異世界アイテム無双生活 第61話 交錯する一瞬と永遠
あれから一日が経った。
この半径十メートルほどのガラスドームに覆われた空間の外では0.01秒も経過してはいないのに。
「……つまりリーニャが言ってた通り、あの少年は『悪魔憑き』なんだな」。
上下左右、全てが生肉で囲まれた広い空間の中で座り込んだコウが今は生肉製の乙女となっている「ポケット」に確認する。
「ええ、あいつが接近してきて、堕天しかかっている本体に悪影響が及んだので私はそれを抑えるの必死だったんですよ。……あなたがあの雌犬を抱きしめている間にね」。
生肉製の眉間に皺がよった。
「だったら逃げられる前に悪魔祓いをかましてやれば良かったな……」。
コウは藪蛇になりそうな所には触れずに、悔しそうに呟いた。
「……あなたの悪魔祓いって本当に効き目あるんですか ? 地球にいた時に通信販売で購入した悪魔祓いセットで習得したとか言ってましたけど」。
疑わしげな「ポケット」。
「ちゃんと効果があるに決まってるだろ。 39,666 円もしたんだし、実際に姉ちゃん達は中学二年生の女の子から悪魔を祓ったんだからな」。
懐かしそうな顔になるコウ。
「……なんなんですか。その微妙に悪魔の数字『 666 』を取り入れた価格設定は ? ひょっとしてその前の『 39 』は『サンキュー』ということですか ? そう仮定すれば『サンキュー悪魔 ! 』という高価なインチキ商材を売りつけて利益を得ている販売元の悪魔への感謝の数字かもしれませんね」。
「……販売会社の人間が悪魔よりも悪魔的だったなんて方に話をもっていくんじゃない。俺の信仰が揺らいで悪魔祓いの効果が弱まってしまうだろうが」。
「悪魔祓いの効果を維持するためだけの功利的な信仰を捧げられても嬉しくありませんがね。神側の存在としては」。
この世界の四月の女神の分霊である「ポケット」が顔を顰めて、コウを睨んだ。
「そんなことより、この状況の打開策を教えてくれ」。
「……あなたって都合悪くなると、あからさまに話を逸らしますよね。……まあいいです」。
軽く溜息を吐いて、「ポケット」は続ける。
「あの『勇者』に憑いた悪魔は『時空』を司るタイプです。そしてかなり強力です。私達と……十二柱の女神と同格くらいにはね。そうでなければ限定されたこの空間で経過する千年が外界では一秒に過ぎないなんて現象を起こすことは不可能です」。
コウは無言で聞く。
「ですが相当魔力を消費したでしょうから、ここから脱出した時がチャンスでもあります。こんなやっかいな相手はできれば今回で始末しておきたいですね」。
「任せておけ。すぐに悪魔祓いを発動させてやるさ」。
「……まあそれは後で考えるとして、脱出方法ですが三つほど考えてあります。まず一つ目の作戦名は「子々孫々──つなげこの憎しみ」です」。
「作戦名にスローガンなんかつけるんじゃねえよ。で、どんな作戦なんだ ? 」。
コウは腕組みをしながら「ポケット」を見つめた。
今は全身ピンク色の生肉の乙女となっている彼女は、ゆっくりとコウの隣に座って、しな垂れかかった。
「……まず私と……子を成してください……」。
「ほう、いきなり意味がわからんが、とりあえず続けてくれ」。
「そして男の子が産まれれば……再び私はその子と子を成します。それを繰り返して三千年の時が流れこの空間が瓦解した時、あなたの血と遺志を受け継いだ子孫達が油断しくさっている悪魔へと襲い掛かるわけです。どうですか ? 」。
「ふむ。『火の鳥』に似たような話があったな。当然却下だ。俺自身が死んでしまってるだろうし、ただ三千年後に命をつなぐだけにこんな限定された空間で生きて死んでいく子孫達が可哀そうすぎるだろうが ! 」。
「……彼らは栄えある命のセットアッパーなのに……。二つ目はいわゆるコールドスリープです。三千年後まであなたの時を止めて眠ってもらいます」。
「まるで SF 映画だな。だけどこれはやってもいいな。寝ていれば三千年も俺にとっては一瞬だろうし」。
少しだけ満足そうな顔になるコウ。
「……何言ってるんですか ? これは一応提案しましたが、実行する気はありませんよ」。
ポケットは憮然とした顔。
「なんでだよ !? 一つ目に比べたらよっぽどまともな作戦なのに !? 」。
「……寝ているあなたの状態管理を誰がやると思っているんですか ? あなたは三千年も私を独りぼっちにして平気なんですか ? 」。
プイっと「ポケット」が顔を背けた。
「なんて面倒な女だ…… ! 人を試すような作戦を提案するんじゃない……。で、三つ目は ? 」。
「…………精巧にあなたに似せて作った魔法人形へあなたの記憶を転写して私とともに三千年の時を過ごすというものです」。
「却下だ。もうお前がどう三千年を過ごすかっていう話になってきてるじゃねえか ! 」。
三つの作戦全てが出そろったのに、どれ一つ実行できそうにないコウは天を仰いだ。
するとその伸ばされた首にするりと生肉製の両腕が絡みついてくる。
「……そんなに否定しないでくださいよ。今提案したのは私が……本体の四月の女神エイプリルが永遠を過ごすために考えたことでもあるんですから」。
「どういうことだ ? 」。
「母なる創造神様は自らの意志で理の世界に還られましたが、その気になれば女神は永遠に在り続けることができます。ですがその永遠を共に過ごす相手は……同じ女神以外には存在しません」。
生肉乙女は俯いた顔をそっとコウの胸に当てた。
コウは静かにその肩に手を回す。
「私の中には本体の記憶が記録として存在します。かつて本体は自らの生みだした妖精族の光妖精の青年と恋に落ちました。そして彼を神域へ招き、共に時を過ごしたのです」。
「……」。
「ですが、その幸せは当然永遠のものではありません。永遠の恋する少女である本体、四月の女神エイプリルと違って光妖精は年をとり、やがて死んでしまう……」。
「そうだな。それが生きている者の定めだ。いつかは死ぬ」。
静かな溜息が聞こえた。
「……死による別れもそうですが……本体は老いていく光妖精を見て、感じてしまったんです。あれだけ咲き誇っていた彼への恋心が萎えていくのを……。結局本体が司る『愛』は恋愛の『恋』でしかなかったんですよ。相手がたとえどんな状態でも想い続けるような『愛』ではなかったんです」。
「……そうか」。
「二人の間に子をもうければ、とも考えたようですが、結局は子もまた女神を残して死んでしまう……。女神なんて孤独なものです。だから本体はたまに気にいった光妖精を神域に連れ込んで恋が終わる前に解放するようになりました。ちなみに任期制ですよ。一期二年の」。
「なんだか仕事っぽいな」。
「……そう言ってもいいかもしれません。光妖精達にとっては彼らの神への奉仕みたいなものですから。だからその任についた者は決して本体の意にそぐわない言動をとることはありませんでした。……あなたぐらいですよ。女神の『ヒモ』でありながら他の女とじゃれついて私をこんなにイラつかせたのは……」。
「ポケット」はようやくコウを睨むために顔をあげたが、彼はその刺すような視線から逃げるように顔をそむける。
「……でもそれが本当なんでしょうね。時にすれ違って、傷つけあって、離れても……それでも惹かれあって、触れあって、二人の想いを紡いでいくのが……」。
そう言うと、再び彼女は彼の胸に顔を埋めた。
二人以外、ほぼ時間が止まっていると言っていい世界で、少しずつ速度をあげていく彼の鼓動が今の彼女の頬には心地よく響く。
「いつか……どんな形かはわかりませんが、あなたも私の前からいなくなってしまう。それだけはわかっています。永遠に比べればあなたの命なんて一瞬に過ぎないんですから……。こんな思いをするなら……永遠の命なんて……」。
「……確かに永遠に在り続ける女神に比べたら人間の命なんて一瞬だし、共に過ごす時間も一瞬かもしれない。でも永遠があるから今この一瞬があるし、この一瞬があるから永遠があるんだ。だからきっとこの一瞬は……永遠になるよ…… !」。
コウはゆっくりと額を彼女の頭に当てる。
「……………そんなの……詭弁に過ぎません。実際にあなたは消えてしまうのに…… ! ……ああ、なんだかガチでムカついてきました !! あなたが本気で私の永遠の存在になるって言うなら……私にそう想わせてみせてよ…… ! 」。
ようやく交錯した二人の視線。
それは永遠と一瞬が交ざり合った時だった。
そして二人はゆっくりと一つになっていく。