異世界アイテム無双生活 第62話 永遠の記名
四月の女神エイプリルの分霊「ポケット」が宿るウエストバッグ型のアイテムボックスの内部は生物の体内を思わせる造りとなってる。
生肉の地面、生肉の空、生肉の壁、その中に二メートルほどの布製と思しき四角錘がポツンと立つ。
女神謹製のアイテム「マジカルテント」だ。
そのテント型アイテム内の拡張された空間に拵えられた部屋のベッドにコウはいた。
浅く微睡む彼の耳にペタペタと湿った足音が聞こえる。
生肉で形作られた乙女に宿る「ポケット」だ。
彼女はゆっくりとベッドへ近づくと、仰向けに寝る彼を、よいしょ、と俯せに回転させて、ごそごそと寝間着を解いて彼の背中を露出させる。
「……一体何をする気だ…… ? 」。
「起きていたんですか。大したことじゃあありませんよ。子どもでもやることです。自分のものにはしっかりと名前を書いておかないといけませんからね」。
彼女の片手には太目のサインペンらしきものが握られていた。
「まさか俺の背中に書く気か ? 洗えば消えるんだろうな……それ ? 」。
「……そんな簡単に消えるんなら記名する意味がありませんよ。安心してください。タトゥー並みに消えませんから」。
それを聞いたコウは一瞬で吹き飛んだ眠気とともに飛び起きる。
「よ、よせ !! 日本に帰った時にプールや銭湯に行けなくなる !! 」。
「この世界にはそんなルールどころかプールや銭湯自体ありませんから、大丈夫ですよ。なんて書きましょうかね。『April Pocket forever (エイプリル ポケット フォーエバー)』なんてどうですか ? 」。
「『フォーエバー』なんて言葉とともに名前を入れた相手と永遠に続かなかった場合どうすんだよ !? 消えないんだろ !? 」。
焦る彼を睨む彼女。
もともとくっきりと大きな瞳が限界まで見開かれていく。
その物理的圧力すら備えていそうな眼力に怯んだコウは妥協案を出す。
「せ、せめて見えない所へ書いてくれ ! 足の裏なんてどうだ !? 」。
「……そうやって私の想いも踏みにじる気ですね…… ! 別にいいんですよ。書かなくても。その代わり私以外の女性に触れた瞬間に、その女もろともに爆発四散する呪いをかけさせてもらいますがね」。
にじり寄る「ポケット」。
「よ、よせ !! そもそもお前の設定はどうなってんだ !? 『感情がない』って言ってたわりに感情的だし、『一年後に消える』と言ってたわりには永遠の過ごし方にこだわるし……ガバガバじゃねえか ! 」。
「女性に向かってガバガバなんて……とんだハラスメント野郎ですね……。あの時は悪魔のせいで目覚めていた本体とリンクがつながっていたんですよ。だからあなたに永遠を求めたのは本体の四月の女神エイプリルですよ」。
「分霊は本体のインターフェイス的な役割も果たすのか…… ? 」。
「まあそんなところです。経路が完全に切れてなければね……。それにどっちだろうと私は私です」。
会話を交わしながらも、なんとか回り込んで部屋から逃げ出そうとする男と、ペンを片手にじりじりと距離を詰める女。
「……テントから逃げ出したところで、そこはアイテムボックス内の空間なんですから無駄ですよ。いわばあなたは私のお腹の中にいるようなものですからね」。
「……無駄かどうかは試してみなきゃわからないだろ ! 」。
ようやく辿り着いたドアからコウは外に飛び出した。
その先には一面、ピンク色の生肉の地面。
そしてそこからはすでに生肉の乙女が生えている。
「ひぃ ! 」。
情けない声をあげて動きを止めた彼を後ろから追ってきた生肉乙女が強めに抱きしめた。
「試してみて満足しましたか ? 」。
──十分後。
再びテント内の部屋。
「……本当に書きやがった。しかもピンク色の文字で……」。
手に持った小さな鏡と、壁に掛けられた大きな姿見で合わせ鏡をして、自らの背中を見た彼は溜息を吐いた。
「ふふ、良く似合ってますよ ! ……これでしばらく私が留守にしても不埒な真似はできないでしょう ? 」。
ニコニコと彼を見つめる「ポケット」。
「留守 ? どういうことだ ? 」。
アイテムボックスの外は半径十メートルのガラスドームに覆われて、その内部と外部では著しく時間の流れが異なっている。
ドーム外の一秒が内の千年くらいに。
破壊不可能なガラスドームに覆われて、脱出不可能なのが現状だったはずだ。
「……一度神域に帰ろうと思うんです。悪魔が出現するようになった今『ゲーム』を続ける状況ではありませんしね。それを他の女神と協議せねばなりません。……それに神域への扉を開ければ侵入者対策として女神とその『御使い』・『ヒモ』以外の全ての時間は止まります。そして扉が閉じれば再び正常に時間は流れだします。その余波で周囲の異常な時間の流れも元に戻るはずですよ」。
「……そういえば地獄への穴が空いた時、時間が止まる体験をしたな。こんな簡単な対処法があるなら、なんでもっと早く実行してくれなかったんだよ」。
「……たまには完全に二人切りで、のんびり過ごしたっていいじゃないですか……」。
プイっとすねたように「ポケット」はそっぽを向く。
「それに……対悪魔用のアイテムがまだ出来上がっていませんし……この機会にあなたの魔力をもう少し強化しておきたいですし……」。
顔を背けたままつらつらと理由をあげる彼女の隣に、コウは苦笑しながら座った。
時間の狂った閉じられた空間の中、二人は一時、二人だけの世界を構築していく。




