終わり良ければ全て良し
山田太郎は買い物する予定だったが、バスの中でのゆっけとの取引で思わぬ大金が転がり込んだ。
だが、大剣を買うには資金が足りず、目的のものは買えない。
とりあえず錬金術師の所に薬草を届けて1万円相当の1ゴールドを貰い日銭を稼ぎつつ、スライムを倒して一攫千金を狙おう。スライムの酸でも分解できない魔石それは高いに決まっている。
だが、その前に武器屋の下見に行こうと山田太郎は思った。剣と盾のマークの看板が目に入り、その店に入った。するとヒゲを生やしたイカツイ男が武器の手入れをしながら「いらっしゃい。兄ちゃん何を買っていくんだ? 予算は」と話しかける。
「予算は800ゴールド古い大剣なら買えないか?」
と山田太郎が受け答えると店主は難しい顔でこう言った。
「古い大剣な…1800ゴールドだな。新品は2800ゴールドくらいにしておくか。全然足りねえよ。悪いな兄ちゃん。戦の影響で大剣は値上がりしてるんだ。戦で手柄を立てたいなら間違いなく大剣だからな」
山田太郎は軽くめまいを起こした。日本円にして2800万円。中古でもいいかと思った。これだけの金があれば家も車も手に入る値段だ。異世界の物価の高さは予想以上だった。現実世界の高級車のディーラーの店が武器屋だと認識しておいて間違いはないだろう。
武器屋を後にした山田太郎はその足で錬金術師の元へ向かった。山に向かって歩く途中で怖そうな一団が後ろからつけてきてるような気がしたが、そのうちいなくなるだろうと思っていた。が、山道に入ってもついてくる。
「兄ちゃん。金置いてきな。800ゴールドとはずいぶん金持ちじゃねえか。俺達は山賊。金の臭いを嗅ぎ付けたら止まれねえのよ。止まらねえんだ」
山賊に遭遇してしまった山田太郎。どうやら武器屋での会話を聞かれていたらしい。
「これは大切な金でな。100ゴールドで勘弁してくれるなら払うがどうだ?」
「そんなはした金いらねえよ。こっちは10人で分けるんでね。命か金が選べよ」
山田太郎はバッグのチャックを少し開ける。手探りで鉄線バットを掴み取り出した。
「命と金の両方だ!」
山田太郎は一番近くにいた山賊の短剣を目掛けて思い切り鉄線バットを振り抜いた。その動作はまるで野球選手のようだった。金属音と共に短剣が空中に舞う。まるでホームランだ。そして、それと同時に短剣の着地点に走る山田太郎。くるくると回転しながら地面に突き刺さる短剣。それをすぐさま拾う。
左手に鉄線バットを右手に短剣を持つ。その姿はまるで宮本武蔵の二刀流だった。
「さあ、来いよ。相手はひとり怖いのか?」
内心怖いが精一杯の虚勢を張った。これは言うならばハッタリ猛者の振りをして相手を怖じけづけようとしているのだ。
「ふざけるな。やっちまえ!」
どうやら逆効果で挑発になってしまったようだ。
山田太郎は錬金術師の家の方角にそのまま走り出す。足の早さには自信があった。
そこで山賊を少し引き離したら立ち止まり、短剣で斬りつけて、鉄線バットで吹き飛ばす。
これを繰り返し10人の山賊相手に等しくダメージを与えた。
無傷の山賊はひとりもいなくなった。鉄線バットで腕を殴られて庇う者、短剣で足を切られて傷口から血を流し引きずる者、肩を押さえる者、様々な怪我を山賊に与えた山田太郎。だがしかし、致命傷を受けた者はひとりもいなかった。
「どうだ。俺は強いだろう。降参するなら見逃してやるぜ」
山田太郎は精一杯低い声でこう言った。これはもちろん虚勢でありハッタリだ。心の底では山賊達に逃げてほしかった。人を殺すのが怖いのだ。
「お前の方こそ怖そうだな。いいだろう。俺との一騎討ちで勝ったら見逃してやるよ」
山賊のリーダーが一騎討ちを申し出てくれた。これで勝てれば人を殺さずに済むと山田太郎は安心した。
「一騎討ちかいいだろう。望むところだ!」
大きな旅行用バッグを地面に置いて、背中に背負った登山用のリュックサックも地面に置いた山田太郎は全力モードだ。
右手の短剣で山賊のリーダーの右腕を斬りつける。それを軽々と受け止め、反撃をしてくる。それを横に飛んでかわして、鉄線バットで肩を狙って反撃をする山田太郎。
「お前は腕、足、肩しか狙わねえ。攻撃が読めれば怖くねえんだよ。人を殺すのが怖いなら冒険者なんかやめてしまえ!」
「まったくその通りだわ。山賊おやぶん。あ、やば! つい相づちを」
山賊リーダーの言葉の後で山田太郎の背後の茂みから女性の高い声が聞こえた。山田太郎は戦闘に夢中で聞こえてなかった。
「くそ! 一騎討ちに勝てれば見逃してもらえるのに! 頼む見逃してくれよー! 見逃せ! 見逃せよ!」
山田太郎は2本の腕で力の限り攻撃をしまくる。もう乱舞と言っていい勢いで山賊リーダーは防戦一方だ。
「おお! こいつはすげえ。疲れるどころか一撃、一撃ごとに速く重くなって行く。こいつは化物の素質あるぜ。人さえ殺せたらだがな!」
山賊リーダーは山田太郎が疲れきるまで防御に回った。200回は打ち込んだだろうか。山田太郎は地面にバタリと倒れ込んだ。
「ようやく気絶したか。悪いな兄ちゃん。こっちも山賊って仕事やってんだ。金は貰っておくぜ。命は取らねえって事で勘弁な」
「待ちなさい。山賊おやぶん」
山賊リーダーが山田太郎の気絶を確認し、バッグを漁ろうとしていると背後の草村から声がした。
「ずいぶんと小さな援軍だな。お子さまは帰んな」
「ちっさくない! それに私は21歳だ!」
草村に隠れていた。ゆっけが現れた。身長148センチの小さな体。ブーツを履いていないと140センチだ。
「太郎は人を殺せないけど私は違うよ。ミニマムデビルの名前は聞いたことあるでしょ?」
「な、なんだと…まさかあの! 確かに小さい…」
「だから、ちっさくない! 殺すわよ」
「お前ら相手が悪い逃げるぞ! 今後はコイツらに近づくなよ。命がいくつあっても足りねえよ」
ゆっけの正体を知った山賊はすっかり青ざめて逃げ去った。そして何故か山賊の悲鳴が聞こえてきた。ゆっけは何もしていない。山田太郎に膝枕をしていた。
「いやー、弱った山賊達に出会ってラッキーだったなぁ。大量の武器ゲットだぜ」
山賊の首を持ちそれをぐるんぐるんと振り回す男が現れた。それは九頭龍大だった。
太郎が必死に殺さないように全力を尽くしていた命が散った。今までの頑張りは何だったのだろう。
「そんな弱い男より俺と付き合えよ」
「ちょっと龍大さま! 私がいるでしょ!」
「あ、そうだった。悪い愛してる」
九頭龍大は、ゆっけに軽口を叩くとリナに怒られた。そしてなだめるようにリナにキスをした。舌をぴちゃぴちゃと音を出して絡める。
「濡れてるな。いやらしい所好きだぜ。今晩泊まっていいだろ。明日は冒険休みにするから」
九頭龍大とリナは公衆の面前でいちゃつき始めた。ゆっけは勝手にしろという感じで山田太郎とその荷物を背負って歩き出す。
「手伝いますよ。その荷物持ちます。明日も今日も冒険休みになったので」
冴子だけがバスツアー組から抜けて、ゆっけを手伝った。
「いいの?」
ゆっけの問いに冴子は笑顔でこう答えた。
「私なんかいなくても誰にも気がつかれませんから」
曲がりくねった山道を歩くと錬金術師の家が見えた。そこで草村ががさがさと音を立てた。山賊のリーダーが現れた。脇腹を弓矢で貫通されて苦しそうにしている。
「よう。姉ちゃん…錬金術師と知り合いかい? 悪いがちと、紹介してくれねえか。実は昔揉めて俺ひとりで会うと燃やされて消し炭にされてしまうんでな…本当に悪いが頼む…仲間も全員殺されてしまったし頼れるのお前らしか…」
山賊リーダーのルドルフは倒れてしまった。これで病人と怪我人が二人になった。
冴子が山賊おやぶんを背負い、ゆっけが山田太郎を背負う形になった。
女性の力ではかなり辛い。息も絶え絶えようやく錬金術師の家についた。
「なになに!? 病人と怪我人!? めんどくさいなぁ奥の診療室に寝かせて。貴女達も凄い汗じゃない。ゆっくりお茶でも飲んで休んでなさい。あ、自分でお茶入れてよね。あーめんどくさい。眠いだるい」
山田太郎の薬草摘みも休みになったらしい。錬金術師は山賊のリーダーを先に治療し終わった所で山田太郎が目を覚ました。もう夕方だった。
「目が覚めたかい。明日こそ頼むよ薬草集め。所で今日は無いのかな? とても柔らかなパンに美味しい物を挟んだあれ」
「本当に今日は仕事を休んでしまって申し訳ないです。はい。明日こそきっちり薬草集めます。サンドイッチですね? もちろんありますよ。皆で食べましょう」
そこからサンドイッチと紅茶で皆で食事をした。沢山作ってきて良かったと山田太郎は思った。錬金術師はカツサンドの美味しさに大興奮。
ゆっけは悪くない味だわと感心しながら卵サンドを小さな口でちびちび食べる。
冴子は皆に紅茶をつぎながら一番後で食事をした。そしてデザートの代わりに伝家の宝刀必殺のブラックライトニング。皆笑顔で食事を締めくくった。山賊リーダも満面の笑顔だ。