6月4日②
さて、今日で白乃が転校してからちょうど一週間が経過している。
転校生という立場、さらに超がつくほど美人な白乃は学校中の注目を集め、今や一年だけでなく他学年にも名前が知られている。
そう、名前が知られているのだ――神谷白乃、と。
さらに白乃は俺とは義理のきょうだいであるということを、特に隠していないようだった。よって俺と白乃の関係についてもそれなりに広まってしまっていた。
血のつながっていない年下の美人と同居しているということで、羨ましがられたり、白乃との仲を邪推されたりと周囲の反応はさまざまだ。
それ自体は構わない。
別にやましいことは何もないのだから否定すれば済む話だ。
基本的には構わない、のだが――、
「なあ神谷、お前例の転校生と一緒に暮らしてるんだって?」
そんなことを聞いてきたのは、黒髪の側面を刈り上げ、顔に軽薄な笑みを張り付けた男子生徒だった。
俺と同じく二年の、赤城という男だ。所属は確かバレーボール部。
「そうだが……俺なんかと話していていいのか赤城」
俺はちらりと赤城の後方を見た。そこには、バレーボールの屋外コートで二セット目の準備をしている赤城のクラスメイトの姿がある。
「お前のクラス、まだ試合中だろう。そろそろ二セット目が始まるぞ」
俺はそう聞いた。
今は球技大会の真っ最中。
トーナメント形式の一回戦はすでにすべて終わっており、俺の所属するB組はすでに勝利を収めている。現在はクラス全員で二回戦の対戦相手を偵察しているところだ。
赤城はその片方、二年D組の選手なのだが……なぜ試合中に観客に話しかけに来ているんだ、こいつは。
「まあそうなんだけど、次の試合前に話す時間あるかわかんねーし。つか俺、お前のこと探してたんだよ」
「俺に何か用でもあるのか?」
「まあ聞けって」
赤城は口端を吊り上げ、馴れ馴れしく肩を組んできた。それから耳元でささやいてくる。
「お前、一年の白乃ちゃんと一緒に暮らしてるわけじゃん? ……で、ぶっちゃけ白乃ちゃんって俺の好みなわけよ」
「言っておくが、連絡先なら教える気はないぞ」
何か言われる前に先手を打っておく。
白乃との仲立ちをしろ、と俺に言ってくる手合いは多いがすべて断っている。というかそもそも白乃が男嫌いなのを知っているのに協力するわけがない。
赤城は失笑した。
「別にいいよ自分で訊くし。お前、童貞っぽいからわかんねーかな?」
「……? 何の話だ」
「ああいう世間知らずっぽい子が一番チョロいんだって。あんなんちょっと話して好感度上げとけばすぐ落ちるぜ」
「……なに?」
「嘘じゃねーって」
――男慣れしてないやつはすぐにこっちの言葉を信じるから、簡単に食える。
――この間も女子高のメンツと合コンをしてその全員と寝た。
――処女をもらってやった代わりにホテル代は向こうに払わせた。
どこか誇らしげにそんなことを言ってくる赤城に、俺は唖然としてしまう。
何だこいつは。一体何を言っている。
「言っとくけど騙したりしてねーよ? 何だかんだ最後には向こうも喜んでるし」
「……」
「ぶっちゃけ俺って顔イイしスポーツできるから、俺と関係あったってのがステータスになるんだよな。女の扱いにも慣れてるし、優良物件だと思うぜ? 俺」
「…………」
「んで、相談だ。どうせこの試合D組が勝つし、次の相手はお前らB組だろ? その勝負でうちが勝ったら、お前から白乃ちゃんに口利きしてくれ」
「………………、」
ようやく感情が追いついてきた。
ようやく、目の前にいる男がどんな人間なのか認識できた。
「……いいだろう」
呟くように、俺は言った。
「お前が勝てば、白乃に紹介してやる」
言うと、隣のクラスメイトの男子が「おい、何言ってんだ」と目を見開いた。赤城は舌なめずりをするような笑みを浮かべている。
ただし、と俺は続けた。
「条件がある。――こっちが勝ったら、お前は二度と白乃に関わるな」
赤城を強く睨みつけながら、そう告げる。
赤城は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑い声を上げ始めた。
「は、はははっ……いいぜそれで。俺が負けるわけねーし」
約束したからな、と念押ししてから赤城はバレーコートの中に戻っていった。
横からクラスメイトが俺に言ってくる。
「や、やばいだろ神谷……」
「何がだ?」
「お前知らないのか? うちのバレー部、県大会で準優秀だぞ? しかも赤城って言えば」
まったく同時、ドパンッ! と音がしてコートの奥でボールが跳ねた。赤城が放ったスパイクが地面を抉った音だ。対戦相手たちは反応することもできていなかった。
「……一年の頃から、ずっとエーススパイカーって話だぞ」
すでにD組の対戦相手であるC組の生徒たちは戦意喪失している。
そういえば、一セット目はトリプルスコアで蹴散らされていたなC組の連中は。
「おいどうすんだよ、あんな約束しちまって! 俺たちのせいでお前の神谷の妹があんなのに食われるとかシャレにならねー!」
頭を抱えるクラスメイトに、俺は端的に言った。
「問題ない」
「え?」
「あの男……俺の前で白乃を侮辱するとはいい度胸だ。絶対に許さん」
「……か、神谷?」
なぜかクラスメイトが引いている。
俺は背後に視線をやって、すでににやついている金髪の男に声をかけた。
「――完膚なきまでに叩き潰す。信濃、手を貸せ」
「りょーかい」
信濃は面白がるように笑ってそう応じた。
お読みいただきありがとうございます。
感想で白乃が『スペランカー一歩手前』って言われててめっちゃ笑ってしまいました。
ご指摘がいくつかあった握力についてですが、包丁ならもうちょっと強いです。
握力測定器のグリップがやたら広くなっていたせいで手の小さい白乃はうまく握れなかった……ということでひとつ。たくさんの感想、ありがとうございました。
次回は処刑タイムです。