6月11日⑤
「千里さん」
「なんだ」
「……これ、何ですか」
「手錠だ」
「見間違いではないんですね……」
そう。
スマホのライトを頼りに俺の部屋から取ってきたのは、信濃から預けられた手錠だった。
俺と白乃がこれを一つずつ繋げば、俺は白乃から離れられず、また鎖ぶんの――およそ十センチほど――距離はできる。
白乃と俺は接触することがなく、なおかつ俺が近くにいることは実感できる。
現状の対応策としては最上と言っていいだろう。
白乃を連れて自分の部屋に戻った俺は、それを回収してついさっき居間に戻って来たところだ。
「ですがあの、これはさすがに……」
「心配するな。鍵はもちろん白乃に渡す。やってみて問題があれば外してくれればいい」
がちゃん、と音を立てて俺の右手首に金属製の輪っかが嵌まった。
もう片方を鍵と一緒に白乃に差し出した。
「さあ、白乃」
「……はあ。仕方ありませんね」
白乃はようやく俺の策の有意性を認めてくれたようだ。
どこか緊張するような手つきで空いている手錠の輪を手に取り、それは音を立てて嵌められ――
→ 俺の左手
「――これで安心できます」
「待ってくれ白乃。これは俺の想定と違う」
右手と左手を手錠で拘束されたまま慌てて抗議する。まるで容疑を否認しながら警察に連行される犯罪者のようだ。
「そんなもの着けられるわけないじゃないですか! うっかり鍵を落としたら大変なことになりますよ!?」
「……む」
確かにこの暗闇の中、落とした鍵を探すのは骨が折れそうだ。
「名案だと思ったんだがな」
「そもそも何でこんなものを持っているんですか」
「信濃に借りたんだ」
「どんな交友関係ですか……」
正確には信濃の姉だが。
ああ、そうだ。信濃で思い出した。
「白乃。頼みがある」
「鍵を外せということですか? まったく、それなら最初からこんなものを持ち出さなければ――」
「スマホで俺の写真を撮ってほしいんだ」
「千里さんは今日はずっとそのままでいてください」
まずい。言葉選びを間違えたかもしれない。
はあ、と白乃が溜め息を吐いた。
「……何だか、怖いのが薄れてきた気がします」
と、俺の服の裾を掴むだけという状態に戻った。
想定外のことはあったが結果オーライだ。俺の両手に手錠をかけただけで白乃が安心できるなら安いものである。
さて、まだ停電は復旧していない。
となると白乃に付き添うのは必然だが、黙っていては白乃がまた怖がってしまうだろう。何か適当に会話でもするか。
「白乃。雑談とテスト勉強どっちがいい?」
「この状況で勉強なんかしたくないんですが……」
「では雑談のほうか。白乃、好きな食べ物は何だ?」
「……また会話に困ったときみたいな振りですね」
「そうでもないぞ。案外俺たちはそういったことを知らないだろう」
俺と白乃はかれこれ二週間以上一緒に暮らしているが、実はあまりお互いのことを知らない。俺が白乃に関して知っているのは料理が得意で運動と男と道を覚えるのと暗闇が苦手であることくらいだ。
「まあ、いいですけど。私は桃とか好きです」
「……意外に可愛い趣味だな」
「特技がお菓子とパン作りの人に言われたくないです。千里さんは?」
「俺は――」
そんな感じで、俺たちはしばらく他愛のないやり取りを続けた。
お読みいただきありがとうございます!
まだ九月……まだ九月……!
ちなみに主人公の好物はコーヒーと甘いもの全般で、神谷父はホットケーキ、白乃母は辛いものすべてです。
白乃母は京都から特注の一味唐辛子を買い付けています。
MAX ENDも余裕。
もう一話投稿します。