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6月11日⑥

※本日二度目の更新です!


 神谷白乃は夜中に目を覚ました。


 もともとあまり寝起きがいいほうではないので、意識がはっきりしない。


 しかしどうやらいつもと感覚が違っている。なぜかベッドの上ではなくソファに座っており、横の何かにもたれかかっているようだった。


 一体ここはどこだろう。


 そして自分がもたれかかっている、隣の妙に暖かい物体は何かと考えて――


「!? !? !?」


 それが自分の義兄、神谷千里であること気付いて一気に目が覚めた。


 千里はソファに座ったまま、目を閉じて静かに呼吸を繰り返している。どうやら熟睡しているようだ。相変わらず両手には手錠を嵌めている。

 白乃はその千里に体重を預けて寝ていたらしい。


 だんだん思い出してきた。


 確か停電になって、自分は千里の部屋に突撃してすがりついて、そばにいてもらって、会話で気をまぎらわせてもらって。


(……冷静になったらかなり恥ずかしいことしてますね、私)


 今更ながらに顔が熱くなってくる。けっこう情けない姿を見せたのではないだろうか。


 そしてどうやら寝ている間に復電したらしい。

 壁の時計を見ると今は午前三時だが、照明のおかげで居間はすっかり明るい。

 もしかしたら照明が再点灯されたことで自分は目覚めたのかもしれない、と白乃は思う。


 千里がまだ目覚めないのは単純に眠りが深いからだろう。


 白乃は改めて千里の寝顔を覗いてみた。


 いつもは難しい顔をしているが、寝ているときの千里はどこか幼く見える。こうしてみると、やはりあれだけ頼り甲斐のある義兄でも自分と一つしか年が変わらないのだ。


 そんなことをしているうちに、気付いた。


 白乃はこれだけ男性の近くにいて、しかも間近で顔を覗き込んでいるというのに手が震えてきたりはしない。


「まさか」


 ぺた、と千里の肩に触れてみた。

 体に異常はない。


 次に、千里の頬をつついてみた。

 意外と柔らかい。


 そういえば、表情のあまり変わらない人は表情筋が鍛えられていないから頬が柔らかくなると聞いたことがある。千里はまさしくそれだろう。


 しばらく千里の頬をいじっていても、やはり白乃の体は変調しない。


「すう――――……」


 白乃は深呼吸して、思い切って自分の体を千里に寄せてみた。


 肩と肩が触れ合うように真横から、千里に触れる。千里の体温がじかに伝わってきて何だか妙に緊張した。


 男に身を寄せるのは、白乃にとってはかなり度胸のいる行動だ。昨日までならここで吐いていてもおかしくない。


 だが、異常はなかった。


 白乃はここでようやく事態を理解した――千里に触れることに拒否反応が出なくなっている。


 理由があるとすれば。


(隣に座ったまま寝たことで、私の体が千里さんを『安全』と判断した……?)


 おそらくそういうことだろう。白乃は、今後千里に対しては男性恐怖症が起こることはないとなぜか確信することができた。


 男性恐怖症のすべてが治ったわけではない。

 しかし、少なくとも千里だけは、その枠から外すことができた。


 その証拠に千里の隣にいても息のつまるような感じがない。


「……克服、できたんですか……」


 白乃はその事実に、しばらくソファの上で呆然とした。


 その後、居間の隅にあるペン立てからサインペンを取り出し、ソファに戻ってやるべきことを済ませる。


 時刻は午前三時。部屋に戻って寝直さないと睡眠時間が足りない。


 熟睡する千里を起こさないように、白乃はゆっくりと二階への階段をのぼった。





「……り、千里」

「む……」


 俺が目を覚ますと、目の前には父さんの仏頂面があった。


 寝起きの頭で周囲を見回す。

 どうやらあのあと、居間のソファで座ったまま寝てしまったらしい。


 停電がさっぱり回復しないので白乃と雑談していたのだが、途中で白乃が寝てしまったのだ。俺の肩に頭を預けて。


 そんな状況では動くに動けず、仕方ないのでしばらくそのままいたのだが、どうやら途中でも俺も寝落ちしたらしい。


 隣には白乃はいない。

 途中で起きて部屋に戻ったのだろう。

 よく見たら部屋の電気も復活している。


 その後、朝方まで仕事をしていた父さんが家に戻ってきて――


「……千里。なぜお前は手錠を嵌めているんだ」



 ――居間のソファで自らの手に手錠をかけた長男が寝ているのを発見した、と。



「待ってくれ父さん。これには事情があるんだ」


 俺には決して特殊な性癖などない。


「わかっている。聞いてやるから話せ」

「これは……」


 口を開きかけて、俺はふと思い至る。

 事情を話すにしても、これを嵌めるに至った事情を説明するには白乃の男性恐怖症を説明することになる。しかし白乃はそれを嫌がっていたはずだ。となれば俺からそれを言うのは筋が立たない。


「これは俺の趣味だ」

「……そう、か……」


 父さんのこんなに悲しそうな顔を見るのは初めてかもしれない。


「それより父さん、どこかに鍵はないか? このままでは少し困る」

「少しなのか……? いや、鍵ならこれだろう」


 と、ソファの上に乗っていた小さな鍵を父さんが渡してくる。

 どうやら白乃は鍵を残してくれていったようだ。


「すまない父さん、外してくれると助かる」

「……待て千里。お前はこれをどうやって嵌めた?」

「白乃に頼んだんだ」

「お前……家に親がいないからといって……」


 どんどん俺の評価がまずい方向に向かっている気がするが、今は甘んじてその誤解を受け入れよう。 


(……む?)


 父さんが俺の手錠を外してくれている間、俺は何気なく自分の手のひらを見る。

 そしてようやく、そこに書かれた言葉に気付いた。

 そこにはこう記されている。



『そばにいてくれてありがとうございます。怖くありませんでした 白乃』



 サインペンで書かれた文字は丁寧で、書いた人間の性格を如実に表している。

 律儀なやつだ。

 俺は苦笑し、怪訝そうな顔をする父さんに「何でもない」と応じた。

 お読みいただきありがとうございます。


 四か月弱にわたって続いた6月11日ですが、今回の更新でラストです。長らくお待たせしてすみません。はじめて読んでくださった方も、追ってくださっている方も、本当にありがとうございます。



 次回は千里の苦手なものについてのお話……に、なる予定。

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