6月3日②
「あら~、このお茶碗可愛いわねえ」
と、香澄さんが食器売り場の棚を眺めて言った。
我が家から車で十五分ほどの位置にある『レオンモール』一階で、現在俺たちは日用品を物色していた。
いろいろ足りないものはあるが、とりあえず食器類に関する不便が多かった。
朝トーストにジャムを塗って、コーヒーに入れたミルクや砂糖をかき混ぜて、なんて全員がバラバラのタイミングでやるせいで毎日スプーンが足りなくなり、最終的に計量スプーンを使う、みたいな事態が頻発したのだ。
今は香澄さんと白乃が使う茶碗を選んでいる。
香澄さんは父さんを連れまわして商品を物色しているんだが……なぜか白乃はさっきから店内のある一か所に視線を向けたまま動かない。
「白乃。何を見てるんだ?」
「……いえ、特に何も」
口ではそう言いながら、よほど気になるようで白乃は相変わらず微動だにしない。
視線の先を追ってみると、そこはキッチン用品のコーナーだった。しかもパエリア専用の鍋だのせいろだの中華鍋だの汎用性の低そうなものばかり置いてあるあたりだ。
「……欲しいのか?」
「珍しいから見てるだけです」
「白乃は本当に料理が好きなんだな」
「好きですが、千里さんと長時間話すと疲れるので会話はここで終わりです」
「そうか……」
暗に黙れと言われた。俺はメンタルが強いほうだと自負しているが、そろそろ限界が見えつつある。
「白乃ちゃん、これ可愛いわよ~。どうかしら?」
香澄さんに呼ばれ、白乃はぱたぱたと香澄さんや父さんがいるあたりに向かう。
「これよこれ。白いうさぎ模様が白乃ちゃんっぽいなって思うのよねえ」
「そうかな。確かに可愛いけど……」
白乃はそれを見て、それからわずかに目を細めた。
それから棚の中にあった別のものを手に取る。
「私はこっちのほうがいいかな。いいでしょうか、充さん」
「……俺は構わんが」
「じゃあ、これにします」
「本当にこれでいいのか」
「はい。これがいいんです。花柄が好きなので」
白乃はにこやかに言っているが、対照的に父さんは心なしか残念そうな顔をしている。
「本当に、どれでもいいんだぞ」
だが、白乃は意見を変えず、結局白乃が自分で選んだ花柄のものを購入することになった。
……何だったんだ?
三人が会計コーナーに向かっていく中、俺はふとさっきまで白乃たちが見ていたあたりに視線を投げる。
「……なるほど」
香澄さんが勧めていた茶碗の値段は三千円近くする。対して白乃が選んだのはもっとも安い、二百円くらいの商品だ。見るからに質も違う。
単に柄の好みならいいが、そういう問題ではないのだろう。
香澄さんと父さんはどちらも収入があるが、今日の支払いは基本的に父さんの財布からだ。おそらく白乃は父さんに遠慮して安いものを選んだのだ。
ぶっちゃけた話、父さんの収入は四十代半ばの平均をかなり盛大に上回っている。白乃の配慮はまったく無意味なのだが、父さんと白乃はまだ同居を始めて一週間しか経っていない。高価なものをねだるのは難しいだろう。
時間が解決してくれる問題だとは思うが……ふむ。
「千里。何を呆けている。次に行くぞ」
「ああ、わかった」
会計を終えた父さんに呼ばれ、俺は三人を追って食器売り場を出た。
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次回はナンパです。




