乃から話しかけてきた。
何かやり残したことでもあるのだろうか。
白乃は数秒躊躇ってから、聞き取れるぎりぎりの声量で言った。
「……さっきは、ありがとうございました」
「?」
「お皿取ってくれたじゃないですか」
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに思い出す。食器棚の高い位置にあって白乃が届かなかった炒め物用の大皿のことだ。
「別に気にしなくていい。あれはこっちの不手際みたいなものだ」
「言わないとすっきりしないので言っただけです。……では」
遺憾そうに告げると、白乃は居間を出て行った。
「ふむ」
ぱたぱた、と二階に上がっていく足音を聞きながらふと考える。
俺のことが嫌いで、料理が上手くて、意外と律儀。
今日まででわかったことだ。
(打ち解けるのはまだ先になりそうだが……)
やはり白乃は少なくとも悪い人間ではなさそうだ、と思った。
お読みいただきありがとうございます。
これにて五月二十八日編は終了!
今後の更新についてですが、不定期になります。土日にはできる限り更新しますが、今回はプロットなし方式を試しにやってみているので、正直安定した更新ができるか自信がありません……
そういった変則的な更新になってしまうので、よろしければブックマーク登録をお願いします。
それと、また評価をいただいてしまいました。
嬉しいです。ありがとうございます。頑張ります。