6月5日②
「――昨日は最後の試合に出られなくてすまなかった。これは詫びだ、受け取ってくれ」
一限と二限の間の休み時間。
俺が差し出したタッパーの中身を見て、信濃は目を瞬かせる。
「なにこれ? クッキー?」
「まあ、そうだ。メロンパンのクッキー部分だけで焼いたものだな」
タッパーに詰め込まれているのは、五百円玉サイズの焼き菓子だ。小型のメロンパンのようにも見えるが、パン生地は使っていない。
朝食に作ったメロンパンの材料の余りで作ったものだ。
実を言うと、半分くらいこれを作る目的で朝食をあれにしたという経緯がある。
「意外と器用だよね、千里って」
そう言いながら信濃はメロンパン型クッキーをつまんで宙に放り、うまく口でキャッチした。「おいしー」と言っているので、喜んでもらえたのだろう。
「改めて、昨日は悪かったな」
「別にいいんじゃない? ボクがみんなにはきちんと説明しといたし」
「助かるよ。礼に足りるかわからんが、好きなだけ食ってくれ」
「わーい」
そんなやり取りをしていると、他のクラスメイトたちも「そういう話なら俺たちももらえるよな」「男子だけずるい」「っていうか神谷こんなの作れるのかよ!?」と集まってくる。
「「「――うまっ!?」」」
「そう言ってもらえると作った甲斐がある。こちらにも、数は少ないがパイ生地の余りで作った小型のチョコパイがあってな、」
「寄越せ」「早いもの勝ちだろ!」「荒れるな男子! じゃんけん大会!」
「千里ってほんとに人に何かあげるの好きだよねえ」
俺が彼らにも菓子を振る舞っていると――、
「神谷、お客さんだぞー」
「? ああ」
クライメイトに呼ばれたので、教室の入り口のほうまで歩いていく。
するとそこにいたのは、見覚えのある二人組だった。
「君たちは昨日の……」
俺が言うと、彼女たちは小さく会釈してくる。
「は、はいっ。昨日はそのっ、お、お世話に……」
「落ち着け須磨。……アタシは隠岐島凛です。こっちが須磨みくり。白乃の友達です」
昨日保健室で遭遇した、白乃の友人二人だ。
内巻きの茶髪をセミロングにしているのが、須磨みくり。
まっすぐな黒髪をさらに長く伸ばしているのが、隠岐島凛。
そう名乗ってくれたので、俺も簡単に自己紹介しておく。
「俺は神谷千里だ。知っていると思うが、白乃の義理の兄でもある」
「どうも。今、ちょっと話せますか」
と、隠岐島のほうが言ってくる。ほぼ初対面の男子、それも先輩相手に平然としているあたり、なかなか気の強い性格をしているのかもしれない。
「い、忙しかったら出直しますから!」
そして須磨のほうは妙に緊張している。なんだ。そんなに俺は威圧的な雰囲気を発しているのか。
俺は首を横に振った。
「いや、ちょうどいい。どのみち後で君たちには会いに行くつもりだったからな」
「「?」」
「こっちの話だ。これで、俺に何か用があったか」
ここは二年の教室が並ぶ階だ。特別教室もないので、用もなく一年生がぶらつくことは少ない。茶髪のほう――須磨が口を開いた。
「えっと……白乃ちゃんのことで」
「白乃に何かあったのか!?」
「い、いえっ。そういうことじゃなくてですね!」
俺が思わず詰め寄ると、須磨が一気に顔を赤くした。しまった、驚かせてしまったか。
「(近い近い近いむりむりむり緊張する……近くで見るとほんとかっこいい死んじゃう)」
「(落ち着け須磨)」
何やら須磨と隠岐島が話している。……そんなに不愉快だったか。そうだろうな。俺は親しい友人でもないわけだし。
「……すまない。白乃はどうかしたのか」
再度俺が訊くと、今度は隠岐島が答えた。
「いえ、今日は元気そうですけど。でも白乃、まわりに心配かけないように無理する子っぽいんで、家ではどうだったのかなーって聞きにきたんです」
須磨も隣でこくこくと頷く。白乃を気にしてくれているのか。
「心配してくれてありがとう。だが、問題ないと思う。昨日よく眠って、今朝は平気そうにしていた」
「そうですか……」
「ならよかったです」
と、二人は安堵したように言う。なんといういい友人だ。
……せっかくだから、今のうちに渡してしまうか。
少し待っていてくれ、と告げ、自分の席に戻って鞄から二つのラッピングされた包みを取り出す。それを持って再び入り口で待つ須磨たちのもとへ。
「これを受け取ってほしい」
「……? えっと」
「昨日、白乃の看病を任せてしまったからな。その礼だ。味は悪くないはずだが」
さっき俺は「もともと会いに行くつもりだった」と言ったが、その用件がこれだ。
ラッピングの中身はメロンパン型クッキーとチョコパイである。
クラスメイトに渡すぶんはタッパーに入れてきたが、この二人のぶんだけはあらかじめ分けて確保しておいたのだ。
「! いいんですか!?」
「すげー。手作りですか、これ」
須磨がびっくりしたように肩を跳ねさせ、隠岐島は物珍しそうにそれを眺める。
「神谷先輩、何でもできるんですね!」
「菓子作りは特別だよ。好きなんだ、そういうの」
「なんだこのハイスペック……白乃といい、神谷家どうなってんのかしら」
どうやら喜んでもらえたようだ。特に須磨のほうはきらきらと目を輝かせている……甘いものが好きなのか?
白乃に渡してもらってもよかったが、それでは俺が感謝の言葉を告げるタイミングがなくなってしまう。向こうから来てくれたのは丁度よかった。
俺は、ちらりと時計を見る。休み時間がそろそろ終わりそうだ。
「次の授業が始まるぞ。教室に戻ったほうがいい」
俺が言うと、二人は頷く。
頷くが……なぜか動かない。どうしたんだ?
そしてなぜ須磨はちらちら俺を見ては顔を赤くしているんだ。
「(おい須磨)」
「(わかってるよわかってるから)……あの、先輩」
「どうした?」
「ら、――LINEの連絡先、教えてもらえませんか?」
予想外の言葉に、目を瞬かせた。
お読みいただきありがとうございます。
続きはできれば今日中に上げますが、どうも明日になりそうな予感が……