6月14日(白乃視点)②
「で、完成したわけだけど」
数十分後、調理台には須磨、隠岐島、白乃が作った三種類のマフィンが並んでいる。
須磨のものはドライフルーツを使ったカラフルなもの。
隠岐島のものは飾り気のないプレーンタイプ。
白乃が作ったのはくるみを入れた素朴な見た目のもの。
それらを順番に見て、隠岐島は率直に言った。
「なんか思ったよりうまくできたわね」
「うん。自分でもびっくりした」
「美味しそうにできましたね」
須磨、白乃も同意する。調理台に並ぶマフィンたちの見た目の完成度はだいたい同じくらいで、過度に焦げていたり形が崩れていたりはしない。
調理実習で作ったものとしてはそれなりの出来と言えそうである。
「……それはいいんですが……」
と、白乃は居心地悪そうに周囲を見やる。
『おい、抜け駆けしようとすんなよ』
『そっちこそ』
『神谷さん誰かにあげたりすんのかなあ……』
「……何だか見られているような気がしてなりません」
さっきから白乃たちのいる調理台に対して、一定の距離を開けつつも男子たちが視線を送ってきている。そのくせ白乃と目が合うとすぐに逸らす。
何か用があるなら早く言ってほしい、と白乃は思う。
男子からの視線は例によって心臓に悪い。
「あー、まあ男子はそうかもね」
「どういう意味ですか?」
「なんか昨日から、女子が仲良い男子には作ったマフィンをあげるって流れができてるんだよね。なんちゃってバレンタインみたいな」
隠岐島、須磨がそれぞれそんなことを言う。
なんちゃってバレンタイン。ああなるほど、と白乃は納得した。確かに男子たちのそわそわした視線は二月のあの日を思い起こさせる感じだ。
「そんなことになっていたんですね」
「昨日の放課後には結構広まってたと思うけど……まあ白乃、昨日はなんか変だったし気付いてなくてもおかしくないわね」
「……その節はたいへんご迷惑を」
どんより沈んだ雰囲気を発する白乃。隠岐島は肩をすくめ、話題を変えるように須磨と白乃に尋ねた。
「それより二人は誰かにあげるの?」
「あたしは……どうしよ。部活の友達に配るほどないし、家族かな」
「私もそうでしょうか。充さんや母さんにはいつもお世話になっていますし」
「ふうん。先輩にはあげないの?」
ガタガタッ、と須磨と白乃が揃って椅子を揺らした。
隠岐島は意外そうに目を瞬かせる。
「須磨はともかく……白乃?」
「な、何でもありません」
「? そう。ならいいけど」
白乃は平静を取り繕いながら首を横に振る。隠岐島は少し訝しみつつも特に深堀りはしなかった。
その淡泊な反応が今の白乃にはありがたい。何しろ白乃自身、なぜ千里の名前が出ただけで心臓が跳ねたのかわかっていないのだ。
一方須磨は慌てたように、
「り、凛! 何でそこで神谷先輩の名前が出てくるの!?」
「アタシ神谷先輩だなんて一言も言ってないわよ」
「え? ……あ、ほんとだ言ってない!」
「だいたい昨日、『神谷先輩って果物とか嫌いじゃないかな』みたいな電話してきたじゃない。今更恥ずかしがる必要とかあるの?」
「わああああっ、何で言うのそれ! 凛はあたしのこと嫌いなの!?」
「そんなことないわ。むしろ好きよ。みくりの困り顔」
「いじめっこの考えだよそれ!」
半泣きで隠岐島の口をふさごうとする須磨だったが、調理台をはさんでいるため手が届かない。
隠岐島はふーむと顎に手を当て、
「まあ、アンタがそう言うなら仕方ないわね」
「そ、そうだよ凛。あたしは別に神谷先輩にもらってほしいなんて」
「――今から先輩に連絡して直接取りに来てもらいましょう」
「ええっ!? 背中の押し方強引すぎない!?」
慌てる須磨をよそに隠岐島はあっさりLINEを送ってしまう。
「『須磨とアタシと白乃が調理実習で作ったお菓子があるんですけど、余っちゃったのでもらってください』……こんなんでいっか」
焦ったのは白乃も同じだ。
「あの、凛さん。私は千里さんに渡すなんて一言も……」
「? 何かあげない理由でもあるの?」
「……それは」
あげない理由はない、はずだ。
昨日さんざん世話になったことを思えばむしろお礼も兼ねて渡すべきとすら言える。
しかし顔を合わせた時にうまく接することができるかどうか自信がない。
なんというか、また緊張して話せなくなってしまうような気がする。
「ってか、さっさと誰かにあげちゃったほうが楽だと思うわよ。特に白乃は」
さりげなく指で白乃の視線を誘導する隠岐島。するとそこには相変わらず白乃たちの調理台をそわそわと気にする男子生徒たちの姿が。
「…………」
ひく、と白乃の口元が引きつる。
白乃と須磨は気付いていないがこの場の三人はクラス内の男子人気上位なのだ。
学年どころか学内トップクラスの美貌を持つ白乃はもちろん、明るく話しかけやすい須磨、白乃には一歩譲るもののはっきりした顔立ちの隠岐島は男子たちの関心の的であり、隙あらばお近づきになりたいと狙われてもいる。
今回のような機会はそんな男子たちにとってまさにチャンスなわけで、男子が苦手な白乃にとっては受難としか言いようがない。
「……千里さんに渡します」
「そうしなさい」
結局そういうことになった。
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