異世界無人島生活 第18話 リザードマンの単独捜査
竜人とは違い、全身が濃い緑の鱗に覆われてはいるが、その顔の造りは人間と大差なく、髪の毛もあるため初めて爬虫類人の実物を見た人間にもそれほどの忌避感はなかったであろう。
「うちはリンや。よろしくな ! 」
「ジョンだ」
「で ? そっちの部屋を破壊するだけ破壊した挙句にあいつらを逃がした頭がピンクの姉ちゃんは ? もしかしてあんたも同胞なん ? 」
室内の惨状を見渡した後、リンは興味深そうにシャロンを見つめた。
「同胞 ? どういうことですか ? ……ひょっとしてジョンも爬虫類人で、人間に『擬態』していたんですか ? 」
シャロンは疑りの眼でジョンを見ながら、少し後ずさる。
「そんなわけあるかいな。うちらが人間に擬態するなら、そんな怪しい風貌にはせんわ。ジョンの胸を見てみ。爬虫類人と友誼を結んだ印があるやろ ? 」
その言葉の通り、彼の胸は3センチほどの丸が二つ重なったような紫色の痣があった。
「……つまり爬虫類人の中に俺のことを知っている奴がいるってことか」
「 ? 」
訝しげな顔で彼を見つめるリンに、ジョンは自分が記憶喪失であることを簡単に説明した。
「……なかなか難儀やな。残念やけどあんたにその印をつけたんは、この島の爬虫類人やないと思うわ。人間のそんな所に印をつけた同胞がいるなら、噂になってないとおかしいからな。……多分やけど大陸の同胞の可能性が高いわ」
大陸の爬虫類人に会えば自分の素性がわかる──と初めて有益な情報を得た男が述べた感謝の言葉は、激しいドアの音にかき消された。
「大丈夫か !? 」
ドアが蝶番との繋がりを無理やりに断たれて、派手に吹き飛び、褐色の筋肉の塊のような男が飛び込んできたのだ。
「部隊長 !? どうしてここに !? 」
「シャロン !? お前こそ !? ……爬虫類人か !? 」
トレイは抜き身の剣でリンを指した。
「見ての通りや。なんか文句でもあんのか ? 」
ゆっくりとリンは口を大きく開いて、いつでも毒を噴射できる状態となる。
「ま、まて ! これを見ろ ! 」
慌てたトレイは右手のリストバンドを外し、手首をリンに向ける。
「部隊長…… ! 」
「……驚いたな。今日一日で、二人も人間の同胞に出会えるなんて……十二月の女神、セブリブラア様のお導きや……」
感慨深げに、リンは呟いた。
彼女の視線の先にはトレイの右手首に刻印された同胞の証、紫色の小さな丸があった。
「二人…… ? 」
部隊長の視線に対して、小さく首を横に振って自分ではないと示すシャロン。
トレイが改めてジョンを見ると、昼には背負った剣のベルトによって見えなかった刻印が確かに胸にある。
もっとも当の本人は、壁や窓ばかりでなく新たにドアまで破壊された彼の工房の惨状をただただ茫然と眺めているだけだったが。
天井に仕込まれた照明用アイテムが煌煌と室内を照らす中、三人はなんとか破壊を免れたテーブルについていた。
「……それにしてもすごいな。どういう仕組みや ? まるで昼間や」
眩しそうに目を細めて、リンは天井を見上げる。
「私も詳しいことはわかりませんが、特殊な加工をした金属に魔素を溜めておいて、そこから線を伸ばした先にある魔石に魔素を通して発光させてるらしいですよ。一般的、とまではいいませんが、お金に余裕のある家には普及してますよ」
シャロンが簡単に原理をリンに説明するが、今一つピンとこないようだ。
「そんなことより、一体何の目的でこの街に来たんだ ? 他にも仲間はいるのか ? なぜ襲われた ? 」
街はずれで怪しい二人組がぐったりした女性を運んでいる、という通報を受けて、午後から勤務していたトレイが近くまで来た時、激しい破壊音が聞こえて、慌てて駆け付けたのが今日からジョンが借りた工房、つまりはここだった。
当の工房主であるジョンは若干すね気味にドアの修繕にかかっていたが。
「まるで取り調べやな」
「す、すまん ! つい癖で……」
「まあええよ。腕に印があるってことは相当無骨な男やろうからな」
恐縮するトレイに、リンはけらけらと笑った。
その後ろを通り過ぎて、ジョンは奥の壁に向かう。
「……印のついてる箇所に何か意味があるんですか ? 」
不思議そうに問うシャロンに、リンは面白そうに答える。
「ああ、うちらが友誼を結ぶ相手には、そいつの褒め称えるべきところとか、手に入れたいところに刻印するんや」
「じゃあ部隊長は……」
「かなり昔のことだが……偶然、森の奥でポイズンドラゴンに苦戦してる爬虫類人に出会ったことがあってな。共闘してなんとか倒せたんだ。その時に戦友の証としてつけてくれたんだ。確かメイヒューって名だったな」
トレイの厳つい顔が少しゆるんで、どこか遠くを見つめるような目となる。
「メイヒューのオッサンか……。確かに昔そんなことを言ってたわ。全てが筋肉で構成されたような人間と友誼を結んだってな ! 」
「あの野郎…… ! 自分だって爬虫類人には珍しく能筋だったくせによ ! あいつは今でも元気にしてんのか ? 」
「いや……それが一年ほど前から行方知れずになったんや。まああのオッサンのことやから別の島か、まだまだ戦闘が続いてる大陸の方で暴れまわってるだけかもしれんしな ! 」
「そうか……」
少しだけ、トレイの声が沈んだ。
「話を元に戻しますけど……リンさんは何故この街に ? 」
「……捜査のためや」
「捜査 ? 」
「ああ、実はここ半年ほどで二十人以上の爬虫類人が行方不明になってな……。島のどこを探しても見つからんのや。ほんでこの島で探してないのは人間の国だけなんや……」
「だから探しに来たってわけか……。他に仲間は ? 」
「うち一人や。人間族が爬虫類人を攫う理由がないってことで捜査に関わってるほとんどの者はまだまだ国内で探しとる。せやけど……『擬態』してこの街に入ったら、すぐに襲われてここに連れてこまれたんや」
シャロンとトレイの目の前で、リンは黒い髪で緑の鱗に覆われた自らの顔を、一瞬で銀髪で褐色の人間の女性のものに擬態させてみせた。
不思議なことに鱗を纏っただけだった身体も、服を着た人間の身体となっている。
「……そこに私とジョンがたまたまこの工房に訪れたということですか。……人気のない場所の空き家というのは放置しておくべきではありませんね。何に利用されるかわかったものじゃないですから」
シャロンは窓と壁を修復し終わり、少しだけ機嫌の良くなったジョンに目をやった。
「それにしても爬虫類人を捕らえるなんて、よっぽどの腕利きだったのか ? 」
「……まあな。でもそれだけやない。あいつらは毒に対する備えもしていたし、『擬態』を見やぶるための犬も連れていた。爬虫類人を相手にする前提の装備やったんや」
シャロンは水中メガネで目を毒液から保護し、マスクで毒を吸わないようにしていて、経皮毒を警戒した全身をローブで覆ったのであろう二人組の姿を思い出した。
「一体何者なんでしょうか…… ? 」
「さあな。でも俄然、この街が怪しくなってきたわ ! うちはしばらくこの街に滞在して捜査するからよろしく頼むで」。
「わかった。警備隊として全面協力はできないが、個人的には協力するし、それに関する情報を入手したら伝えてやるよ」
「助かるわ ! 」
がっちりと握手を交わす爬虫類人の女と人間の男ごしに、床に見つけた地下室への隠し扉から満面の笑みでいくつかの魔石と酒瓶を抱えて出て来たジョンの姿がシャロンの少しばかり冷たい瞳に映った。




