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6月14日(白乃視点)


 一年C組は一限目から調理実習だった。



『今日はマフィンを作りますよ。準備のできた人から生地作りを始めて下さい』



 家庭科教師である年配の女性が教室の前で声を張る。黒板にはチョークでわかりやすくマフィンの作り方が書かれていた。


 教師の号令に合わせて家庭科室の各所で調理が始まる。作ったお菓子を誰にあげるだの、こんな隠し味を用意してきただの、そんな楽しげな会話も行き交い賑やかだ。


 そんな雰囲気の中――


「……はあ」


 かしゃかしゃとボウルをかき混ぜながら、神谷白乃は溜め息を吐いた。


(なぜ私はあんな対応を……)


 頭にあるのは白乃の義理の兄である千里との今朝のやり取りだ。


 向こうは白乃のことを心配して声をかけてくれたというのに、逃げるように家を出てきてしまった。その前も話しかけられるたびに逃げ回っていた。


 そのことを思い出すと自己嫌悪に襲われる。


(……感謝の言葉くらい、どうして言えないんでしょうか)


 昨日は色々なこことがあった。白乃はその中で千里にひどく世話になった。


 白乃にとって恐怖の象徴ともいえる秋名誠を撃退し、白乃を助けてくれた。


 落ち込む自分にこれ以上ないくらい優しい言葉をかけてくれた。


 けれど白乃は自分のことでいっぱいいっぱいだったせいで、まだ千里に礼の一つも言えていなかったりする。よって今朝きちんと謝意を伝えるつもりだったのだが見事失敗。


(……私はどうしてしまったんでしょう)


 千里と顔を合わせるたびに、頭が真っ白になってしまう。


 動悸が速くなって、口が思ったように動かなくなる。


 朝食について話すのも、作った料理の感想を聞くのも、放課後に買い出しに行く約束をすることも、なぜかうまくいかない。昨日までは普通にできたのに。


 そんな自分を千里は心配してくれた。


 肩に手を置き、まっすぐ白乃の目を見て。


 『心配ごとがあるなら言え、ちゃんと守ってやる』などと――


「……」

「白乃ちゃん大丈夫? 顔赤いよ?」

「ひぇっ!?」


 いきなり横から声をかけられて白乃は変な声を出してしまう。


 横を見ると、そこには同じ調理台に割り振られた須磨が呆気にとられたような顔で立っている。


「えっと……ごめん。びっくりさせちゃった?」

「い、いえ。こちらこそすみません。少し考え事をしていたものですから」


 空笑いをしながらそう誤魔化しておく。


「……何か気になることでもあるの?」


 そう尋ねてくる須磨の表情は心配そうだ。白乃は首を横に振った。


「いえ、そんなことは」

「本当に? 白乃ちゃんそんなこと言って昨日も何か様子おかしかったしなー」

「う」


 そう言われると白乃も言葉に詰まってしまう。


 昨日は須磨にも迷惑をかけたし、心配させた。事情があったとはいえ罪悪感はある。


「……本当に、大丈夫です。全然別のことですから」

「ならいいけど。でも、何か心配ごとでもあるなら相談してね」

「はい。ありがとうございます」


 白乃が言うと、「うん」と須磨は満足そうに笑った。やはり心配してくれていたようだ。


「みくりに相談して解決する悩みってあるのかしら」

「また凛はすぐそういうこと言う! あるかもしんないじゃん」


 須磨と同じく調理台が一緒の隠岐島が茶々を入れてきて、須磨が心外そうに突っ込む。


 白乃は隠岐島のほうにも頭を下げた。


「凛さんも、昨日はご迷惑をおかけしました」

「いいわよ別に。アタシ先輩に電話しただけだし」

「ですが助かりました」

「いいって」


 隠岐島はひらひら手を振ってから――



「それよりアタシとしては、なんで白乃が男と一緒にホテル街にいたのか聞きたいんだけど」



「「「――――ッ!?」」」

「ほら見なさい白乃。男子連中も気が気じゃないって顔でこっち見てるわ」

「すみません隠岐島さん。どこから反応していいのかもうわかりません」


 隠岐島が何気なく発した一言でクラス中の男子が全員白乃のほうを凝視した。男子が苦手な白乃としては吐き気を催す光景なのだがそれを悟られるわけにもいかない。そして自分が男連れでホテル街にいたという内容も看過できない。


 白乃は少し考えてこう釈明した。


「あれは私の元父親です。隣の県から来ていたので、駅のそばで待ち合わせただけです」


 嘘は言っていない。


 男子たちはあからさまにほっとしたように胸を撫でおろしている。一体どうしてそんな反応になるのか白乃にはまったくわからない。調理に集中してほしい。


「そういうことね」

「会話の内容も世間話みたいなものでしたしね」


 隠岐島も納得してくれたようだ。


 須磨もうんうん頷きながら、


「何事もないならよかったよかった」

「はい。何事もなかったです」

「神谷先輩がすごい必死だったから心配したよ」



 ガシャアッ



「――ってあぶなっ! 白乃ちゃん泡だて器すっぽ抜けてるけど!」

「す、すみません。何だかさっきから調子が……」

「何だか珍しいわね。今日の白乃はぼーっとしてる感じがするわ」


 須磨のほうにすっ飛んでいった泡だて器を受け取りつつ、白乃はやはり今日の自分はおかしいと再認識することになった。

 お読みいただきありがとうございます!


 昨日後書きに『ブクマや評価をいただけると嬉しいです』と書いたためか、気付けばまた日間ランキングで六位まで浮上していました。何ということでしょう。まさかまた十刃になれる日が来るとは……


 ……もっと応援してくださってもいいんですよ?(強欲)


 明日も書きます。できれば更新したい!

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に見させていただきました。 途中、胸糞で挫折しかけましたが、その後の甘さがより甘くなったので 読めてよかったです。 1つ言うならもう少し痛めつけて欲しかったです!
[一言] なんでエスパーダって打ち込んで十刃なんて変換できるのか、わたしにはそちらの方が不思議です。 少なくても、千里お兄ちゃんは卍解してると思いますが…… くっそ、なんで卍解も変換候補にあるんで…
[一言] 相変わらずしゅき
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