異世界アイテム無双生活 第59話 変わりたくない女は変わってしまった女の永遠となる
朝靄ではなく、煙が立ち込める中、まだ弱弱しい朝日を浴びてネリーに対峙する人狼は変化していく。
「変化」と「直感」を司る九月の女神ワーブドリードが産んだ人狼族。
人狼族は賜った恩寵が大きいほど様々に変化する。
(私は……隊長ほどではないにしろ、どちらかと言うと多く恩寵を授かった方なのだろう。満月の夜には他の者に比べても強力に変化するし……でも……)。
薄闇、されど光が闇を追い払い始め、レイフが纏う漆黒の毛皮もそれに合わせるかのように抜け始めた。
(私は「変化」なんて望んでない……。私が欲しいのはずっと変わらないものだった……)。
レイフは人間族の女、ネリーを見やる。
幼い頃、一緒に遊び回った時の彼女とは当然同じままではなかった。
年齢が違う。
背の高さが違う。
髪型が違う。
強さが違う。
立場が違う。
ネリーも目の前の人狼を見つめていた。
目の前の毛皮を脱いだ人狼はあの頃と同じ褐色の肌。
あの頃と同じ真紅の瞳。
あの頃と同じ肩の高さで切り揃えた黒い髪。
あの頃と同じ髪から飛び出した二つの狼の耳。
人間とほとんど変わらぬ容姿で、狼の耳と肌を服のように覆う黒い獣の毛だけがレイフを人狼族だと示していた。
「……あなたって本当に変わらないね」。
中性的な容貌の少女に、ネリーは懐かしそうに話しかける。
「……そんなわけない…… ! 」。
レイフは俯き、自らの身体が視界に入った。。
毛に覆われてわかりにくいが、まるで少年だったあの頃に比べると、どうしようもなく女性らしく成長している。
幼き時、自らが女であることを意識する以前に出会った白い人間族の少女。
あの時から自分の心をとらえて離さない少女。
時の流れとともに、何もかもが変わっていくのに、レイフの思い出の中の少女だけが永遠だった。
「レイフ……投降して。もうこれ以上の戦闘は無意味よ。他の人狼達は氷漬けだし、隊長らしき人狼も降伏したみたいよ」。
そう言われたレイフは周囲をゆっくりと眺める。
焼け焦げた木々の中に夜の獣人の姿のまま氷の彫像達が朝日を反射していた。
街道の先には人間族の男にどうみても敵意以外の感情でもって抱き着く隊長。
(……リーニャ隊長…… ! 「私は男に尻尾を振るような女にはならない ! 誇り高い人狼族の戦士であり続ける ! 」って言ってたのに…… ! )。
レイフは歯ぎしりする。
人狼族は男女共に満月の夜には完全に獣人に変化するが、それでも基本的に戦士となるのは男。
したがって女でありながら他の男達を実力で抑えて隊長となったリーニャにレイフは憧憬の想いを抱いていたし、リーニャも同じ女であるレイフの面倒をよく見ていた。
数日前、これ以上ないほど不機嫌な顔をした「聖女」と領主に今回の任務を命令された時、リーニャの様子はおかしかった。
いつも作戦中は泰然としている彼女が落ち着かずにどこかそわそわしていたのだ。
それを不審に思ったレイフが問う。
すると彼女は他の人狼達には聞こえないように小声で、「……私、実は朧気だけど前世の記憶があって……その時にとっても大切な相手がいたの……。なんだか……その人が近くにいるような気がする……」。
人狼族固有の「直感」が何かを彼女に告げたのかもしれない。
レイフは衝撃を受けた。
男勝りな彼女がまるで占い好きな少女のようにスピリチュアルなことを言い出したのもそうだが、その時のリーニャの表情が、頬を薄く朱に染めた表情が、どうしようもなく愛しい男を想う女のものであったから。
(……結局、そうなんだよね……)。
レイフは諦めまじりの冷めた瞳で、隊長の激しく振られる黒い尻尾を見つめた。
「……レイフ、もういいでしょ ? 私達は昔みたいに仲良くやれるはずよ」。
ネリーが優しく人狼族の少女に呼びかける。
「昔みたいに…… ? ええ、きっとそうね。あなたは昔みたいに私を置いて去っていく。あなたの想い人のクレメント様の元へね。みんな……みんな私を残して…… ! 」。
「レイフ ? 」。
「私は……好きな相手の隣に……ずっと……永遠に一緒にいたいだけなのに…… ! 勇者キャロリンと伝説の人狼アルゼニーのように…… ! 」。
レイフは俯き、慟哭する。
そして朝日の下、短くなっていた右手の爪だけを「変化」させて短剣ほどの長さにした。
日中でも人狼族は身体を部分的に獣人に「変化」させることができる。
とはいえ、満月の夜に比べれば、不死ではないし戦闘能力は各段に下がっていた。
とても人間族の職業「勇者」に敵うはずがない。
「うわあああぁぁぁあぁああああああああ !!!!!! 」。
レイフはネリーに向かって走る。
殺すためではない。
殺されるために。
せめて自分の存在を、罪悪の思いとともに彼女の心に刻み込んで永遠とするために。
やけにゆっくりとネリーの顔が驚いたものとなるのが見えた。
そしてその後ろに黒く闇を煮詰めたような陽炎が見えた。
彼女の「直感」が瞬時にとるべき行動を指示して、彼女はそれに従う。
爪の変化を解き、その代わりに脚を獣人へと「変化」させ、その脚力でもって、すさまじい速度でネリーとその背後の陽炎の間に割り込んだ。
腰の辺りに衝撃を感じ、ゆっくりと視界が反時計回りに回転していく。
ネリーの悲鳴が聞こえ、光妖精の光の精霊魔法が陽炎から現れたモノに当たる前に、再びそれは消えた。
地面が光によって焼ける音がして、その後に上半身だけの彼女が落ちた音。
泣き叫ぶネリーが駆け寄るのが見えた。
(ああ……最後は……泣き顔じゃなくて……笑ってる顔が見たかったな……。でもこれで私のことをずっと……永遠に憶えていてくれるかな…… ? ……くれるよね……きっと……)。




