5月28日②
「家事の分担、ですか」
「そうだ」
白乃を部屋から呼び出しそう話を振ると、白乃は少し考えてから頷いた。
「そうですね。千里さんから呼び出された時はまたつまらないものを見せられるのかと思っていたんですが、それは必要なことですね」
「つまらないもの……」
白乃が言っているのは先ほど信濃に騙されて披露した一発芸のことだろう。
もともとユーモアに自信があるわけじゃないが、この反応は正直傷つく。
いや、今はそれより家事の話だ。
「今まで白乃は何を担当していたんだ?」
「何と言われても。母さんが仕事で夜遅くまで帰ってこないので、だいたい家事は全部やっていましたよ」
「そうか。俺も似たような感じだ」
「まあそうなりますよね」
俺には母が、白乃には父がそれぞれいない。
加えて一緒に暮らしている親が仕事で忙しいので、自然と家事はこちらで請け負うことになる。
となると、俺も白乃も苦手分野があるわけではなさそうだ。
「白乃は何かやりたいものはあるか?」
毎日担当を変えるのも面倒だし、ここは家事ごとにやる人間を決めておくのが上策だろう。
「そうですね……では、食事当番を」
「料理が得意なのか」
「いえ、単に千里さんの作った料理を口に入れるくらいなら自分で作った方がマシというだけです」
「……そうか」
心が折れそうだ。白乃には一体俺がどんなふうに見えているんだろう。
まあ、白乃が食事当番を務めるということに特に異論はない。
残りの家事について分担を決めていき、それが終わったところで白乃は上着のポケットからスマホを取り出して時間を確認した。
「もう五時半ですね。そろそろ夕飯の支度をしておきます」
「あ、ああ」
そう言って白乃は一度部屋に引っ込み、必要なものを持ったあと一階の台所へと向かって言った。
我が家の台所はそれなりに大きく、調理器具も大抵のものは揃っている。
もともと冷蔵庫といいオーブンレンジといいやたら大きい器具ばかりだったのだが、同居人が増えた今ではそれもありがたい。
そんな我が家自慢の調理場を前に、白乃が胡乱な口調で言った。
「……何でいるんですか」
「手伝いくらいしようと思ってな。慣れない器具では大変だろう」
「いりません。結構です。本当に迷惑なのであっちに行ってください」
心底鬱陶しそうに言う白乃。取り付く島もない。
白乃はさっきまでの部屋着の上に水色のエプロンを着けていた。部屋着のほうは長袖で、制服のときから身に着けていたタイツも履いたままだ。もう六月になろうというのに、暑くないのだろうか。
……それにしても。
「何ですか、じろじろ見て」
「いや……よく似合ってるな、そのエプロン」
思わず本音が出た。
白乃の美しさはどこか浮世離れしたタイプのもので、こういった家庭的な服装はあまりイメージが重ならなかったのだが、実際に見てみれば意外なほどよく似合っている。
白乃の動作につられてエプロンを留める紐が揺れるので、何となく猫の尻尾のように見えてくる。
「……あなたに褒められても嬉しくありません」
「そうか」
「とにかく、手伝いは必要ありませんので部屋に戻っていてください」
再度俺のことを追い出しにかかる白乃。
ううむ。一緒に料理でもすれば溝も埋まるかと思ったんだが、そう甘くはないか。
「それなら、離れた場所から見学するだけならどうだ? 絶対に邪魔はしないし近づかないと約束する」
「……はぁ。もう面倒ですしそれでいいです」
溜め息を吐きながら渋々といった様子で見学を許可してくれる白乃。
「ただし、必ず私の半径三メートル以内に入らないでください。それより内側に入ってきたらこの砥石で殴ります」
「お前は俺の何をそんなに警戒しているんだ……」
殺伐とした雰囲気の中、神谷家の夕飯作りが開始された。
お読みいただきありがとうございます。
いきなり評価いただいていてびっくりしました。
嬉しかったのでもう少し書きます。