異世界アイテム無双生活 第49話 魔法人形と人間と風呂上りに巨大痴女
生きとし生けるもの、いづれか死なざりける。
命あるものは皆、追いかけられている。
そして誰もがいつかはそれに捕まる。
遅いか早いかの違いはあっても。
ネリー達の後ろから、つかず離れずで追ってくるものも、その顕れの一つであった。
背後で沈みゆく夕日が彼女達の影を前方の地面に長く映し出している。
追跡者が腰の剣に宿った分霊の言う通り人狼族ならば、今夜、満月の夜に訪れるのは確実な死だ。
満月の夜、人狼は竜人に勝るとも劣らない性能を発揮する。
しかも群れない竜人と異なり、人狼は連携する。
個体としては最強格の竜人が群れを成して襲ってくるのに等しいのだ。
ネリーは重たい身体を支える重たい脚を機械的に動かしながら、自らの影を見つめていた。
彼女は地方の領主であるアルクイン伯の娘として産まれた。
正妻の子ではなかった。
その上、職業「貴族」を十月の女神から授からなかった。
この二点は全くもって彼女自身の過失ではない。
だが格上の貴族から迎えられた正妻とその子供達にとってはそうでなかった。
隠れて母親の元で育てられていた彼女は半ば強引にアルクイン伯の屋敷にメイドとして引き取られた。
プライドの高い正妻にとって、妾の子の存在自体が許せなかったのだ。
殺せばそこで終わる。
だから、いじめられた。
父は何もしてくれなかった。
母は何もできなかった。
同僚のメイド達の中には同情してくれた者もいたかもしれない。
だがその好意は行為として表れなかった。
すべて高位貴族である正妻の思うがまま、言うがまま。
そこに人間はいなかった。
命令通りに動く魔法人形がいただけ。
そして命令を出すのは十月の女神様が制定した支配構造に囚われ、支配されているがゆえに、その中においては下賤と言って良い彼女を許せない魔法人形。
そんな状況で彼だけが人間だった。
人形の冷たさではなく人間の温かみをもって触れてくれた。
十月の女神様に従って他種族を疑いもなく粗末に扱う人形でも、職業「王族」を頂点とする支配構造に喜んで囚われる人形でもなかった。
だから彼は変わり者と言われた。
唯一、彼女をかばってくれた二つ上の腹違いの兄は。
今、その兄は強力な毒によって小康状態。
彼女が任務を達成すれば、その瞬間に完全回復する。
そういう契約だった。
「……本当、性悪よね。祈りを捧げた人間を無償で助けてくれてもいいのに……。あいつらの女神なだけはあるわ……。あなたって本当は人間族の女神じゃなくて、悪魔か思い通りに動く魔法人形の女神なんじゃない ? 」。
ネリーは十月の女神の分霊が宿る腰の剣に、あからさまな嫌味を言った。
「……どうしたの ? 」。
腰の剣は言い返すでもなく、ガタガタと震え始めた。
まるで何か恐ろしいものを思い出したかのように。
そして最後の一筋の光が消えて、辺りは闇となる。
死が歩みを速めた。
その蒼く冷たい天満月が追う者と追われる者とを美しく演出する。
木陰から姿を現したのは漆黒の狼。
その十二の赤い瞳が瞬くこともなく彼女達を見つめている。
二足歩行の彼らは、もう隠れることもなく近づいてくる。
彼女はその具現化した死の圧力に、動けない。
個体差はあるがおおよそ身長は二メートルほど。
両手が異様に大きく、その爪も大きくするどい。
大きく裂けた口には尖った犬歯が乱雑に生えている。
「……結局四月の御使い達に追いつけませんでしたね。でも最後まで足掻かせてもらいますよ」。
小太りで魔法使いのローブを纏った男が素早く呪文を唱えて、杖を掲げた。
その先端から飛び出した三つの光は上空二十メートルほどの空中に留まり、闇に紛れていた人狼族の姿を鮮明に照らし出す。
「顔が見えて話しやすくなったね。一応交渉してみようかね。……あんた達の目的は一体何なんだい ? 」。
おばちゃんがこの場に相応しくない笑顔で追跡者に話しかけた。
「……いつでも動けるようにしておけ。とにかく朝まで生き延びることを第一に考えてそのための行動をとるんだ」。
小さな声で槍を持つ男がネリーに言った。
彼女は固い顔で小さくうなづく。
腰の剣の震えはいつの間にか止まっていた。
森の街道。
箱庭テント内。
コウは長く息を吐いた。
お湯の温かさが固まった身体をほぐしていく。
「……アイテムの『洗濯の杖』を使えばすぐに身体は綺麗になるけど……たまには風呂に入るのも悪くないな……」。
二十四時間、常に金属製のベルトをゆるめてくれないウエストバッグ型のアイテムボックスに宿る四月の女神の分霊「ポケット」。
魔素のコントロールによってその拘束を解いたコウは、久しぶりの入浴を満喫していた。
「……こんな文明が発展途上の異世界で現代的な生活を送れるのは『ポケット』のおかげか……。でもあいつのせいでこんなところに転移したんだし……感謝しなくてもいいか」。
軽く頭を振って、彼は湯舟から上がった。
「ポケット」を拘束している蜘蛛の糸が分解されて消えるまであと三十分ほどある。
ビジネスホテルのアメニティ風の浴衣を着て、のんびりと浴室から出ると、ベッドに腰かけて彼を待ち構えている女がいた。
「……もう魔力切れは大丈夫なの ? 」。
チェリーだ。
「……ああ。そうか、もう夕ご飯の時間だったな」。
目を逸らして、床に拘束されている「ポケット」の方へ向かおうとする彼の手を大きな手が包んで、止めた。
そして優しく、しかし有無を言わせない力で彼女の方へ引き寄せる。
ギシリ、ベッドが音を出した。
仰向けのコウに覆いかぶさる身長三メートルほどの女。
顔と顔の距離は三十センチほど。
熱い、熱い吐息がかかって彼の頬をさらに赤くする。
「い、一体何をしているんですか !? 今すぐその痴女的行為をやめなさい !! コウは私の……本体である四月の女神エイプリルの『ヒモ』なんですよ !? あなたは女神を敵に回す気ですか !? 」。
床の上に拘束されたまま喚く「ポケット」。
「……私は四月の女神様の眷属じゃないから、従う義理はないわ。……それにコウが私を拒絶するなら今すぐにやめてもいい。でもちっとも嫌そうじゃないんだもん……」。
熱を帯びた瞳がコウを見つめる。
「……そ、それは」。
コウはさらに赤面する。
「あなたを躊躇わせているのは何…… ? それを一人でなんとかしようとするから悩むのよ。私にもちゃんと話して……。二人だったら一人じゃできないこともきっと乗り越えられる……」。
美しい大きな顔との距離がどんどん縮まっていく。
「だあぁぁぁぁぁあああああれえかああああぁぁぁぁぁああああああ !!!!!!!!!! 警察よんでええぇぇぇぇぇぇええええええ !!!!!!!!!! 巨大痴女がああぁぁぁぁぁああああ !!!!!!!!!! 逆レイプしようとしてるうううぅぅぅぅぅぅううううううう !!!!!!!!!!」。
「ポケット」の必死の叫びに応えたわけではないだろうが、部屋の扉が勢い良く開いた。




