6月12日②
台風が過ぎた翌日だけあってよく晴れていた。
放課後になり、白乃に指定された通り校門に向かうと白乃はすでに待っていた。俺が近づくと、白乃は気付いたようにこっちを向いて、次いで怪訝そうな顔をした。
「すまん、待たせたな」
「いえそれは別に。……それより、何ですかそれ」
白乃の視線は俺の手元に注がれている。何と言われても、
「ビニール手袋だが」
「出ましたねビニール手袋」
「化け物が出たような言い方だな」
俺の手には以前購入したビニール手袋が嵌められている。
「最近つけていなかったと思うんですが、どういう意味合いなんですか、それ」
「いろいろ反省することがあってな……」
というのはもちろん、昼間の教室でうっかり白乃を抱き寄せてしまったことだ。
どうも最近白乃の歩み寄りにかまけて俺の注意力が低下している気がする。そんなわけで、自分への戒めとしてビニール手袋を装着しているのだ。
まして今日は白乃と二人で遠出である。警戒してし過ぎるということはない。
「……千里さんってやっぱり紙一重の反対側ですよね」
「? どういう意味だ」
「深い意味はないです」
「そうか。まあ白乃がそう言うならいいが」
「千里さんが変なのはいつものことですし」
さらっと失礼なことを言われていないか。
白乃は視線を校門の外に向ける。
「それより行きましょう。手早く済ませないと夕飯の用意が遅れてしまいます」
というわけで、学校そばの停留所でバスに乗った俺たちは二十分ほどかけて商業施設『レオンモール』にやってきた。
以前父さんや香澄さんを交えて生活用品を買いに来たのと同じ場所である。
「携帯ショップは一階にあるようですね」
「ああ」
案内板を見ながら目的地に向かっていく。
白乃はふと尋ねてきた。
「そういえば、お金は持ってきていますか?」
「問題ない。今朝がた父さんから多めに預かってきたからな。万事抜かりない」
俺が言うと白乃は「それならいいですが」と頷く。
「……それにしても」
「何だ?」
「いまだに気になっているんですが、なぜ充さんは私についていけと言ってきたんでしょう? 千里さんって一人で買い物もできない人だと思われているんですか?」
心底不思議そうに白乃が首を傾げる。
「そういうわけではないと思うが……」
自分で言うのも何だが俺はそれなりに自立しているほうだと思う。母さんが亡くなって以降は家事や帳簿管理なんかも担当しているわけだし、父さんに信頼されていないわけでもないだろう。
まあ、理由については薄々気がついている。
とはいえ何とかなるだろうとも思っているのだが。
そんなことを話しているうちに携帯ショップに到着する。
「いらっしゃいませ。どのような商品をお探しですか?」
にこやかな営業スマイルを浮かべつつ女性店員が話しかけてくる。
「スマホが壊れてしまって、新しいものが欲しいんですが」
「スマートフォンですね。ご希望の機種はございますか?」
再度尋ねられるが、問題ない。シミュレーションは完璧だ。
俺は端的に答えた。
「――スマホをください」
「「……」」
瞬間、不自然な沈黙が下りた。
何だ……? 俺は間違ったことを言ったのか……?
気のせいでなければ店員だけでなく背後の白乃まで困惑している気配がある。
「えっと、機種やメーカーのご希望はございますか?」
「ですから、スマホが欲しいんです。スマートフォンというやつです。薄い直方体状で、電話やLINEができるような」
「だいたいのものはそうだと思いますが……」
「?」
この店員は一体何を言っているんだろうか。だいたいのものも何も、スマホはスマホだと思うのだが。
と、ここで俺はようやく気付いた。
「ああ、すみません。肝心なことを言い忘れていました」
「そ、そうですか。お気づきいただけたようで何よりです」
ほっとしたような店員の声。それもそうだ。これを客から聞かねば商品を用意するどころではないだろう。
「色はできれば白か銀色だとありがたいですね」
「違うんですお客様。私がお聞きしたいのはそういうことではないんです」
一向に話が進まない。どうなっているんだ。
「……千里さん。ちょっとどいてください。私が代わりに受け答えします」
「白乃? いやしかし、この程度の買い物もできないようでは兄の沽券にだな」
「いいですからあっち行っててください。支払いの時だけ呼びますから」
ぐいぐいと白乃に押され、俺はその場から離脱を余儀なくされた。
お読みいただきありがとうございます。
短めですが、書き上がり次第本日中にもう一話上げるので少々お待ちを……!
次回で六月十二日はラストです。
全話の感想で『なんで千里はこんなに心配されてるの?』とご質問をいただいていたのですが、まあ、その、こういう感じです。
千里がそうなった理由は次話にて!