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6月12日(スマホを買いにいく)


「む」

「どうした千里」


 白乃が作ったホットケーキを食べながら父さんが尋ねてくる。


 白乃はすでに食べ終えており、部屋に戻って登校の準備をしているはずだ。

 香澄さんはまだ帰ってきていないのでテーブルにいるのは俺と父さんだけである。


 俺は見間違いでないか確認すべく、スマホの電源を再度長押しした。が、やはり結果は変わらない。


「……スマホの電源がつかなくなったみたいだ」

「充電切れではないのか」

「さっきまで充電器につないでいたから、それはないと思う」


 思い当る節はある。

 昨日、俺は傘を誰かに盗まれてしまったため台風の中を走って学校から帰って来たわけだが、その際スマホもポケットの中で濡れっぱなしだった。


 昨日まではライト機能が生きていたはずなのだが……どうやら今朝まではもたなかったようだ。


「貸してみろ」

「わかった」


 父さんが手を差し出してきたのでスマホを渡す。


 どうでもいい話だが、我が家の機械担当は父さんだ。仕事用のパソコンも部品から買って自分で組み立てていたくらいなので俺よりずっと詳しい。


 しかしそんな父さんをしてもスマホを復活させることはできなかった。


「駄目だな。新しいものを買え」


 そう言ってスマホを俺に返してくる。


「わかった。今日の放課後にでも行ってくる」

「今日行くのか」

「? 連絡できないと不便だろう」


 共働きの都合上、連絡用のスマホは我が家では必須。買いに行くなら早い方がいいはずだ。


「……一人で大丈夫か」


 心なしか子供扱いされているような気がする。

 いや、言いたいことはわかるが。


「心配し過ぎだ父さん。スマホを買うだけだし、何とかなるだろう」


 高二にもなって買い物一つできないようでは情けなさすぎる。


「……まあ、そうだな。行ってこい」

「ああ」


 そんな感じで放課後の予定が決まった。





「信濃。これは返すぞ」


 学校の休み時間、俺はふと思い出して信濃に手錠を返却した。


 これはもう家に置いておくわけにはいかない。父さんにまた誤解を受けかねないからな。

 手錠を受け取った信濃が尋ねてくる。


「今回は早いね。もう使ったの?」

「まあな」

「さすが千里だ。普通に生きてて手錠なんてそうそう使わないのに」


 色々あったんだ、色々。

 とはいえ昨日あったことを詳細に語れば白乃の秘密を暴露することになるわけで、俺は黙秘の構えを取っていたのだが、信濃は特に詮索してこなかった。


「写真は撮った?」

「いや。……というかスマホが壊れてな」


 仮に撮っていたとしても信濃にデータを送ることはできなかっただろう。


「あー、そうなんだ。買い替えるの?」

「ああ。今日の放課後に携帯ショップに行く予定だ」

「え? 一人で? 大丈夫?」

「子供か俺は。それくらい平気だ」


 父さんに続いて信濃にまで同じリアクションをされるとは思わなかった。


「えー。でも千里って――」


 そう信濃が言いかけたところで、俺の意識に別の声が割り込んだ。


「千里さん」


 瞬間。

 教室の中にいた生徒たちが一気に声のしたほうを向いた。


 もちろん俺もだ。思わず視線を向けると、そこには白乃が立っていた。


 クラスメイトたちは突然やってきた常識外れなまでの美少女に思いっきり視線を奪われている。無理もない。白乃の美少女ぶりは、普通に街を歩いていて見かけるようなレベルではない。


 信濃が意外そうに言った。


「白乃ちゃんだ。……うちの教室に来るのって初めてじゃない?」

「そうだな。悪い信濃、少し外す」

「はいはい」


 一体どんな用件だろうか。俺は席を立って入り口のほうまで歩いていく。


「白乃、どうした? 何か緊急事態か」


 俺に気付いて白乃が小さく会釈してくる。


「いえ、緊急事態というほどでは」

「そうか。……だったらどういう用事なんだ?」

「放課後のことで少し伝えておかなくてはならないことがありまして」

「何だ?」


 俺の質問に白乃はこう答えた。


「千里さんがスマホ買いに行くのについていくようにと充さんに言われたんです。朝のうちに言いそびれていたので、こうして伝えに来ました」

「父さんに?」

「はい」


 なぜわざわざそんなことを。

 もちろん俺としては白乃と一緒に行くのは全然構わないのだが……


「……白乃は嫌じゃないのか? 俺と二人で」


 最近はだいぶ改善されてきたとはいえ、白乃は男性恐怖症だ。俺と長時間一緒に行動するのは負担になるような気もするのだが。

 しかし当の白乃は特に何とも思っていないようだ。


「いえ特に」

「そうか」


 あっさり言われた。これもリハビリの一環、とでも考えているのだろうか。


(……リハビリといえば)


 最近よくやっていた『男性克服訓練』――俺に触れて男との接触に慣れるという内容――を、今朝に限ってなぜか白乃は申し出てこなかった。


 昨日の夜、うっかりソファで並んで寝落ちしてしまったことが原因ではないかと内心冷や汗をかいていたのだが……


「? 私の顔に何かついていますか」

「いや、そんなことはないが」


 少なくとも表面上、白乃は平気そうに見える。俺の杞憂か?

 などと考えていると、



「やっべ宿題やってねー!」

「きみは実に馬鹿だなあ」

「今から写せば間に合う! 写させて!」

「だが断る」



 そんな会話とともに廊下から足音がばたばた近づいてきた。

 声からすると俺のクラスメイトの男子二人だ。



「ごめんちょっと通して!」



 と、そのうち片方が白乃の横すれすれを通り抜けようとする。

 男子と接触するのは白乃にとって最大級のタブーだ。

 しかもこの軌道だとクラスメイトは白乃にぶつかる。


 まずい、と思った俺は咄嗟に白乃の腕を掴んだ。


 そのままクラスメイトと接触しない位置に引き寄せようとしたわけだが――


「……わ、ぷ」


 白乃は身長百五十センチと少ししかなく、細身のため実に軽い。それが災いした。

 具体的には、強く引き寄せすぎて白乃がバランスを崩し。

 鼻先から俺の胸板にぶつかってきた。


「……」

「……」


 ほぼ零距離から白乃が物言いたげに見上げてくる。



「すまぬ~(´ω`)」



 という言葉を残して男子クラスメイト二人はばたばた席のほうに向かっていく。

 一方俺はそれどころではない。

 やらかした。


「――ッ、すまん白乃!」


 慌てて飛びのくと近くの席に座っていた別のクラスメイトがぎょっとしたように振り向くが、今の俺には構っている余裕がない。


 俺は一体何をしている……! 男子との接触を避けるために男子にぶつけてどうする。

 これでは本末転倒もいいところだ。


 一瞬とはいえ、白乃を抱き留めるような格好になってしまった。これでは白乃の男性恐怖症のスイッチを入れかねない。

 俺はおそるおそる白乃の顔色を窺う。


「……気を遣っていただいたのはありがたいですけど、次からはもう少し優しくお願いします」


 ……む?

 見たところ、やや不満げではあるものの特に気にしていないような雰囲気だ。


「は、配慮する。というか白乃……大丈夫なのか?」


 小声で尋ねると、白乃はきょとんと首を傾げた。


「何がですか?」

「いや、その……平気ならいいんだが」

「? ……ああ、そういうことですか。それなら問題ありません」


 何やらきっぱり言われた。特に嘘を吐いているようでもないので、俺もそれ以上は聞けなかった。


「あ、休み時間がそろそろ終わりそうですね。千里さん、放課後は校門に集合でいいですか?」

「あ、ああ。それで構わない」

「ではそういうことで」


 そんな感じで話がまとまると白乃は去っていった。


 足取りがふらついていたりもしない。

 どうしたんだあいつは。昨日までなら、俺に密着なんてしようものならその時点で嘔吐寸前まで言っていただろうに。


 内心で首を傾げながら席に戻ると、信濃がにやにやしながら言ってくる。


「教室でハグなんて仲良しきょうだいだなあ」

「……茶化すな。あれは純然たる俺のミスだ」


 白乃が気にしていないというのだから、百歩譲って俺が白乃を抱き寄せてしまったところまではいいとしよう。

 しかしそれを教室でやってしまったというのは、白乃の秘密をバラしかねない愚行だった。まったく何をやっているんだ俺は……


「うわ、なんか落ち込んでる。あー、露骨に話題変えるけど白乃ちゃん何の用だったの?」


 何やら信濃に気を遣われている気がする。


「……スマホを買いに行くのについてきてくれるらしい。父さんに言われたそうだ」

「ああ……なるほどね」


 なんだその納得したような目は。


 抗議してやりたかったが、すぐに次の授業の教師がやってきたので俺は言葉を呑み込むしかなかった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次で終わる予定。短めです。

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