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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第三章 街道
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異世界アイテム無双生活 第56話 熱中症対策



「どうした !? 動きが悪くなってきたぞ !! 」。


 漆黒の人狼が大仰(おおぎょう)に両手を広げて嬉しそうに言った。


 真紅の竜人は戦いの最中にも関わらず、両手を膝につけて苦しそうに言う。


「…………暑い」。


「この『ドラゴニュートスーツ』はどんな外気状況でも戦闘を継続できるように気密性を高めた上に外気吸入口には何重にもフィルターを張ってますから、当然です」。


 少しだけ自慢げにウエストバッグ型のアイテムボックスに宿(やど)った「愛」と「創造」を司る四月の女神の分霊「ポケット」が言った。


「……そのせいで内側がサウナスーツみたいになって戦闘を継続するのが難しくなっているんだが」。


「ダイエットにもなっていいじゃないですか。私の……本体の四月の女神の『ヒモ』として最低限スタイルを保ってもらわないといけませんしね」。


「サウナ効果で体内から水分が抜けて一時的に体重が減ったことを『ダイエット』と言うほど人体の知識がない奴の(つく)ったアイテムに命を預けなければならないとは……」。


 コウは天を仰ぐ。


 真紅の外骨格の中にはそれを動かす人工筋肉と衝撃吸収用のスライムジェルがあり、それらが直接装着者に触れないようにさらに内皮がある。


 長時間、人狼との激しい戦闘を繰り広げる内に動き続けた人工筋肉は熱を持ち、スーツ内部温度は現在四十五度ほど。


「……何か……スーツに小型の換気扇みたいなファンをつけて冷やすような機能をつけてくれ…… !! 」。


 額の汗をぬぐおうとして、ゴツンとスーツの外骨格に覆われた手と頭がぶつかった。



「……そんなワークマンに売ってる作業用『電動ファン内蔵上着』みたいな美しくない機構を付ける気はさらさらありませんね」。


「前から思ってたけど……お前、日本に詳しすぎだろ……」。


「それは……まあいいじゃないですか」。


 珍しく歯切れの悪い返事。


 それにコウは少しの違和感をもったが、再び高速で目の前に迫りつつある人狼へと意識を向ける。


 凄まじい速度で突き出された爪に頬の外骨格を削られながらも前に踏み出し、身を(かが)ませ、右腕を人狼の腰に(から)めながら後ろに回り込んだ。


 結果、コウが後ろから人狼を抱きしめるような体勢となる。


 ミシリ、とコウの両腕の下の肋骨が軋み、さらに魔素がスーツの胸の二つの魔石に通されてパワーに変換されていく。


「うおおおぉぉぉぉぉおおおおお !! 」。


 ベキボキと嫌な音がして、人狼は噴水に備え付けられた水を口から吹き出す獣型のオブジェのように激しく赤い血を吐き出す。


 コウは両手を広げて抱擁から人狼を解放すると、思い切り森に向かって蹴り飛ばし、人狼は飛んでいく。


「……とにかく一度スーツを脱ぐぞ !! このままじゃ熱中症で倒れちまう !! 」。


「ダメです。『瞬着』はあなたの思っている以上に魔力を消費します。……安心してください。今からこういう時のために追加しておいた機能を作動させます」。


「なんだと ? ……うおっ !! 冷た !? 」。


 突然の涼感にコウは身震い。


「フフ、びっくりしました ? ミントとアルコールを混ぜた液体を内皮から分泌させたんです」。


「冷感スプレーみたいなものか…… ! 確かに冷たく感じるが、これって確か皮膚の感覚ごまかしてるだけだから熱中症にあんまり効果ないんじゃ……」。


「……注文の多い人ですね。せっかくあなたのために付けた機能なのに……。あんまりごちゃごちゃ言うと私のあなたへの扱いが冷たくなりますよ。プイッ !! 」。


 また機嫌を損ねた「ポケット」がそっぽを向いたようだ。


 コウはそれには取り合わずに人狼が吹き飛んでいった方を見据える。


 そこから月の光を浴びて本来ならば戦闘不能どころか生命も危ない状態から全快した漆黒の人狼がゆっくりと現れた。


「……今までのも良かったが……さっきの別格だ !! 最高に良い !! もう一度やってもいいぞ !! 」。


 人狼はコウが抱きしめやすいように大きく両手を広げた。


「……『ポケット』、こいつなんかおかしくないか ? あれだけ殺されれば、死ななくても痛みに対する忌避(きひ)感が出てくるもんだろ」。


「言い忘れてましたが、満月の夜、九月の女神の『恩寵(おんちょう)』を多く授かった人狼族は戦闘に対する恐怖感を消すために痛覚が別の感覚に変換されて感じるそうです」。


「なんだと…… ! 」。


 コウの不死の相手に対する作戦は、苦痛を与え続けて人狼の戦闘意欲を削り取ることだったが、そもそもの前提が間違っていたようだ。


「そういう情報は最初に言ってくれ……。一応聞いておくが、どんな感覚に変わるんだ ? 」。


「見ればわかるでしょ」。


 まだ機嫌の戻らない「ポケット」は素っ気なく言った。


「満月の人狼族をこれだけ傷つけることのできる相手なんて初めてだ !! ああ、どうしよう !? 俺はお前を殺さなきゃならないのに…… ! 段々お前が好きになってきたぞ !! さあ ! 来い !! 」。


 恍惚(こうこつ)とした表情で大きく開いた口から(よだれ)をたらしながら、ゆっくりと人狼は歩いてくる。


 その様子にコウは一歩後ずさる。


「……快感を感じているのか。とんだド変態のクソ犬野郎だな。お前らの女神も人間族の女神に飼われているそうじゃないか。なんだったらお前も犬として飼ってやろうか ? そうすれば満月の夜は朝までぶっ殺し続けてやるよ」。


「コ、コウ、どうしたんですか !? そんな汚い言葉を」。


 普段の彼ならば絶対に言わないような品の無い罵倒(ばとう)はむしろ味方を動揺させる。


「……交渉してみたつもりなんだが……苦痛が快楽になるなら、こういう言葉使いの方が喜ぶかと思って……」。


「そんなわけないでしょうが !? あなたが今傷つけたのはあの人狼の肉体ではなく心ですよ !? 」。


 パタ、パタ、と「ポケット」の言葉に反して人狼の尻尾が揺れる。


「言葉攻めにも快楽を感じるのか……。やっぱりさっきのは無しだ。お前を連れて行ったら仲間に色んな悪影響がありそうだ…… ! 」。


 コウの自分勝手な拒絶に黒い尻尾の振れ幅はさらに大きくなっていく。


「コウ、今のもあの人狼への交渉用サービスですか ? 」。


「……本気の拒絶だ。ともかく一つ作戦を思いついた」。


 コウは「ドラゴニュートスーツ」の胸に魔素を込め、それに反応した二つの透明な魔石が再び美しく輝き始めた。




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