6月5日③
「連絡先を交換するのは構わないが、なぜだ?」
「えっ」
言った瞬間、須磨が予想外の事態に見舞われたように硬直した。
「何か特別な理由があるのか?」
「りっ、理由? えっと、え―――――っとぉ……!」
ドスッ
俺の気のせいでなければ、いま隠岐島の肘が須磨にめり込んだように見えたんだが。
「白乃のことですよ。……ほら、白乃ってちょっと訳ありじゃないですか。男苦手だったり」
「あ、ああ」
声を潜めて隠岐島が言ってくる。隠岐島は平然としているが、横では腹を押さえた須磨が悶絶していて心配になる。大丈夫なのか……?
「……二人は白乃の事情についてはどこまで知っているんだ?」
気になったのでいちおう聞いておく。俺の質問に隠岐島は怪訝そうな顔をしてから教えてくれた。
「どこまでって……白乃は女子校育ちだから男子に免疫ないって聞いてますけど」
なるほど。白乃は教室ではそういう理由付けをしているのか。
隠岐島は「まあ理由はどうでもいいんですけど」と言ってから、
「白乃をフォローするためにも情報交換の手段はあったほうがいいと思うんですよね」
「ふむ」
「アタシたちは教室での白乃の様子を、先輩は家での白乃の様子を見て、何かまずそうならお互いに報告。そのためのLINE交換です」
「一理あるな」
俺は頷いた。確かに自分で抱え込む癖のある白乃をフォローするには、周囲も連携を取るべきだろう。
というわけで、俺は二人とLINEの連絡先を交換した。なぜか須磨がやたら緊張していたのが印象的だった。
「それに、アタシは個人的に先輩に興味あるんで」
「? 俺にか」
隠岐島がそんなことを言ってくるが、俺には心当たりがない。
「アタシ、この間の中間テストで学年一位だったんですけど……なんか張り合いなくて。だって一位取っちゃったら、次は落ちるか現状維持しかなくてつまんないじゃないですか」
……どこかで聞いたことのある理屈だ。
というか、隠岐島は学年一位なのか。言われてみれば、確かに頭の良さそうな雰囲気があるな。
「そんで先輩は二年の一位ですよね?」
「まあ、そうだな」
「だったら次からアタシと勝負しましょうよ。一年と二年じゃ科目違いますけど、競う相手がいたほうがやる気出るじゃないですか」
「なるほどな。そういうことなら構わないぞ」
むしろ望むところだ。自分で言うのもなんだが、二年の二位とは点差がけっこうあるのでその手の勝負は難しいのだ。モチベーションの維持にはちょうどいいだろう。
キーンコーンカーンコーン……、
「あ、やば。予鈴だ」
「そろそろ戻らないとだね。……先輩、これありがとうございます!」
「ああ」
と、須磨と隠岐島は連れ立ってその場を離脱した。
去り際。
「(……凛、咄嗟によくあんなスラスラ言葉出てくるね。LINE交換の理由なんて考えてなかったよ)」
「(フォロー代はクッキー一つね)」
「(うええっ! だ、駄目だよこれは! せっかくもらったんだから!)」
二人は何か話していたようだが、内容までは聞こえなかった。
席に戻ると、タッパーは空になっており、信濃はにやにやしていた。
「かわいい子だったねえ」
「? 可愛い子『たち』だろう。二人とも相当な美人だったぞ」
「それでこそ千里だ。うーん、面白くなってきたなあ」
……なぜこいつは楽しそうな顔をしているんだ?
その日の夜。
自室で明日の予習をしていた俺のもとに、一件のLINEメッセージが届いた。
差出人は……須磨だ。どうかしたのだろうか。
茶髪を内巻きにした後輩の姿を思い出しながらトーク画面を開く。
みくり『お菓子ありがとうございました。美味しかったです!』
みくり『(スタンプ)』
「なんだこのスタンプ……ウーパールーパーが好きなのか?」
やる気の感じられない両生類が感謝している絵だ。最近はこういうのが流行りなんだろうか。
喜んでもらえてよかった、と返信。一瞬で既読がついた。
みくり『お礼になるかわかりませんけど』
みくり『これどうぞ』
みくり『(画像)』
そこにあった写真は、昨日の球技大会のときに撮ったものだろう。満面の笑みを浮かべる須磨と、呆れたような隠岐島。それから二人に挟まれて、どこか恥ずかしそうに、そして少しだけ嬉しそうな顔をした白乃が映っていた。
……思わず保存した。
こんな可愛い表情をした白乃は家ではなかなか見られない。
みくり『白乃ちゃん、すごくかわいく撮れたので!』
みくり『(スタンプ)』
俺は少し考え、返信を送った。
× × ×
「――うひぇっ!?」
LINEのトーク画面に表示されたメッセージを見て、須磨みくりはベッドの上で奇声を上げた。
神谷千里『ありがとう』
神谷千里『白乃だけでなく、須磨も隠岐島も可愛く撮れていると思うぞ』
思わず手が止まってしまう。
「うわうわうわ、普通こんなストレートに言うー……?」
ぽす、ぽす、と足で布団を叩きながら、返信に迷う須磨。顔が赤くなっているのが自分でわかる。
普通ならこんなものはお世辞と割り切れるが、千里に対してそれは難しい。
なぜならこれを大真面目な顔で言ってくる彼の顔が容易に想像できるからだ。
そもそも、彼が自分にお世辞を使ってくるとも思えなかった。
どうやって返そうかなあ、へたに謙遜するのも『もっと褒めてアピール』みたいでやだなあ……とか考えているうちに、トーク画面にさらなるメッセージが追加される。
神谷千里『だが、こんな画像を持っていることが白乃にバレたら嫌われてしまう』
数秒後、
神谷千里『悪いんだが、この件については俺と須磨だけの秘密にしてもらえないか』
「…………、」
須磨が硬化する。秘密。二人だけの。
別に大したことは言っていないのだが、なぜかその一言は須磨の心臓を盛大に跳ねさせた。うああああ、と胸を押さえてベッドの上で転がる。
どうしよう。駄目だ。何言われてもどきどきする。
枕に顔をうずめたまま、須磨は思わず千里とのトーク画面を閉じた。
それから別のトーク画面をタップし、無料通話ボタンを押す。
十秒ほどコール音を鳴らすと通話がつながった。
「何か用? アタシ風呂入りたいんだけど」
「凛どうしよう。神谷先輩がずる過ぎて死んじゃう」
「アンタ結構チョロいわよね……」
通話口の友人、隠岐島凛は呆れたようにそう言っていた。
お読みいただきありがとうございます。
六月五日はこれにて終了。
次回は時季外れの台風が来ます。




