6月3日
「今日はお買い物に行こうと思うの~」
休日の昼下がり。
ダイニングテーブルをはさんで俺と向かい合う位置の席から、のんびりした声が上がった。
「買い物ですか、香澄さん」
俺が尋ね返すと、香澄さん――つまり白乃の母にして俺の義母である人物は頷いた。
「私も白乃もこっちに来たばかりで、まだ足りないものとかあるし。ね、白乃ちゃん」
「そうですね……確かに食器なんかは足りない気がします」
と、白乃が猫かぶりモードで応じる。
白乃と並んで座っているから余計にだが、香澄さんと白乃の顔立ち自体はよく似ている。だがどこか雰囲気が違うと感じるのは、普段の白乃を見慣れているからだろう。
俺の中で白乃は冬・雪、氷、といったイメージ。対して香澄さんからは春や暖気が連想される。
……それにしても、この外見で四十代というのがいまだに信じられない。せいぜい二十代後半にしか見えないぞ。白乃と並ぶと年の離れた姉妹のようだ。
「充さんも構いませんか」
香澄さんが訊くと――
「構わん」
低く、重々しい声が響いた。
「車は俺が出そう」
声の主は俺の父親、神谷充だ。身長百八十五センチ、体重九十五キロ、ベンチプレス二百キロオーバー。余談だがベンチプレスの男性平均は四十キロだ。
ちなみに空手と柔道の有段者。酔った走り屋が突っ込んで来た際、そのバイクを素手で止めたという逸話を持つ人型の熊である。
そんな人物が、眼前で「ありがとう~休日なのにごめんねえ」などと朗らかに笑っている香澄さんの再婚相手とは世の中わからない。
初対面の相手を例外なく怯えさせる低く抑揚の少ない声色で、父さんは言った。
「行き先は最寄りのショッピングモールがいいだろう。千里、お前はどうする」
「行くよ。荷物持ちくらいさせてもらう」
「……、」
「いま嫌そうな顔をしたか白乃」
「? 何のことですか?」
両親の前なので白乃の猫かぶりにも余念がない。
そんなわけで、休日の午後は家族全員で買い物に行く運びとなった。
準備を済ませて家を出ると、白乃は先に外にいた。父さんと香澄さんはまだ家の中だ。
「おお、白乃。準備が早……」
気軽に声をかけそうになって、俺はぴたりと動きを止めた。
「なんですか。何か用ですか」
「……」
「何か言ってください」
「白乃。今日は絶対俺から離れるな。というか、絶対に一人で行動するな」
白乃が訝しげに、「はぁ?」と言ってくる。いや、それはまずい。いくら何でもまずい。
「……? なぜですか」
「自覚がないのか。今のお前は可愛すぎるんだ。一人になったら絶対ナンパされるぞ」
そう、白乃の私服姿は途轍もなく魅力的だった。パンツルックなのにボーイッシュさはほとんどなく、全体的に白乃の線の細さを強調するような取り合わせとなっている。
「……っ、またあなたは」
白乃が息を詰まらせ、視線を逸らす。その姿を見て俺は確信した。
今日の白乃の可愛さは危険だ。普段から白乃のことを見慣れている俺ですら見とれるほどなのだから間違いない。今の白乃+休日+ショッピングモール=Xナンパ男とするとXが一桁で済むとは思えない。
「いっそ上下ジャージに……いや、美少女の系統が変わるだけだな。ならばTシャツにジーンズ……駄目だ。逆にお洒落に見えてしまう。くっ、どうすれば白乃の可愛さを隠すことができるんだ!」
「……千里さん。その恥ずかしいシミュレーションは頭の中でだけやってくれませんか」
俺の目が届く範囲なら守ってやれるだろうが、手洗いなどで白乃が単独行動するケースも想定できる。決して楽観はできない。
「だいたい余計なお世話です。私がどんな服を着ていても勝手でしょう」
「あのな、俺は真剣に考えて……、」
言いかけて、俺は首を傾げた。
「……白乃。なぜお前は顔を赤くしているんだ」
「あ、……暑いからです。六月だからです。なんですか。妙な勘違いはやめてもらえますか」
威嚇する猫の眼差しで睨まれた。一体俺が何を勘違いしたというのだろう。どう考えても今日の白乃の可愛さは危険水準だと思うのだが。
背後からぱたぱたと足音が聞こえた。
「待たせちゃってごめんね~、……何かあった?」
「な、何でもないよ。お母さん」
準備を終えて登場した香澄さんに白乃はそう応じたが、その声は微妙に上ずっている。
俺はそんなにまずいことを言ったのか……?
とりあえず買い物中は白乃から目を離さないようにしよう、と俺は決意した。
お読みいただきありがとうございます。
日間五位をキープ中です。朝一瞬だけウルキオラになれたのですが、気付いたらサンタテレサが祈っていました。やはり上位は手ごわい……! というかBLEACHネタばかりだとアレなので今回で終わりにします。
いつも評価ブクマありがとうございます! そして今日、感想までいただいてしまいました。それも複数! 大切に読ませていただいております。
今日あと一回か二回更新します。