6月3日③
それからいくつかの売り場をめぐり、買い物を済ませていく。
それなりに大荷物になったが俺も体力はあるほうだし、父さんはなおさらだ。特に問題なく買い物は進んでいったのだが――不意に、香澄さんがこんなことを言った。
「次は白乃と二人で行きたい場所があるんだけど、充さんと千里くんにはちょっと居心地が悪いかもしれないわねえ」
「? どこに行くんですか?」
これでも荷物持ちとしてついて来ている身だ。多少居心地が悪くとも同行するくらいの覚悟は――
「ランジェリーショップに行こうと思うの~」
「俺は父さんと一緒に店の外で待っていますね」
これで本当について行ったら白乃の視線がマイナスに振り切れることだろう。店の入り口から少し離れたところにベンチがあるので、大人しくそこで待つことにする。
香澄さんと白乃と別れたあと、荷物をベンチに下ろしたところで、父さんが言った。
「少し任せる」
「? どこかに用事でもあるのか」
「雉撃ちだ」
今日び手洗いのことを雉撃ちと表現する人間がいるとは……
父さんは俺に荷物番を任せると、冬眠用の洞穴を探す熊のような足取りで歩き去っていった。
さて、暇になった俺である。
信濃あたりはスマホに大量に入っているソーシャルゲームで時間を潰すのだろうが、俺はその手のものはあまりやっていない。……勉強でもするか。
そんな感じで電子版の参考書を眺めること数分。
「あの、ちょっといいですか?」
ふと、声をかけられた。
顔を上げると、そこには女性客の二人組が立っていた。長い黒髪と明るい茶髪で、どちらも整った顔立ちをしていると思う。服装も華やかだ。……大学生、だろうか?
「何でしょうか」
俺がスマホをしまって訊くと、茶髪のほうがこう言った。
「えっと……道に迷っちゃって。『リズリア』っていう服屋さんに行きたいんですけど……」
「ああ、それならひとつ下の階ですよ」
俺はこのショッピングモールにはよく来るので、ある程度の店の配置は覚えている。リズリアというのは、確か女性人気の高いブランドショップのはずだ。
「ありがとうございます。……あの、今から時間ありますか?」
「? あるといえばありますが……」
少なくとも父さんたちが戻ってくるまで俺はここで時間を潰すことになるだろう。
「だったら、少しお茶しませんか? 私たち、このあたりのこと詳しくなくて、いろいろ教えてほしいなーって……も、もちろんお茶は奢ります!」
なぜか頬を赤らめながら、茶髪女子大生はそんなことを言った。
なるほど……このあたりに詳しくないということは、遠方から遊びに来たのだろうか。地元民の俺としては、いくつかおすすめスポットを紹介することもやぶさかではない。
だが、今の俺は家族で来ている身だ。この誘いを受けることはできない。
どう断ろうか、と少し考え、それからあるものを見つけてこう答えた。
「すみません。俺は彼女と来ているので」
と女子大生二人組の後ろを手で示す。彼女たちが振り返った先には、ランジェリーショップから出てこっちに歩いてきた白乃がいた。
「か、彼女……ですか?」
「はい」
俺が言うと、茶髪女子大生は「そうですかぁ……」と言い、道案内をしたことへの礼を告げてから去っていった。去り際、黒髪のほうが慰めるように彼女の頭をぽんぽん叩いていたのだが、あれはどういう仕草なんだろう。
入れ替わるように、白乃が歩み寄ってくる。
「……誰が彼女ですか」
「? 女性の三人称は『彼女』だろう」
「ああそういう……お気の毒に」
なぜか白乃は呆れたような表情を浮かべている。気の毒、というのは一体誰の何に対して言っているのか、俺にはよくわからない。
「香澄さんはどうした?」
「まだ買い物中です。私はほしいものがなかったので出てきました」
そう言い、『隅に寄れ』視線で伝えてきたので大人しくベンチの端に移動する。反対側の端に、極力俺に触れないような動作で白乃が座った。
「……それにしても」
白乃が言った。
「私には一人で行動するな、なんて言っておいて自分はそれですか。いいご身分ですね」
「……?」
「女性に声をかけられていたじゃないですか」
「道を聞かれただけだが」
「あれを世間一般では逆ナンというんです。……なぜいきなりスマホを取り出すんですか」
検索:『逆ナン 意味』 → <女性から男性に声をかけてナンパをすること。 ナンパは男性が声をかける側なので、その逆という意味。>
なるほど。
「白乃、それは先方に対して失礼だ。向こうは単に道に迷っていたり、観光スポットを聞きたがっていただけだからな」
「残念です。千里さんがこんなめんどくさい人だと知ってたらあの人たちも声をかけなかったでしょうに」
「だいたい、俺はナンパされるほどの外見じゃない」
信濃を見ていればわかる。美男子とはああいう人種のことを言うのだ。あいつに比べれば俺など並もいいところだ。
「……これは客観的な話ですが」
「ふむ。何だ?」
「……これはあくまで客観的な話で他意はまったくないんですが」
「なぜ二回言うんだ」
じっと俺の顔を見て、白乃は微妙に不本意そうにこう言った。
「千里さん、顔立ちは整っていると思いますよ。女性に声をかけられてもおかしくないくらいには」
俺は目を瞬かせた。
「はは、お前でも世辞を言うことがあるんだな」
「……ほんとめんどくさいですね、この人」
ほとほと呆れたように、白乃は溜め息を吐いた。解せない。
お読みいただきありがとうございます。
……実はそこそこ格好いい主人公。
六月三日は次回でラストになると思います。




